第6話 湖にて

湖は屋敷からさらに森の奥へと進んだ場所にあり、歩けない距離でもないが馬を使ったほうがよいというので、アランは馬車を引いていた馬の一頭に乗っていくことにした。


出発に先立ち、グエルはアランにやや心配そうな面持ちでささやいた。


「アラン様なら問題ないでしょうが、他の方には手を触れさせないようお気をつけください。気位の高い馬なので」


アランはうなずき、令嬢リリアナと二人で出発した。


リリアナは馬に乗り慣れているのか、スカートをはいたまま横乗りで自分の馬に騎乗していた。


並足でゆっくり走らせて四半刻ほどすると、前方に湖が見えてきた。


来るまで気乗りのしないアランだったが、眼前の光景に思わず感嘆のため息をもらした。


湖面は陽光を反射して七色に揺らめき、さながら一幅の名画のようである。


「美しいでしょう? 後でこちらに食事を持ってくるよう言ってありますので、届いたら昼食にいたしましょう」


リリアナは声を弾ませた。


近くの木に馬をつなぎ、湖を一周して戻ってくると、ローブを羽織ったエレノアが大きなかごを下げて立っていた。


フードこそかぶっていなかったが、アランはその姿に一瞬ぎくりとした。


リリアナはエレノアに、湖畔近くの白樺の木陰に昼食を準備するよう命じた。


待っている間もリリアナはずっと話し続けていたが、アランは相づちを打ちながら、見るともなしにエレノアの姿を横目で眺めていた。


馬車で立ち往生していた時に現れたのは、やはりこの娘ではなかっただろうか。


そういぶかしんでいると、下を向いて黙々と仕事をしていたエレノアが急に顔を上げた。


「お食事の用意ができました」


アランはとっさに視線をそらしたが、エレノアはアランに見られていたことに気づいていたかもしれない、と思った。


木陰には大きな布が敷かれ、飲み物の瓶とグラス、パンにチーズ、カットフルーツなど食べやすそうな物が用意されていた。


アランたちが敷布の上に座ると、エレノアは「食事がお済みの頃、片づけをしに戻ってきます」と言って移動しようとした。


「待ってエレノア。馬の世話をしてきてちょうだい。向こうにつないであるから」


リリアナが声を高くして呼びかけると、エレノアは振り返ってうなずいた。


食事中もリリアナはアランに王都での生活について盛んに尋ねてきたが、アランは当たり障りのない返事をしながら、頭の中では先の予定について考えていた。


帰ったらまず、父に遊学中のことを報告しなければならない。


仕官するようにと言われるかもしれないが、その時はその時だ。


それが済んだらロシュフォールド家の所有する屋敷を見て回る。


以前と同じように本邸に住んでも構わないのだろうが、遊学中の二年ですっかり一人暮らしの気安さが身についたことだし、今さら義母や弟に余計な気をつかわせるのも忍びない。


グエルはアランの生母が嫁いでくる時に実家から連れてきた従者なので、引っ越し先にも一緒について来るかもしれない。


湖から戻ったらグエルにも相談してみるか、とつらつら考えているうちに、アランは出発前にグエルから言われたことを不意に思い出した。


『他の方には手を触れさせないようお気をつけください。気位の高い馬なので』


しまった、とアランはバネ人形のごとく立ち上がった。


「アラン様!? どうなさったのですか」


隣にいたリリアナが驚いたように声をあげた。


「申し訳ない。少し馬を見てきます」


アランはリリアナの返事を待たずに、馬をつないだ場所へと駆け出した。

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