第60話 別れの日 (エピローグ)

 <テラ>との和平交渉が始まって、四日が経っていた。

和平交渉は、地球圏で世界政府が直接行っており、火星では復興に向けて

の活動が本格化する。


SG4指令本部基地では、メイン発電機の入れ替え工事が進んでいる。

北極の<カズマシティー>では、採水場復興のために、新採水場の建設

予定地が定められ、ウィルスに汚染された機器やパイプラインを焼却

したり、溶融したりする設備を建設することも決まった。


 また第一中隊には嬉しい知らせも有った。

<マーズ・ワン>で入院をしていたジョン・スタンリーの神経が再生し始め

る兆候が表れ、足の指などが動かせるようになり、上手く行けば、

少しずつリハビリを開始できると言うことだった。


 ***


 そしてSG幹部達は長かった火星滞在からの帰任日を迎えていた。


 カルロス・ブランコ総司令官は、火星を去る前に、メディアに対して

火星で起きた事件の終焉を報告するために、<マーズ・ワン>の

レストランで記者会見をする。


火星で起きた事件は、地球圏でも話題になっており、SGからの正式な

報告が有ると知らされ、大勢の記者やカメラマンが集まっていた。


 ブランコ総司令官は、世界政府と<テラ>の間で和平交渉が進んでおり、

<テラ>主要メンバーが投降する意思を固めたこと等を詳細に報告した。


またSG4の指令本部基地も復旧作業が順調に進んでいることなどを説明し、

事件が無事、収束したことをメディアに伝えた。


 メディアからは、ME大隊のキーン司令官が殺害された理由や、ME大隊

ミロ・ビスカルディーニ副司令官の解任に関する質問が殺到したが、

ブランコ総司令官は、それに関しても、何も包み隠すことはせず、

ME大隊で行われようとしていた情報捏造の企みや、SGを軍隊化させよう

とする目論見が有ったことも含めて公表した。


そして、一部のそのような企みは未然に防がれ、SGは今後も市民を守る

ための組織であり、世界政府の方針通り、今後も決して軍隊化を目指すこと

は無いと、総司令官はメディアに対しはっきり宣言をした。


 ***


 総司令官の記者会見の後。

火星を去るSG幹部達や、SG3の宇宙機開発研究所のメンバー、

そしてルビー・キャロルがレストランで、火星地方政府のパメラ・

ランドリアーニ知事や、SG4関係者と挨拶を行った。


 背骨の骨折で大きな手術を受けたSGTEのハオシュエン・チョウ

副司令官も、医者から旅客船での移動を許可され、車椅子に乗ったまま

挨拶をしている。


 記者やカメラマンは、SG幹部達の怪我の状況を詳しく知らされては

いなかったため、骨折でギブスをはめているSG幹部達を写真に撮ろうと

さかんにフラッシュがたかれている。


 第一中隊メンバーは、合同練習を通じて、SG幹部達とも顔見知りに

なっていたし、オットーや、ルビーなどを見送るために集合していた。

ダミアンはジョンを車椅子に乗せて、レストランに連れて来ている。


 ルビー・キャロルは、第一中隊メンバー一人一人と会話をし、

握手をして別れを惜しむ。そして皆に次は金星に来て欲しいと言っていた。


ルビーが、ケンイチと挨拶をしようと近づく。


 ウェブニュースのカメラマンは、新機種の性能比較試験で戦ったSG2と

SG4のエースパイロット同士の握手の写真を絵に収めようと身構え、

握手と同時にフラッシュが沢山たかれる。


「ケンイチさん。今度は金星で合同練習ですよ。次は負けませんからね」


「ああ、ルビー。でもまだ、金星で合同練習するとは決まってないぞ、

 まぁ、どこかで合同練習をやるなら、お互いに参加すれば会えるな」


ルビーはケンイチの顔をじっと見て、何かを言おうとした。


そして突然、ケンイチの首に手を回して顔を引き寄せ、一生懸命背伸び

をしてケンイチの唇にキスをする。

ケンイチは、突然のルビーの行動に驚いて身動きできなかった。


 周囲の第一中隊のメンバーやSG幹部達も、何が起こったのか分からず、

みな唖然とする。カメラマンは、一瞬驚いていたが、絶好のシャッター

チャンスだと気が付いて、フラッシュが、二人を祝福するように会場を

埋め尽くした。


ケンイチ自身は呆気に取られて、ルビーにキスされたまま身動きできずに

いたが、ルビーは、ぱっと離れると、今度はそのケンイチのみぞおちに、

思い切りパンチを見舞った。


「ダークサイドKK! 隙あり!」

「うっ」ケンイチは、くの字に体を曲げて痛がる。


「このやろ!」とケンイチが笑いながら言うと、

「これで三勝三敗で引き分けですよぉぉ」

とルビーは勝ち誇ったように言いながら、軽やかにステップを踏みながら

離れケンイチに手を振った。


 ***


 火星と地球の最接近日から少し経ち、<マーズ・ワン>の

宇宙港は、今度は地球圏に戻る観光客でいっぱいになっていた。


その宇宙港からSG幹部達の乗ったシャトル機が飛び立ってく。

第一中隊メンバーは宇宙港で整列して敬礼をして見送った。


ケンイチの横から、ソジュンが個人通話でささやく。

「おいケンイチ。ルビーを引き留めなくて良かったのか? 

