海 -sea-

からす

第1話 game start

海の中で様々な生物に変化して活動する、最新作VRMMO『海-sea-』。

ゲームショップの一角に飾ってある仮想モニターからは、その発売を告げる音声が流れている。

その横の棚に並んでいるそれを、そっと手に取った一人の男が居た。

それは、昨日このゲームが発売されるというニュースを聞き、なけなしの貯金を全て使おうとしている無鉄砲な男だ。

数秒後には貯金が0になるという事実には堪えるのか、さすがのこの男の手も震えてい「よし、キタッ…!!」…違ったようだ。

…と、この辺りで一旦、この物語の主人公であるこの男を紹介しておくとしよう。

この男は「海中 瞬うみなか しゅん」20歳。

昔から運動が好きで、水泳競技で優勝した経験もあったりする。

…が、現在ではアルバイトで日銭を稼ぐ日々だ。

というのも、その過去にはちょっとしたが…おっと、どうやら買い物が終わって店から出てきたようだな。

この話は後々するとして…ん?ああ、私か。

私はこの物語を君と共に体験していくものだ。

まぁ、そうだな…「エックス」とでも呼んでくれ。

そう邪魔にはならないはずさ。

基本的には地の文…ナレーターに徹するつもりだ。

とはいえたまには会話を…っと、今は私のことなどどうでもいいか。

この男の家はここから数m。まぁ…徒歩5~10分前後というところか。

きっと、この先の貯金を失ったという事も忘れ、ゲームに没頭するのだろうね…

ん、「黙れ」?

おやおや…分かったよ。暫くはナレーターに徹するとしよう。





階段を上り切った先で、肩にかけた黒いカバンから小さな鍵を取り出す。

ここは、さびれた団地。

昔はもっと人が多かったようだが、今は一日に一度人の顔を見れば良い方だ。

その4階にある部屋の前に立ち、ドアノブに鍵を入れていく。

鍵が入りきったのを確認し、時計周りに捻る。


カチャッ


鍵が開いたのを確認。そのまま抜き取り、ドアノブを掴む。

静電気が起きないか心配し…安堵。手のひらには何の異変もないらしい。

少し肌寒くなってきた気候のせいか、ドアノブはひんやりとしている。

この扉を開けたら、自分の世界が何か変わるような、そんな予感。

男は—気候とは関係なく—ひとつ、大きく身震いして扉を開く。


見えるのは、奥へと続く通路。

見慣れた景色のはずが、今日はいつもとどこか違った。

ずっと独りだったこの家に、まるでもう一人誰か来たかのような喜色に溢れている。

少なくとも、男の目にはそう映っているようだ。

そのままいつものように靴を脱ぎ、床を進む。

自分の部屋の扉を開け、床に散らばった自分の体液の付いたチリ紙たちを片付ける。

普段ならその見た目や匂いから少々の嫌悪感を抱くソレだが、今日この時に限っては

そうして片付いた部屋を見渡すと、一面ゴミ一つ転がっていない部屋。

そこに広がる布団と、いつぞや買ったVR機器が一つ。

そのまま、VR機器に買って来たディスクをセットし…装着。

目の前には、深いあお岩礁がんしょうで作られた背景。

それから、そこに浮かぶ白い泡のような文字。

男は、久しぶりに自分の口角が上がるのを自覚しながら、無意識にその文字を繰り返す。


「ゲーム…スタートッ!!」

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海 -sea- からす @krsalls

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