第51話

 一日経って、マルクの様子を見にラボへ行った。

 相変わらずの不愛想な医療班だがサツキの顔は覚えたのか、一歩入った瞬間にマルクのいる病室まで案内をしてくれた。

 やればできるじゃん、と上から目線でマルクが寝ているベッド横へ歩み寄る。

 どうやら起きているようで、怠そうにしながらサツキを見る。


「それ、やる」


 ベッドの傍に置いてあった箱を指したので、サツキは遠慮なく箱を開けた。


「え、これ」

「お前にも必要かと思ったんでな」


 中には拳銃が入っていた。

 マルクが持っているものとは少し違うように見える。


「有名なワルサーP38ですか?」

「ワルサーがいいのか?」

「知っている名前がそれくらいしかありませんので。あとベレッタ」


 新人に教えてもらった銃の名前を口にする。


「リボルバーがいいと思って選んでやったんだが」

「リボルバー?いえ、頂けるなら何でもいいです」


 よく分からないが、本物だろう。

 弾が入っているのはどうやって確認するのか知らないが、ご丁寧に説明書まで入っているので後で確認することにしよう。

 それにしても、欲しいと思っていたが何故分かったのだろうか。これが以心伝心というものか。


「怪我は大丈夫ですか?」

「問題ない」


 ぶすっと不機嫌面を隠さないマルクに苦笑する。

 問題ないことはないだろう。痛いはずだ。


「帰りてえ」

「帰りますか?」

「あぁ」

「傷口、開きません?」

「大丈夫だろ」

「帰っていいんですか?」

「知るか。俺がいいって言うんだから、いいだろ」


 ベッドから出ようと立ち上がるが、痛みに顔を歪ませる。

 脇腹を押さえ、腰を曲げるマルクを見て、帰れないなとサツキは息を吐く。


「もう少し経ってからにしましょう」

「俺が帰るって言ってんだ」

「難しそうなので、またにしましょう」

「ふざけんな殺すぞ」

「ラボを出て車に乗る力が戻ったら、帰りましょう」

「ハッ、偉くなったもんだなぁ?」

「はい。マルクさんの専属ですから」


 帰ると駄々をこねていたが、サツキが却下したため盛大な舌打ちと共に睨みをきかせる。

 一瞬怯んだサツキだが、表情に出すことはせず、箱を持って礼を言い、ラボを立ち去った。

 家族を病室に置いて来たようで寂しい気がするが、助手席に乗っている新人の顔を見て気を引き締める。


「どうでした?」

「大丈夫みたい。起きてたし」

「そうですか。あの人が死んだら、サツキさんどうなるんです?」

「さぁ?マルクさんの代わりに誰かが幹部になって、その人の専属になるのかな」


 マルク以外の専属になるなど、現時点で考えられない。

 もしも横暴な野蛮人であったら嫌だし、狂気的な人間であっても嫌だ。なんだかんだ、マルクはサツキを生かしてくれているし、暴力を振るわれたことはない。今の関係性は悪くない。


 ラボの駐車場から抜け出す。

 次の仕事は夜からだ。マルクが離脱している今、サツキにはメインの仕事を与えられていた。

 ただ、詳細を見た限り仕事が失敗しそうでならない。

 運転の仕事ではなく、殺しの方だ。

 今日運ぶ人間と、目標の力量差が大きい。逆に殺されてしまうのでは、と案じている。

 殺しの仕事内容までは上から送られてこなかったが、恐らく最近暗躍しているフリーの殺人鬼の始末だろうと予想している。

 マルクの持つ情報の中に入っていた。

 今回車に乗せるのは、入社して一年未満の新米だ。物凄い能力があるのかもしれないが、しくじる未来しか見えない。

 それだけならまだいいが、サツキの身にまで危険が及ぶことがあるかもしれない。そう考えると、箱に入っている拳銃を懐に入れることに抵抗はなかった。

 万が一に備えた護身用だ。使わずに済むのならそれが一番いい。

 赤信号の際に少しずつ説明書を読み込み、簡単な使い方は覚えた。


「いいですね。やっぱり欲しいです」

「拳銃って、ホルダーに入れたりしないの?懐に入れるのが正解なの?」

「ホルダーなんて付けていたら、私は拳銃を持っています!って教えるようなもんじゃないですか。ただの運転手なのに」

「それもそうね」


 だから皆、懐に入れているのか。

 持っていることを悟らせないためなのか。

 何の勉強もしていないのでサツキには理解できないが、恐らくそうなのだろう。多分。

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