 火星と金星じゃぁ離れすぎてて、超、超、遠距離恋愛になるぞぉ」


「引き留められるわけないだろ。あいつは、SG2の至宝だぞ。

 引き留めたりしたら、SG2からSG4が一斉攻撃を受ける。

 それに、俺達は仲良くはなったが、恋人にもなっちゃいないさ」


「さっきのは、恋人の別れのシーンにしか見えなかったさぁ」

「あいつめ、マジで本気のパンチ入れやがった」


「でも、キスはいやじゃぁ無かったんだろぅ?」


「そうだな。俺はあいつと初めて会った日から、好きになっていた。

 でも、お前の言うとおり、火星と金星の距離じゃ、どうにもならない

 ことは、初めから分かってて、深入りしないようにしてたんだがな」


「じゃぁさぁ、次の合同練習が何年後か知らないけどぉ、それまで、

 動画通信で愛を語るんだな」


「俺がそういうの、すごく苦手なの知ってるだろ?」


シャトル機は、遠くに見える大型旅客船に着いていた。


 ***


 SG幹部達が乗った大型旅客船が出て行って三日後。


ケンイチがホテルの居室に戻ろうとすると、ホテルボーイから、

ケンイチ宛の封筒と小包を手渡された。差出人は<マーズ・ワン>の

医療部にいるジョン・スタンリーだった。


 封筒を開けると、簡単なメッセージだけ書いてあった。

「カネムラ中隊長。お見舞いにいただいたVRゴーグルのお礼です」


小包を開く。

ルビーが営業スマイルで、にっこりと笑っている写真が、フォトフレーム

に入っていた。<マーズ・ワン>で新機種の性能比較試験の前に、

レストランで記者たちに発表を行った時の写真だ。


「ジョンめ。からかいやがって」


ホテルの部屋に帰ると、自分のタブレットに通信が入っているのに気が付く。

ルビー・キャロルが、旅客船の中から送信したものらしい。


動画通信のファイルが二つあった。一つ目を再生する。


「ケンイチさん。見せたいものが有るの。

 旅客船の中って退屈だから、SG2の友達に動画通信してたんだけど

 SG2の友達から返信が来て、SG2のウェブニュースのトップ記事が

 これだったんだって。 ジャーン」


ルビーがカメラの向こう側で、タブレットをカメラに向けた。

ウェブニュースの一面記事の写真は、ルビーがケンイチにパンチを当てて

ケンイチの体がくの字に折れている写真だった。


記事のタイトルは『金星の宝石、ダークサイドKKを』と

なっている。


「いいシーンでしょ? 三勝三敗ですからね。

 私、これからもいっぱい訓練します。次はもう負けませんよ。

 それじゃぁ。また会えるのを楽しみにしてます」


一つ目の動画通信ファイルは、これで終わりだった。

ケンイチは思わず独り言をいう。


「なんだよ。SG2での記事見せて、おちょくっているだけじゃないか。

 それに『また会えるのを楽しみに』って、いつの話だよ。

 無茶苦茶遠いんだろ」


二つ目のファイルを開く。


ルビーがカメラの正面に立っている。


「ケンイチさん知らないと思うから、いいこと教えてあげる。

 金星の公転周期は、約225日なの。

 そう地球よりも早く太陽の周りを回ってるの。


 だから地球と火星よりも、金星と火星ののほうが短いのよ。

 地球の時間で約十一ケ月ごとに、金星と火星が最接近する。


 考えてみて。地球と火星は二年二ケ月待たないと、近くにならない。


 でも金星と火星は、約十一ケ月で近くになるの。

 これって、結構いいと思わない? じゃぁねぇ。また」


動画通信はこれで終わっていた。


「ばぁか。が短くても、距離が遠いのはどうにも

 なんないだろ?」


でも、ケンイチは少し気分が良かった。


そう約十一ケ月毎には近い距離になる。そう考えると、

ルビーが帰ってしまった喪失感も少し和らいだ気がした。


ルビーにテキストだけで返信する。

「覚えてろよ。次もコテンパンにしてやる」


数分して返信が来た。

「忘れないわよ。素敵なキン肉マンさん」





~~~ SG4 小惑星からのメッセージ 完 ~~~




次回エピソード> 【お知らせ】SG4シリーズ 第三弾について


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