第43話
オフィスビルの三階で人事が待っている。薄暗い階段を上ると狭いオフィスの奥から顔を覗かせる男がいた。その男こそ、サツキが思い出していた人事の男だった。
手招きする男の元へ歩み寄ると、取調室のようなすっきりとした空間でテーブルを挟んでパイプ椅子に座る。
窓のブラインドが下ろされ、光が差し込まない部屋はまさに取り調べをするための部屋。
「君を呼び出したのは、今日だけ人事の手伝いをしてもらおうかと思ってね」
「おい、俺の犬だぞ」
「ですからマルクさんにご連絡した次第です。ちなみに、人事の仕事は当然君の仕事範囲ではないので、手当が出ます」
「やります」
手当が出ると知り、目だけを輝かせて即答した。
サツキの表情が変わっていないが、喜んでいることをマルクは察した。
「それで、人事の仕事とは?」
「以前、運転手の仕分けを行ったのを覚えているね」
「私が専属になった、あれですよね」
「そう、あれ。あの時、仕分けをしたけれど使えない人間が多く、再教育を始めたんだけど、知ってる?」
「初めて知りました」
「再教育で少しでも技術が向上すればいいけど、これがまた難しくて。そして万年人手不足に加え、どこかの誰かが勝手に殺してしまうので、困っているところでね」
どこかの誰か、と言いながらマルクを見る人事の男。
「つまり、運転手が少ないと?」
「そうそう。だから今まで以上に募集をかけた結果、本日は三人の面接をすることになったってわけ」
「もしかして、その面接の手伝いをしろってことですか?」
「大正解!自分に見る目がないわけではないけど、君から見てどの人間が向いているか、そういうのを教えてほしくてね。今日だけ一緒に面接官をしよう」
まさかこの歳で面接官をするとは想像していなかった。入社して三年が過ぎ、四年目だ。人の人生を左右する面接官になってもいいのだろうか。
それにしても、何故自分が面接官の手伝いに選ばれたのか。他の専属を見る限り、サツキより年上は数人いたはずである。その専属に頼めばいいのではないか、と思ったが、担当エリアが違うのかもしれない。
「分かりました。やります」
「ありがとうございます」
「俺もいるけど、いいよな?」
「はい、構いません」
珍しく、今日はマルクがサツキのおまけだ。
何だか新鮮だ、とサツキはマルクの横顔を眺めた。
「そういえば、最初に自己紹介したけど、覚えてる?」
「…すみません」
「だと思った。名前はクリス、覚えておいて」
「はい。忘れません」
そうだった、そんな名前だった。
忘れないと言ったので、絶対に覚えておかなければ。
サツキはふと、気になったことをクリスに尋ねる。
「運転手が人手不足とか技術不足って、不思議ですね。そんなに難しくないように思いますが」
「人手不足は拉致で解決できないからね。やりたくもない仕事を無理矢理させられると、逃げ出しちゃうでしょ。それを処理してまた拉致して、って繰り返すのも面倒だから、基本的に拉致や誘拐は自我のない子ども以外はしない」
「技術不足というのは?運転なんてできる人間のほうが多いですよね」
実際、サツキも運転ができるから運転手になった。特別なスキルは持っていなかったし、前職と家の往復くらいしかしていなかったけれど、今こうして運転手となっている。
最初に研修を受けるし、この会社で運転手として働くのは難しくはないはずだ。
「君、割と自信過剰だったと思うけど、もっと自信持っていいよ。君レベルはなかなかいないから、自分が一番だと思い込んでいても全然問題ないよ」
「ほ、本当ですか?」
「あ、ちょっと言い過ぎたかも。やっぱり六番目くらいに思っておいて」
「...はい」
上げて落とされた。
「暗殺者を運ぶって、精神的に負担がかかるでしょ。もし間違いを犯したら殺されるかもしれない、って思うと体が強張る。君の相棒は、それで殺したケースがいくつかあるし」
「毎度毎度怯えられると鬱陶しいからな」
「こういうことをする人がいるから、人手不足が解消されなくてね」
遠い目をするクリスに同情する。
人事も大変そうだ。眼鏡をかけているから気づかなかったが、よくよくクリスの目元を見ると隈がくっきり浮き出ている。
「ガキを拉致して暗殺者育てるより運転手育てる方が楽だろ。何でやらねえんだ」
「運転手如きに割く金や時間がないみたいで」
「クリスさん、運転手を前にして失礼ですね」
「これは失敬。でも事実だから」
会社は運転手を軽視している。
誰にでもできるし、替えはきく。しかし人手不足。軽視しすぎると痛い目に遭うぞ。と、言える立場ではない。
運転手の価値が低いのは仕方ない。自分の価値を高めたらいいだけだ、とサツキは思っている。
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