第53話

 待機をして、かなり時間が経った。

 まだ戻ってこない。


「長いですね、もう二時間は経ちますよ。こんなに長いもんです?」

「力量にもよるけど、確かに長いね」

「暗殺って、暗闇に乗じてしゅしゅっと殺すもんですよね。こんなに時間をかけるなんて、仕事できない人なんですかね」


 陰口を叩く新人は、貧乏ゆすりをしている。

 待ちくたびれたのだろう。ずっと座っているので何度も体勢を変えようと動いていた。


「出て行くわけにもいかないし、待つしかない」

「こういうのって、情報部から連絡はないんです?」


 新人のくせに情報部の使い方を知っているようだ。


「さすがにそこまで細かい情報共有はしていないから、情報部も彼が今どこにいて何をしているかは知らないでしょうね」


 彼、というのはサツキと新人がずっと待っている男のことだ。


「じゃあ、こういう場面は普段どうしてます?」

「待つ。あまりにも遅い時は情報部に連絡をすることもあるし、さっき連絡したけど何も異変はないと返事があった」


 待てど待てども戻ってこない時はチャイルに連絡をし、周辺でトラブルがあったか確認をすることもある。

 新人と軽口を言い合っている間にメールを送ってみたが、周辺で異変がある様子はないと返信があった。


「このまま待ってもいいけど、上に連絡を入れてみようか」

「う、上?大丈夫なんです?」

「なんで?」

「下っ端が気安く連絡してくるな、って。普通は直属の上司を通してから幹部に連絡を入れたりするじゃないですか」

「うちは普通じゃないよ。運転手に上司はいないし、いたとしても私の場合はマルクさん」

「じゃあ、トラブルが発生して判断を求めるのって、上司すっ飛ばして上に…」

「そうだね」

「こっわ」

「怖くない。文面は至って普通だし、下す判断に無茶ぶりはない」

「…ホワイトですね」

「うちは割とホワイトだよ」


 会社がホワイトだと二度目のアピールをすると、沈黙した。

 話しながらケータイを弄り、上にメールを入れてみたが引き上げろという連絡はない。続行、と下されてため息を吐く。


「暫く待ってみよう」

「結構待ってますけど。しりとりでもします?しりとり」

「りぼん」

「終わらせないでくださいよー」


 そして再び沈黙。

 どうしてこんなに遅いのか。新人の言うとおり、仕事ができないのだろうか。

 仕事ができないならばせめて愛想くらい良くしなさい。仕事ができない無口はいけ好かない、と毒を吐いていると助手席のドアが開いた。


「落ち着かないんで煙草吸ってきます」

「ちょっと」


 サツキの声は届かず、歩き始めた新人を止めるべきか悩む。

 上からは、待機との指示があった。そして先程は続行、と指示があった。待機続行ということだ。ならば、自分の仕事は車内で待つことである。勝手に車外へ出るのは指示に背く行為だ。

 このまま新人を放っておこうか。あれだけ言ったのに、ちっとも怯えていない。昨日のことをもう忘れたのだろうか。

 放っておこう。たかが新人、優しくしてやる義理はない。

 と思うも、名前も貰えていない新人なので今は自分が教育をしてやらねばならない。研修するためにサツキと一緒にいるのである。

 連れ戻したら延々と説教してやる。

 心に決めて車を降りた。

 既にずっと先を歩いている新人の後を追いかける。


 勝手に行動するな。

 今、この場では自分が先輩であり上司なのだから言うことを聞け。

 そんな気持ちを込めて肩を掴む。


「何してんの」

「煙草を吸いたくて」

「我慢しなさい。それに、こんなに歩かなくてもいいでしょう」

「いや、まあ、足を動かしたかったのもあるんで」

「はぁ。戻るよ」


 捕まってしまい、残念そうに顔が歪む。

 この様子だとすぐに死ぬな、とサツキは思った。


 車に戻ろうとすると、男が一人、サツキの愛車を眺めながら歩いていた。

 車内に人がいないことを確認すると、より近くで眺め始めた。

 妙だな、と新人を掴んで男から見えない位置に隠れる。


「どうしたんです?」

「変な男がいる。もしかしたら失敗したのかもしれない」

「え?」


 あの無口な奴は殺されたのか。

 愛車の傍にいるのは男一人。懐に拳銃があるとはいえ、撃ったことはないし丸腰の人間を連れている。メールを確認するが、何も届いていない。すぐに上へ連絡を入れる。

 車を降りてしまったことは怒られるかもしれない。命令に従わなかったと、首を刎ねられるかもしれない。しかし、マルクの専属として頑張ってきたのだ。大目に見るくらいしてほしい。

 なかなか来ない返信をじれったく思っていると、一分もしないうちに返信があった。

 すぐに引き上げろとのことだ。可能ならばあの無口が死んだ証拠を持ってこい、と。

 ただの運転手にそんな芸当はできない。上もそれは承知だろうから、期待はしていないはずだ。きっと今頃、上が情報部に連絡を入れ、状況確認をさせているはずだ。

 周囲を見渡すが監視カメラは一つしかない。それも、愛車は死角になっていて見えないだろう。

 取り敢えず引き上げることを優先すべく、うろつく男を監視する。


「どうするんです?」

「撤退するよ。あの男がいなくなれば、すぐにでも乗り込みたいけど」

「なかなか去りませんね」


 仲間がいる可能性だってある。

 うろうろと愛車から視線を外すことなく歩き、その内足がぴたりと止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る