廃病院
昼なお暗い鬱蒼と茂る森の中を、目的地に向かってひたすらに黒塗りの車は走っていた。杉や檜葉などの針葉樹に背の高い草木が進行を邪魔するように繁雑に立ち並んでおり、道と呼べるような道はなかった。
カーナビも意味をなさない深い森の中を月岡は助手席に座る吉良の道案内で進んでいた。
「……で、あやかしは本当にこんな山奥にいるって言うのか?」
急勾配でこそないものの緩やかに坂道は続く。人の侵入は長らくないように思える道のりだった。
「います」
吉良は珍しくそう断言した。
「南柳市には曰くつきの場所が多い。鬼救寺の話もしましたが、今から行くところ旧南柳市立病院もその一つです」
「市立病院? 立派に記録が残っているんじゃねえのか?」
「はい、残っています。かつて大規模な火災に巻き込まれて廃病院とかした。それだけの情報が。つまり、火災があったことしかわからず、火事の原因もいつそうなったのかも、それまではどんな病院だったのかも定かではありません」
「市が運営していた公的機関だって言うのに記録がないってのか?」
「そういうことです。だからこそ曰くつきとなり、知る人ぞ知るいわゆる心霊スポットになっています」
「随分とおしゃべりじゃない。あんたたちいつから仲良くなったのよ」
沙夜子は窓の外に向けていた目をチラリと月岡に向けた。月岡は、一度バックミラーに視線を送る。
「捜査の一環だ。それ以上の理由はない」
「ふーん。それにしても、あんたと吉良の間にあんまり緊張感が見えないけれど」
肩をすくませると、月岡は助手席に座る吉良の方を一瞥して運転に戻った。両手でハンドルをしっかりと握り締める。
会話がそれきり終わってしまったので吉良は仕方なく口を開いた。
「月岡さんがいたことでここまで辿り着けたのは確かです。僕だけではきっとどこかで挫折してしまっていました」
「まあ、あんただけならね」
「ちょ、沙夜子さん!?」
後ろに顔を向けると、くすっと小さく笑い声を漏らす白装束姿の沙夜子がいた。からかうような素振りとは裏腹に襟元の辺りが血や汚れで変色しており、壮絶な様子が伝わってきた。
「話を聞く限りでは、一筋縄にはいかなかっただろうからあんたの力だけなら無理。でも、協力すればできる。それもたぶんあんたの力なのよ。何があったのかまではわからないけれど、余計なイライラはしなそうでよかった。そうでしょ、月岡」
呼ばれた月岡は鼻を鳴らした。
「ここまで来たんなら、無駄口を叩く気はねぇよ」
「それは私も同感。それじゃあ、今向かっている廃病院だけれど、亡くなる前に彼女──内田紗奈さんが行って帰ってきた、というそれは間違いないのね?」
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