第11話 ドレス選び
アランがウィルのもとを再び訪れた時、ウィルは自室に大量の布を広げている最中だった。
「生地の見本市だな」
部屋を見回しながら、アランはあきれた声でつぶやいた。
「ふふふ。今回は仮面とのバランスを考えながらドレスの意匠を凝らさなければいけないからね。君はもうドレスは準備できたのかい? 王都の仕立て屋は舞踏会の準備でどこも忙しいからね。早めに動き出さないと、前日になっても着ていくドレスがない、なんてことになってしまうよ」
「持っている服の中から選ぶから、前日でも大丈夫だ」
ちなみに実家に取りに行くのは色々と面倒なので、デュークに頼んで適当に持ってきてもらおうと考えていた。
つまり選ぶ気すらゼロである。
「え、新調しないの?」
ウィルはアランの言葉がよほど衝撃だったのか、これ以上ないというくらい目をまん丸に見開いていた。
「何度も袖を通すわけじゃないのに、毎回それ用の衣装を作らせるなんてもったいなくないか?」
「わかってないね、アラン。無駄こそが文化の華というものだよ。そうだ、エレノアちゃんのドレスも作らないと。ドレスはきっと一着も持ってないだろ」
「たぶんな……」
アランはあいまいにうなずいた。
ウィルはそばに控えていたシリルにエレノアのことを早速呼びに行かせた。
シリルに連れられてきたエレノアは、ウィルの話を聞くと、やや困惑した様子で着ていたワンピースを軽くつまんだ。
「これじゃダメなのですか?」
それはウィルの屋敷の使用人が着ているお仕着せで、田舎領主のところで着ていたものより生地も仕立ても数段上だったが、舞踏会に着ていくような代物ではなかった。
アランとウィルは二人同時に顔を見合わせた。
「おい。舞踏会がどういうものなのか、ちゃんと説明したのか?」
アランが小声で確認すると、ウィルはやや自信なさげに首をかしげた。
「え、うーん。どうだろ」
「おい!」
小声のまま、アランはウィルにつっこんだ。
「まぁまぁ。ドレスを新調すればいいだけの話じゃないか。ふふ、女の子の初ドレスか。腕が鳴るね」
ウィルも小声で応じると、エレノアに向かって満面の笑みを向け、わくわくした様子で話かけた。
「その黒い服もよく似合っているけど、舞踏会に行くにはもう少し華やかな方がいい。ちょうどこれから仕立て屋が来るから、エレノアちゃんも採寸して、生地やデザインの相談を一緒にしようか」
「嫌です」
「え?」
「お断りします」
エレノアはにべもなくウィルに向かって言い切った。
これには言われたウィルだけでなく、さすがのアランも面食らった。
部屋の片隅にいたシリルなど、エレノアに刺すような視線を向けていた。
それからウィルがいくら言葉をつくして説得しても、エレノアは完全拒否の態度を崩さず、ずっと押し黙っているだけだった。
「アランといいロザリーといい、どうして僕の周りにはこうドレス嫌いが多いのかなぁ~」
ウィルはほとほと困り果てた様子で額に手を当てていたが、アランはウィルのぼやきを聞いて、ちょっとした違和感を覚えた。
自分やロザリーはともかく、はたしてエレノアはこれまで毛嫌いするほどドレスを着た経験があるだろうか。
エレノアのことを詳しく知っているわけではないが、たぶん、というか絶対ないはずだ。
それなのにエレノアがここまでウィルの提案を拒否する理由はなんだろうと考えた時、アランには一つだけ思い当たる節があった。
採寸となれば、肌と一緒に傷痕も人に見せることになる。
思い違いかもしれなかったが、アランは口をはさむことにした。
「ウィル。俺だって何を着ていくか考えるのは億劫なんだ。仕立て屋だのなんだの仰々しくされたら、彼女だって気がひけるだろう。街には既製品の中から好きなのを選んで試着する店もあるんだろう? 俺もあまり詳しくは知らないが」
「ふむ。なるほどね。確かに今回の舞踏会はそこまで格式張ったものじゃないし、そういう店を利用するのもいいかもしれない。どう、エレノアちゃん? そっちの方が気楽かな」
「はい、それでしたら……」
エレノアも小さくうなずいてみせた。
「よし。じゃあアラン、エレノアちゃんのドレスは君に任せた」
「は? どうして俺が」
思わず反論すると、ウィルがなにやら考え込む素振りをみせ、にたぁと笑った。
