第42話

 集団の残党を海に突き落とした後、愛車は修理に出した。そして数日経った今、未だ代車を使用している。残党狩りは終了したようで、根を残すことなく壊滅させたと聞き、忙しい日々が過ぎ去ったことにサツキは拳を上に突き上げたい衝動に駆られた。

 マルクは三日程、外出せずに室内でずっとパソコンと見つめ合っているか、電話をかけているかのどちらかだ。

 マルクが外出をしないということは、仕事はないということ。マルクが引きこもって三日目、サツキはるんるんで出かけていた。

 何を隠そう、今日は待ちに待った給料日である。

 ネット銀行で口座を見ることはせず、ATMで記帳する。こちらの方がわくわくするからだ。

 近所のATMで記帳し、ときめきを隠さずそっと数字を確認する。


「ひえっ」


 そこにはメインの時とは全く違う額が刻まれており、指でなぞって何度も見返す。

 恋に落ちたかのようなときめき。運転をするだけでこんな大金を貰えるのか。マルクの専属になっただけで、こんなにも金額が跳ねあがるのか。

 絶対にこの座は死守する。何があっても、どんなことがあっても誰にも明け渡さない。この通帳に誓う。


 嬉しすぎて百貨店に向かうと、買う予定のなかった化粧品、洋服、鞄、腕時計、アクセサリーを次から次へと購入する。

 買い終わった後に出費額を計算し、後悔した。

 しかし、来月もまた同じような金額が貰えるはずだ。今日くらい、散財してもいいだろう。死と隣合わせの自分へのご褒美だ。どうせこの仕事をしていたら寿命が尽きる前に死んでしまうだろうし、貯めるだけ無駄だ。相続する人間もいないし、国に返すくらいなら生きている間にすべて使い切ってしまおう。そのくらいの気持ちでいなければ。


 いくつもの紙袋をぶら下げて帰宅すると、サツキが外出する前とソファに座る体勢が変わっていないマルクがいた。

 集中していたら悪いので、話しかけずに紙袋を漁る。

 ごそごそ、びりびり、ごそごそ、かしゃかしゃ。

 話しかけずともマルクの耳に届く音。話しかけてくれた方がマシだと思い、購入したものを床に広げているサツキを見てため息を吐く。


「おい」

「はい」

「お前は呑気でいいな」

「はい?」

「俺はこんなに忙しいのによぉ」


 そう言われると返す言葉がない。


「お前、暇か」

「暇…ではないです」


 暇だと言えば仕事が降ってきそうだ。

 嘘は吐いていない。購入品を整理するのに忙しいのだ。


 暇ではないと返されたがマルクの中でサツキは暇だと断定した。


「人事がお前を呼んでいたから、暇なら行ってやれ」

「人事が?」


 人事というと、サツキに入社説明をし、専属への昇進説明を行ったあの男を思い出す。

 それにしても、人事からの呼び出しとは一体何だ。これ以上の昇格はないだろうし、失敗はしていないので降格もないはずだ。人事がサツキに直接声をかけるのではなく、マルクに声をかけたのも気になる。マルクの許可を得なければならない話なのか。


「何でしょう、身に覚えはありません」

「面接だとよ」

「えっ?」


 面接をするのか、何故。エリアの異動だろうか。人手が足りないエリアへの異動ということはメインに降格か。いや、そんなはずはない。


「よく分かりませんが、今日の仕事がないようでしたら行ってみます」

「あぁ」


 人事の誰かは知らないが、サツキが唯一知っている人事の男に連絡をとると、会社が保有している小さなオフィスビルに呼び出された。

 そのオフィスビルは、サツキが面接兼入社説明を受けた場所だ。

 懐かしいその場所へ向かう支度をして、靴を履いているとマルクが背後に立っていた。


「どうかしましたか?」

「俺も行く」

「何か仕事をしていたのでは?」

「急ぎじゃねえし、そっちの方が面白そうだ」

「そうですか?」


 マルクは黒のスウェットから着替えることなくコートを羽織って靴を履くと、サツキは扉を開けた。

 代車に乗り込み、人事が待つオフィスビルを目指す。

 昼間の道路は車が多く、外に出ていないで働けよとサツキは心の内で毒を吐く。


「そういえば、マルクさんは幼少期からうちにいるんでしたっけ?」

「あ?俺に興味あんのか?言っておくがお前は俺のタイプじゃねえぞ」


 白い目で見られているが、この話題は地雷ではないようで、サツキは話を続ける。


「入社するのに面接とかあったんですか?」

「ねえよ」


 入社方法は様々で、スカウトや引き抜きや応募、あとは子どもを人身売買で購入、誘拐、身寄りのない子どもを拾う。

 サツキは応募で入社したが、マルクはどれだろうか。幼少期からの入社だと人身売買、誘拐、拾われたかのどれかだと推測するが、さすがに「マルクさんって売られてきた子どもですか?」なんて無礼極まりないことは聞けない。

 さりげなく聞いてみたいが、自ら立ち入ってはいけないと線引きする。


「売られたのか拾われたのか、自分のことは知らねえ」

「えっ」


 詳しく聞いていないが、教えてくれたことに拍子抜けする。


「気づいたら教育されていたからな」

「そ、そうですか」

「なんだ、聞きたそうにしているから答えてやったのに」

 気まずくなるのが分かっていたように、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。

 ほんの少し悔しいので、地雷ぎりぎりまで踏み込もうと、聞いてみたいことを口にする。


「じゃあ、戸籍はあるんですか?」

「ない」

「その、マルクの前に名前はあったんですか?」

「ない」

「学校に通ったことは?」

「ない」


 気まずい。

 嫌な顔をしていないから、この質問に対して気分を害したわけではなさそうだ。

 しかし、これらの質問に対してサツキの答えはすべて「ある」だ。サツキは戸籍もある、本名もある、高校まで通った。マルクにはそれがすべて「ない」ので、「ある」サツキは非常に気まずい。


「おいおい、この空気どうすんだ?気まずくなったなぁ?」

「す、すみません」


 結局いつもサツキが負ける。

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