第3話 エレノア

馬車はカタカタと道を進み続け、やがてゆっくり停止した。


グエルがアランを振り返った。


「屋敷がありました。使用人の姿もあるので、確認してまいります」


そう言うと、グエルは走っていった。


もう六十を過ぎているが、その姿はアランよりもよほど敏捷そうである。


グエルは外で薪を割っていた男に話しかけると、すぐに引き返してきた。


「屋敷の中に主人がいるので確認してくるとのことです」


わかった、とアランはうなずいた。


待っている間、アランは屋敷に目を向けていた。


三階建ての建物はつる草で覆われていて、そのすき間から赤茶色の壁が見え隠れしていた。


庭は広く、木々や草花がのびのびと育ち、納屋と馬屋も建っている。


敷地と周辺の土地との境があまりはっきりしていないせいか、全体としてかなり開放的な印象だ。


やがて主人とおぼしき男が屋敷の玄関から現れたので、アランは馬車から降りた。


屋敷の主人は五十代半ば頃で、アランを見ると、両手を広げて歓迎の仕草をしてみせた。


「日暮れ時に立ち往生とは、とんだ災難でしたな。今宵はここを我が家と思ってご滞在ください」


「ご厚情に感謝します」


アランは笑みを浮かべながら頭を下げた。


それはいかにも良家の子息らしい、上品で洗練された姿だった。


つかの間、主人の男は口をぽかんと開けてアランの姿に見入っていたが、慌てて口をとじると、アランを屋敷の中へ案内した。


屋敷の主人は歩きながらずっとしゃべり続けていたが、一階のゲストルームまでアランを案内すると、部屋の用意がきちんとできたか様子を見てくると言って足早に出ていった。


一人になったアランは、ここかしこに調度品が飾られた室内をぐるりと見回した。


壁の絵画も、台やテーブルの上の置物も、一つ一つは悪くないのだが、どうも全体としてのまとまりに欠けていて、ちぐはぐな印象がぬぐえなかった。


見るともなしにマントルピースの上を眺めていると、扉をノックする音がした。


てっきり主人が戻ってきたのかと思ったが、現れたのは、使用人の格好をした小柄な少女だった。


それだけならアランも別に驚きはしなかっただろう。


けれどアランは驚いた。


「お部屋の用意ができましたので、ご案内いたします」


そう告げた少女の声が、先ほど出会ったフードの女の声と同じに聞こえたからだ。


アランはまじまじと少女を見つめた。


「あの、何か?」


少女は無表情のままアランを見上げた。


その瞳は薄茶色をしていて、金色ではなかった。


「いや、失礼。部屋に案内してくれ」


少女が黙って歩き出したので、その後ろをついて歩きながら、アランはひそかに少女のことを観察した。


髪は艶のない青みがかったグレーで、一つ結びにしてまとめられている。


その下のうなじも、着古された服の袖からのぞく手足も、すべてが折れそうに細い。


王都で見かける貴族の令嬢たちも概してほっそりしているが、細心の注意を払って胴回りを調節している彼女らとは違い、少女の肩先からは生きることの刻苦が自然とにじみ出ていた。


なんだか責められているような気分になり、アランはふいと視線をそらして少女の観察をやめた。

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