「なんだっけ? あ、そうそう。たしか『言い出しっぺのおまえが連れてけばいい』じゃなかったっけ?」
先日、アランがウィルに言った台詞である。
ぐっと言葉をつまらせたアランはウィルに反論できないまま、後日エレノアと二人で出かけることになった。
* * *
王都の城下町には服や装身具、宝飾品を取り扱う店が数多く林立している。
流行の服に身を包んだ人々の中に交じり、アランとエレノアは目抜き通りに面した一軒の店前に立っていた。
流行にはとことん疎いアランと、ドレスを着るのが初めてのエレノア。
この二人にどの店でエレノアのドレスを選ぶのか決められるはずもなく、事前にウィルに指定された住所を一緒に訪れていた。
店に入ると、広い店内には女物の服や帽子が所狭しと並び、客が商品を手に取るなどしていた。
店員の一人がすぐに二人に気づいて近づいてきた。
四、五十代の上品な女性である。
「いらっしゃいませ」
「彼女の夜会用のドレスを選びに来たんだが」
店員はアランの隣に立っているエレノアの全身を瞬時に目でなぞると、にっこりとエレノアに笑いかけた。
「かしこまりました。夜会用でしたら奥にあるドレスなどがよろしいかと。ご案内いたしますね」
エレノアは勝手がわからず戸惑っているのか、問いかけるようにアランの顔を見上げた。
大丈夫、とアランはうなずいてみせた。
「せっかく来たんだ。色々と見て、気に入ったものを遠慮せず選べばいい。代金はウィル持ちだ。うんと高いのを買ってやれ」
そう言うと、エレノアはかすかな笑いをもらした。
アランはエレノアの口角が上がるところを見た記憶がなかったので、思わず二度見しかけたが、エレノアはすぐに店員について歩き出した。
手持ちぶさたになったアランは、待っている間、あてどなく店内を見て回っていた。
エレノアのドレス選びにつきあってもよかったのだが、べったり張りつかれても気づまりだろうと思い、遠巻きに様子を確認する程度にしておいた。
ウィルが薦めるだけのことはあり、豊富に取りそろえられた商品はどれも品が良かった。
小物類を陳列しているケースをのぞき込みながら、母上に贈り物をする時は今度この店で買おうか、などと考えていると、後ろから先ほどの店員に声をかけられた。
「あの。お連れ様が同伴の方を呼んできてほしいとおっしゃっています。選んだドレスを見ていただきたいそうです」
「わかった」
早かったな、と思いながら店員と一緒に移動すると、エレノアは手にしていたドレスをアランに広げて見せた。
「どうでしょうか」
それは淡いグレーのロングドレスだった。
ウエストの位置が高めで、その分スカートの裾がきれいに広がっている。
首周りや袖口には細かいレースの縁取りがされ、繊細ながらも上品な華やかさがあった。
やや地味かもしれないが、エレノアの雰囲気には合っていそうだった。
「いいんじゃないか」
アランの言葉にエレノアはほっとした顔つきになった。
「ご試着されますか? お客様、かなり細身でいらっしゃるので、実際に着てみてサイズ感を確認していただいた方がよろしいかと」
「問題ないと思うのですが」
エレノアはそう言ったが、アランは店員の提案に賛成だった。
「試着はした方がいい。着心地が悪いと、着ている最中に具合が悪くなることもあるから」
「それでしたら一度着てみます」
店員がエレノアを試着室へと案内したので、目で追いかけると、試着室の中にはエレノアだけが入り、店員は外で立って待っている。
これなら問題ないだろうとアランが安心して待っていると、しばらくして店員が再びアランのことを呼びにやってきた。
「あの。お連れ様がなかなか出ていらっしゃらないので外から声をかけたのですが、同伴の方を呼んできてほしいとおっしゃっていまして」
何か問題でもあったのだろうか。
アランは試着室の前に移動して、木の扉をノックした。
「エレノア、どうした。気分でも悪くなったのか?」
声をかけると、扉が少しだけ開き、エレノアの手首がひょいと出てきた。
なんだろう、と思った瞬間、アランはエレノアに腕をつかまれ、思いがけず強い力で試着室の中へと引っ張り込まれた。
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