ハロウィンに起きた極めて普遍的な出来事

一野 蕾

【反転後】


 普遍的な日常に飽き飽きしてたの。

 朝起きて、コーヒー片手にパンを齧って、スマホを見ながら通学。ろくに頭に入ってこない講義を聞き流して、終わったらバイトでヘトヘトになって。

 その分休日は友達と遊び呆けたり飲み潰れたりなんかして。

 楽しいけど、つまんない。

 刺激が欲しかった。

 毎日くり返すルーティンを全部忘れさせてくれるような、眩しすぎて酔っちゃうくらいの楽しみが。みんな欲しかった。

 だからちょうどいいと思ったの。十月三十一日。ハロウィンって、元は収穫のお祝いだか、なにかだった気がするけど……今の日本じゃもう仮装パーティの日でしょ?

 たっくさん呑み歩こう! って居酒屋でグラスを合わせたあの日が懐かしい。

 メッセージでどこで集まるとか、何の仮装をするとかやりとりして、当日まで衣装とメイクの準備して。それだけで楽しかった。歩行者天国になったスクランブル交差点の海を、流されるままに歩くだけできっと、私たちは当分満たされたはずだった。

 誰が願ったんだろう?

 誰がお願いしたんだろう?

 誰が十字架を逆さにして、星を描いたんだろう。

 最初に感じた違和感は、夜空がやたら揺れてるように見えたことだった。

 地上の明かりでほとんど見えない星が動いて、キューに打たれたビリヤードボールみたいに次々ぶつかり合ってた。ぶつかると、虫が照明に当たって絶命する時みたいに、バチって音をさせて火花が散るの。

 みんな立ち止まって、ざわざわしながら空を見上げてた。蛍がいるみたいで、綺麗だったよ。

 そう、これはSNSで見たんだけど、ホテルのエントランスの扉が横向きになったんだって。それだけじゃなくて、三階にある部屋の窓を開けたら、地下駐車場に繋がったみたい。

 何かがおかしくなっていってた。

 スマホの画面に流れてくる情報は、どれも作り物としか思えないような異世界の姿ばっかりだった。私たちも呑んでる場合じゃなくなって、帰ろうって話になったの。

 その時ね。交差点の白線が──そう、地面の白線ね。それが動き出したの。高速でシャッフルされるトランプカードみたいに。地面は動かないのに、模様だけが生きてるみたいに動き出して、凄く怖かった。みんな、みんな駅に走った! 人を押しのけて、酒の缶を落としても気にしなかった。悲鳴が至るところから聞こえてきて、不協和音の合唱になってたのを覚えてる。

 あの時の渋谷は、悪夢の遊園地だった。

 ファストフード店の人形が歩いてポップコーン売り出して、ハロウィンの飾りが剥がれて、人にまとわりついた。ショーウィンドウに飾られてたかぼちゃは、人の頭を食べたの。ハロウィンのための装飾でかぼちゃがそこかしこにあったから、あの後ジャック・オ・ランタンが世界に沢山生まれたの。

 私たちは走って、走って、駅の改札を飛び越えて、ホームにたどり着いた。

 最初に行き着いた人たちが停車してた地下鉄に乗り込んで、すぐに車両はいっぱいになっちゃった。私は足がもつれてて、上手く走れなくて、その地下鉄に乗れなかったの。一緒にいた友達はみんな間に合って、私の目の前でぎりぎりドアが閉まった。地下鉄は滑るみたいに走り出した。一切の横揺れもせず、氷の上を押されて進むみたいに動き出して、暗がりに消えていった。

 その暗がりから巨大な手が伸びたから、ホームに残された私と他の人たちはみんな逃げ出したんだけどね。

 あの地下鉄がどこに停まったか分からないの。

 友達とは、あれ以来会えてない。

 メッセージを送ると既読がつくんだけど、誰に送っても、一日経ってから文字化けした文字が返ってくるんだ。


『縺薙%縺ッ蜷舌¥縺サ縺ゥ讌ス縺励>繧茨シ√≠繧薙◆繧よ擂縺ヲ繧茨シ∵ャ。縺ョ萓ソ縺ォ荵励▲縺ヲ?』


 最初は何を伝えたいのか分からなかったんだけど、

 最近、分かるようになってきたんだ。

 特別なことはなにもないの。変なことが普通になっただけ。街中で一本別の通りに入ると煙が充満していて、体が軽くなったりだとか、大きなリスが一軒家を飲み込んだとか。いろんなところにある学校が燃えたりもした。誰かのリュックの中で魚が泳いでるのも見た。体がペラペラの紙になっちゃって、喋れなくなった人もいたな。そうそう、仮装じゃない、本物のおばけも出るようになった。フランケンシュタインが住むお家があるし、吸血鬼はよく夜の路地裏にいるの。しょっちゅう人がいなくなって、今頃狼男の腹の中、なんてみんな笑ってる。

 雷が降ってもなにもおかしくないし、

 赤信号機の向こう側は見えないけど、

 虹を浴びれば幸せになれるし、

 マンホールに入っていく人がいても不思議なんてことはないの。 

 時計の針が十三番の数字に並んだら、私、そろそろ友達に会いに行こうと思ってるんだ。

 次の便がようやく駅にやって来るんだって。

 凄く楽しみ。

 だってあっちは、吐いちゃうくらい、凄く楽しいんだって。





【ハロウィンに起きた極めて普遍的な出来事】/終

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