職業は、暗殺者専属の運転手です

円寺える

第1話

 今日の仕事は午後九時から。時計を見ると丁度良い時間で、黒スーツを着てアパートを出た。先日美容院で綺麗に切りそろえたばかりの黒髪が風によってゆらゆらと揺れる。

 黒の軽自動車に乗り込む前に周囲を確認し、運転席に乗り込む。

 これからの予定をざっと思い出し、アクセルを踏んだ。

 小音量でラジオをつけ、今日のニュースを流す。


 他国との戦争がなくなり数十年経つが、国内での殺しはなくならない。人と人との争いは、いきすぎると命を奪ってしまう。今日奪われた命はいくつあるのか。そんな高尚な考えはサツキになく、あるのは「うちの仕業だろうか」ということくらい。


 指示された路地で車を止め、人を待つ。腕時計を確認すると既に九時をまわっており、十分を過ぎていた。

 この職に就いた最初こそ、時間を間違えただろうか、この場所で合っているのだろうかと不安になったが、時間通りに相手の人間が現れることは極めて稀なため、いつからか何も思わなくなった。

 車内で静かに待っていると、後ろのドアが開いた。普通であれば暗くて顔など良く見えないが、サツキは顔を確認するとハンドルを握った。


「SY2へ行きます」


 サツキはそれだけ言うとアクセルを踏んだ。


 今日の仕事相手はブロンドヘアの人間だった。性別の偽りや声を変えることなど基本であるため、髪が長いからといって女性とは限らない。

 サツキも態々今日の仕事相手の性別や声を知りたいと思わない。


「ねえ、お姉さん」


 若い女の声だった。

 サツキは表情を変えず「なんでしょう」と答えた。


「拳銃とナイフ、どっちが好き?」

「…拳銃を触る機会がないもので」

「あー、そっかぁ。今日の目標をどうやって殺そうかと思ってさー。やっぱり絞殺がいいかなぁ」


 んふふ、と愉快そうに笑う、女に見える人間の名前はリース。暗殺者だ。

サツキは暗殺者の送迎係。

 暗殺者は頭のおかしい連中だと、今までの経験上で知っているため、変に動揺することはなかった。


「お姉さんはどんな死に方が好き?」

「自分は楽に死にたいですね。痛いのは嫌いなので」

「あっは、じゃあ今日は散々痛めつけてから殺そうっと」


 暗殺者の機嫌を損ねると、仕事で失敗される可能性がある。そうなるとサツキの責任にされ、上から始末されるかもしれない。そう考えると、談笑に付き合うのも仕事の範囲内だった。


「到着します」


 さほど大きくない、けれど小さくもないホテルの傍に車を止めた。


「はぁ、これからまだ歩かないといけないの嫌だわぁ。目標の家まで送ってくれない?」

「駄目です」

「ケチねぇ」


 リースはそれだけ言って車からおりた。

 サツキはドアが閉められたことを確認すると、目的なく車を走らせた。


 夜のドライブは嫌いではなかった。所々にある光が道を照らし、通る車すべて光を放っている。幻想的だと思う。

 この仕事は基本的に暗い時間が多いが、たまに昼間も働かされるときがある。そしてその度に、自分はやはり、夜の仕事が好きだと再確認するのだった。


 リースが仕事を終わらせるまで時間を潰さなければならない。

 ホテル周辺で待機するのもアリだが、いくら夜とはいえ車に乗ったまま長時間同じ場所にいると不安で仕方ない。


 この辺りのエリアはサツキが担当をしているため、道に迷うことはなく、ただドライブを楽しむ。送迎をするだけで、会社員だったときの何倍もの給料を手にすることができる。サツキは天職と思っている。


 それにしても、と昨日送られてきたリースの顔写真を思い出す。

 暗殺者の写真が送られ、サツキがそれを開いてから五秒で消える。一瞬で仕事相手の顔を記憶しなければならない。特殊なメールであるため、カメラでその写真を撮ったなら本部に通報され、首を刎ねられる。

 昨日見たリースは坊主頭のきりっとした顔立ちであったが、今日はメイクもしており別人だった。サツキのいる世界で変装は常識になっているため、顔写真が送られてきたときはメイクの可能性も考慮し、耳の形やメイクでどうにもならないところを覚えるしかない。変装マスクは待ち合わせでNGになっているため、なんとか仕事相手を覚えることができた。


「給料入ったら何を買おうかな」


 最早暗殺の手伝いをしている罪悪感は皆無だった。たくさん給料が入ってくる。欲しいものは何でも買える、嫌な上司はいない、週五日も働かなくていい。こんな良い条件で働けるなんて、最高としか言い様がなかった。


 先程送ったリースが今まさに人を殺していたとしても、サツキには関心がなく、明日の休みは高い化粧品を買いに行こうということで頭がいっぱいだった。



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