椅子

君の椅子の上のクッションが、君のかたちにへこんだまま、君の帰りを待っている。

洗剤は君が買い置きしていたまま使っているので、服からは常に君の香りがする。そうでなくても、君の部屋で飼っているカナリアの餌と水を交換しに行く度に、君の残り香に苦しんでいる。カナリアをわたしの部屋へ移動しようかと思ったが、見える景色がいきなり変わったらきっと困惑してストレスが溜まるだろうと思えて、結局主人のいない四畳半の窓際に鳥籠を置いている。


君がいなくなってどれくらい経つのだろう。

君はわたしとカナリアをおいてこの世を去るのを最期まで悔やんでいたね。わたしはそんなに頼りない男だっただろうか。……まあ、しっかり者の君からすれば、わたしなどは、ようやっと歩き始めた幼児みたいなものだったかもしれない。

悔しいことに、君が見越した通りにわたしの日常は狂った。炊事洗濯掃除に四苦八苦し、仕事も杜撰になった。君に寄りかかって生きてきたのだと、思い知らされた。胸にはまだ穴が開いたような喪失感が重い。

カナリアが遠慮がちに、細く歌っている。




残り香の幽かにたちて君の椅子 見つめる我の胸の風穴

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