第8話 兄弟のひと時

ウィルがロザモンドと話していた頃。


アランの屋敷には弟のデュークが訪れていた。


アランとは腹違いで、年齢はアランより三つ年下の十五歳である。


青ざめた顔色で長椅子に座っているアランに向かって、デュークはまくしたてていた。


「いい加減、戻ってきてください。兄上が出ていったのは自分のせいだと言って、母上は毎日泣き暮らしていますよ」


「母上の愛情を疑ったことは一度もないよ。母上にもそう伝えたんだけどな」


「それでハイそうですかって母上が納得するわけないでしょう! それに父上の立場だって考えてください。長男が家を出て次男の僕が残っているなんて、外聞が悪すぎる。世間でどんなに口さがない噂が流れているか、少し考えればわかるはずだ!」


「別に僕のことがなくったって、父上はいつも誰かに口さがないことを言われてるだろう? それに家督だっておまえが継げば何の問題もないわけだし」


「どうして昔からそんなに覇気がないんですか! しっかりしてくださいっ」


「わかった、わかったから。頼むから耳元でそんなに大声を出さないでくれ。おまえの声はただでさえ頭に響くんだから……」


「それは僕のせいじゃなくて二日酔いのせいでしょうが! まったく、嘆かわしい。一緒に住んでいた頃には、こんなだらしない姿は見たことがなかったのに。家の中だって使用人がいないせいで荒れ放題じゃないですか。今の兄さんは何もかもが乱れきっている!」


弟の容赦ない指摘に、アランはやや動揺した。


「本邸の使用人を一時的に借りることはできないだろうか……?」


兄の弱気な発言をデュークは鼻先でふんと嗤った。


「誰も来たがりませんよ、こんな馬小屋みたいな狭い場所。グエルは年を取って使い物にならなくなったから島流しになったんだって、使用人たちはみんな噂してるんですから」


「デューク。僕のことをとやかく言うのは構わないが、グエルをけなすのは許さない」


アランの冷え冷えとした声に、部屋の空気とデュークの表情が凍りついた。


「……僕は言ってませんよ! だいたい、グエルが悪しざまに言われるのだって、元はと言えば兄さんが屋敷を出ていったせいでしょうが。話の論点をすり替えないでいただきたいっ」


議論がまたふり出しに戻りかけたので、アランは手をあげてデュークの話をさえぎった。


かれこれ三時間以上は同じ話を繰り返している。


「わかったから今日は帰れ。もう夕方だぞ。それこそ母上が心配する」


デュークは何かを言いかけたが、悔しそうに言葉を飲み込んだ。


「僕はあきらめませんからねっ!」


そう言うと、かかとを踏み鳴らして部屋を出ていった。


しばらく長椅子でぐったりしていると、グエルが部屋に飲み物を運んできた。


「デューク様がお帰りになりましたよ。いつも元気な方ですね」


アランは先ほどのデュークとの会話が聞こえていたのではないかと一瞬危ぶんだが、グエルの様子は飄々としていて、いつもと変わらなかった。


アランは内心ほっとしながらカップを受け取り、一口飲んで顔をしかめた。


「グエル。コーヒーがいつもの数倍は苦いんだが」


「先ほど、シリルがウィリアム様の使いでやって参りましてね。二日酔いの特効薬を置いていったんですよ。まだお辛いだろうと思い、ほんの数滴入れさせていただきました」


「なるほど……たしかに頭痛が吹き飛ぶ気がするよ……」


顔をしかめながらカップの中身を飲み終えると、次第に頭痛と吐き気は治まっていった。


効果できめんである。


アランは立ち上がると、部屋の中を見回した。


デュークが指摘したように、お世辞にも片付いているとは言い難い。


誰か一人雇うか、と考えて、エレノアの姿がふっと思い浮かんだが、アランはすぐに打ち消した。


下働きでもなんでもするから王都に連れていってくれ、と頼まれた時には断ったのに、いざ自分が困って雇いたいと言い出したりしたら、それはあまりにも身勝手な言い分というものだろう。


本邸を出れば苦労するというのは予想できていたことではないか。


その見積もりが少々甘かったのは否めないが、これも勉強のうちと思うしかない。


若い時の苦労は買ってでもせよ、とは、遊学前に恩師から贈られた言葉でもある。


アランはブラウスの袖をまくると、日中動けなかった分、その日は夜遅くまで部屋の片付けにいそしんだ。

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