第26話

 ラボは山奥に建てられ、周辺に他施設は見当たらない。

 駐車場は大きく、車が数十台駐車されている。入口に近い場所はすべて他の車が駐車しているため、入口前でマルクを降ろし、サツキは入口から少し離れた場所に駐車した。

 全体的に丸い形をしているラボは、国王でも住んでいそうな外観だ。

 誰が設計したのかは知らないが、割とデザインが凝っており、センスがある。


 入口はロックされているので、指紋認証、パスワード、サインの三段階をクリアして開錠する。

 厳重なセキュリティから、会社の中でも重宝されている場所であることが分かる。

 扉が開くと今度は大きな画面の前に立ち、全身を照合される。色々なレーザーを当てられるが、これが何を意味するのかは知らない。

 きっと本当に本人かの確認をしているのだろうと予想している。

 画面にOKと表示され、問題ないと判断されたサツキは開いた扉の中へと入る。


「…で?」


 地図はないのでどこへ行けばいいのか分からない。

 右へ行けばよいのか左へ行けばよいのか、まったく分からない。仕方なく勘で左を選び、進んで行く。

 新たな扉が立ちはだかるも突破していく。

 そこからまた勘で進んでいき、扉を突破していき、人間を見つけては「薬品班はここですか?」と聞く。誰一人案内はしてくれない。口頭で簡単な説明をしてくれる親切な人が数人いたのだが、口頭で分かるはずもなく彷徨うこと三十分。


「薬品班はここで合っていますか?」

「はい、そうですが何か?」


 漸く辿り着いた。

 ラボで働く人間はほとんど白衣を着ているのでどこの所属か分からなかったが、目の前にいる隈が酷い男は間違いなく薬品班の所属だ。

 部屋の中には黙々と作業をしている人が数人、何かの相談をしている人が数人。

 真っ白で飾り気のない部屋は薬品独特の臭いが充満している。

 マスクが必要だった。これは嗅いでいい臭いなのか。


「マルクさんに言われて来たのですが、新薬はありますか?」


 そう言うと、「あぁ」とげっそりした表情を変えることなく別の部屋へ行ってしまった。

 情報部ではマルクの陰口が聞こえていたが、薬品班では誰一人気にすることなく作業している。部署によって反応がこれほど違うとは。

 マルクを嫌っていない、というよりは自分たちの仕事に必死なようだった。

 隈が酷い男はすぐに戻って来て、白い小さな箱をサツキに渡した。


「これが新薬ですか?」

「はい。頼まれていたものです。確認をお願いします」


 確認を、と言われてもこれが本物の新薬かもサツキには判別ができない。

 箱を空けると透明な小袋にカプセルが一つ入っていた。

 物を確認した後、男はパネルとペンを差し出す。


「これは?」

「受取りの確認です。サインをください」


 パネルには新薬らしき名前と個数が書かれている。

 サツキはペンで署名欄に書き込み、返却した。


「一応、効果の報告もお願いしますね。新薬とはいえ完成品ではないので」

「分かりました。お名前を伺っても?」

「ゲンダです。サツキさんでよろしいですか?」

「はい」


 ゲンダはサツキの署名を見て頷く。


「では、報告をお待ちしています」

「ありがとうございました」


 部屋を出る前に薬品班の人間の顔を見たが、死んだ魚の目をした社畜だった。

 隈は酷いし、髪は整えられていない、白衣はしわだらけ。何徹目ですか、と聞きたくなる。


「おい、しっかりしろ!」


 声がする方を見ると、白衣を着た女が目を開いたまま床に倒れていた。

 傍にいた男が頬を叩くが、反応はない。


「駄目だこりゃ」


 ぼそっと呟いた男の声を最後に部屋を出た。

 あの女はまさか死んだのか、過労死か。それとも気絶か。それを見分ける能力はない。

 薬を扱う人間は知能レベルが高いと思っていたし、給料もきっと多いのだと思っていた。けれど、先程の光景を見る限り、絶対に運転手の方が割の良い仕事だ。特別な知識がなくてよかった。


 箱を手にした状態でラボを出て車に乗り込み、入口の前で待機する。

 十分後、マルクがラボから出て来た。


「手に入れたか?」

「はい、これです」


 怯えて損した。

 小袋に入れられた上に箱の中に入っているので、サツキが薬に触れることはなかった。

 誤飲なんてするわけがない。


「ウィンターホテルに向かえ。お前はそのまま帰っていい」

「はい」


 また会議だろうか。

 帰っていいと許可を貰ったので、送り届けたら遠慮なく帰らせてもらう。

 嬉々として駐車場を抜ける。


「コネはできたか?」

「ゲンダさんが対応してくれました」

「あぁ、あいつ」

「皆さんなんというか、凄く忙しいんですね」

「ほう、あれは忙しいと言うのか?お前の目玉は立派だな」


 嫌味を言われた。

 彼等は大変なのだ。それを死んだ魚の目だとか、社畜だとか、そんなことは言えない。


「あれは人間じゃねえよ。薬を作るロボットみたいなもんだ」

「可哀想ですね。見ていて痛々しかったです」

「そうか?」


 人の心がない男だ。

 あそこはなんだか刑務所のようで、同じ人間として心が痛い。


「普通の人間は人を殺す薬を進んで作らねえよ」

「…まあ、そうですが」


 会社に命令されて仕方なく作っている人間だっているだろう。


「自ら新薬の提案をしてくるくらいには、イかれてるぜ」

「….なるほど」

「この新薬もゲンダが鼻息荒くして作ってたからな。頼んでねえのによ」

「なるほど」


 どうやら人の心がないのは薬品班も同じらしい。


「表にいたら作れねえような薬だからな、喜んで作ってるぜ」

「脅されて作っている人もいるのかと思いました」

「ハハ、いたとしても罪だと思ってねえだろ。自分が作った薬がどう作用したか報告受けるんだからよぉ。それ聞いてなお薬作ってんだから立派な犯罪者だぜ」


 頭がおかしい奴等ばかりだが、サツキもその会社に所属しているのだから少なからず頭がおかしい。

 常人であれば罪の意識に耐えきれず自殺でもするはずだ。それをせず今も仕事を続けているのだから、立派な犯罪者である。

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