第13話 舞踏会①
舞踏会の当日。
アランは王宮の門前に立っていた。
開始時刻の一時間前だったが、周囲は参加者や馬車の行列でごった返していた。
入口付近が混雑するのは予想していたので、こうして早めに会場に来ていたのだが、これでは人と待ち合わせて落ち合うのも一苦労である。
アランは黒のフォーマル合わせて黒縁メガネのようなマスクをつけていたのだが、一度外した方がいいだろうかと考えた。
ただでさえ人が大勢いるのに、これでは顔の判別がしにくい。
アランはマスクのリボンに手を回したが、つけてくれたグエルが途中で落ちないようにと気を利かせてくれたのか、結び目が固くてなかなかほどけなかった。
「アラン様?」
自分を呼ぶ声がして視線をやったアランは、目をしばたたかせた。
正装したエレノアがすぐ目の前に立っていた。
既にエレノアのドレス姿は見ていたはずだったが、その時とは全くの別人だった。
いつもはきっちりまとめている髪をおろし、ところどころに複雑な編み込みをして小さな宝石が散りばめられた髪飾りをつけている。
胸元には三連の首飾りをつけ、同じデザインの宝飾品を耳にも指にもつけていた。
豪華に飾り立ててはいるが、決してけばけばしい派手さはなく、むしろ清楚で可憐な雰囲気があった。
店では地味かと思われたドレスも、こうしていると、わざわざ特別にあつらえた物であるかのようにさえ感じられるから不思議である。
顔にもうすく化粧しているのか、いつもどことなく青白い顔が、ほんのりと血色よく見えた。
「アラン様。どうかなさったのですか」
黙っているアランに、エレノアが再び声をかけてきた。
マスクを外さなくてよかった、とアランは思った。
でなければ周囲に間抜け面をさらす羽目になっていたかもしれなかった。
「ぼんやりしてすまない。ドレス以外の小物はウィルが選んでくれたのか?」
「はい。やっぱり自分も何か選びたいとおっしゃって。こんなにしていただかなくてもいいと申し上げたのですが……」
エレノアが遠い目をした。
二人の間でどんなやり取りがあったのか、アランはなんとなく察した。
きっと、しつこいウィルにエレノアが根負けしたのだろう。
エレノアは大変だったかもしれないが、手袋や靴など、必要なのにアランが見落としていた品々を完璧に用意してみせたのはさすがである。
「そういえばウィルは? 一人で来たのか?」
「はい。ウィル様は色々と約束があるからとおっしゃって、先に出発なさいました。別で馬車を用意してくださったので、私はそれを使わせていただきました」
アランはそれ以上はもう尋ねなかった。
ウィルの見た目と女性とのつき合いが派手なのは、なにも今に始まったことではない。
「ここは混む。中に移動しよう。エレノア、マスクを」
アランはエレノアが手にずっと持っていた白いマスクをつけるように目線で促した。
エレノアのマスクもアランと似たような形で、頭のうしろでリボンを結わえる形である。
言ってすぐ、エレノアが自分でマスクをつけるのは大変だろうと、さすがのアランも気づいた。
「悪い。気が利かなかった」
アランはエレノアの手からマスクを取ると、背中側に回った。
「すみません。つけてから出ようと思っていたのですが」
「別に気にしなくてもいいが、どうしてつけてこなかったんだ?」
アランはエレノアの髪がくずれないように細心の注意を払ってリボンを結びつつ、尋ねた。
「ウィル様が絶対に顔を出したまま行くべきだとおっしゃって。そうすればアラン様がきっと面白いものを見せてくれるはずだからと。どういう意味なんでしょうか?」
「……さぁな。あいつの考えることは俺にもよくわからん」
そう答えながら、アランはウィルを見つけたら絶対になぐろう、と決めた。
人をおちょくって楽しんでいるとしか思えない。
エレノアのマスクのリボンを結わえながら、立ち位置のせいかアランは先日の試着室のことを思い出した。
どうにかリボンを結び終えると、アランは後ろに立ったままエレノアに話しかけた。
「エレノア。王宮はこの世で最も華やかな地獄だと俺に言った人がいた。もう一度だけ訊く。本当に足を踏み入れる覚悟はあるのか?」
「……地獄でもどこへでも、喜んで」
そう言って振り返ったエレノアの仮面の奥で、周囲のかがり火が瞳に映り込み、小さく火花が舞っていた。
アランはウィルに以前言われたことを思い出した。
『あれは戦う覚悟のできている人間の目だ。彼女が必要としているのは庇護じゃない。戦うための武器と鎧だ』
おそらくウィルは正しい。
覚悟のできている人間を止めるのは至難の業だということは、アランも知っていた。
「わかった。ならもう止めない。行こうか」
アランが腕を差し出すと、エレノアは一瞬わからなかったようだが、すぐに悟ってアランの腕をつかんだ。
そのまま二人して衛兵の立つ門へと進んでいく。
もうすぐ舞踏会が始まろうとしていた。
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