第2話 墓地での出会い
彼女が、彼に出会ったのは5年ほど前のこと。
小さな産声を上げて生まれたエヴァンゼリンは、病気がちな子供だった。
大人になるまでは生きられないだろうと医者には言われ、そのせいか十二歳という年齢よりずっと幼く見える。
そんなエヴァンゼリンを心配していた母親も、彼女が十二歳なった年に流行病でこの世を去った。
母が亡くなった春先からしばらく、エヴァンゼリンは外に出ることもなくただ泣き暮らしていた。
万聖節の前夜、彼女は久しぶりに外へ出た。
向かった先は、夜の墓地。
それは、亡くなった母恋しさからのことだった。
ハロウィンは、精霊や魔女、先祖の霊がさまよい歩くといわれている。
幽霊でもいい母に会いたい、その一心で墓場まで来た。
星さえ見えぬ闇の中、聞こえるのはふくろうのホウという鳴き声と冬を前にした苦しげな虫の声。
今、エヴァンゼリンの青い瞳に写るのは、永遠に続く黒い森。
歩みを進めるたびに、足元の枯葉がかさかさと音をたて胸を締め付ける。
エヴァンゼリンは、母の墓に向かいながら、墓場の地下にはヴァンパイアが眠るとい昔話を思い出し身震いした。
墓石の列は整然と並び、その繰り返しがどこまでも続いているように錯覚してしまう。
ランタンの灯りが頼りなく揺らぐ。
昼間とはまったく違う姿におびえながら、ようやくマグノリアの木下にある母の墓までたどり着いた。
春には、恨めしいほど白い花を付けていた木も、落葉が始まっていた。
花も色もぬくもりもない。
やっとの思いでたどり着いた場所には、死を告げる冷たい墓石だけ。
「おかあさま……」
エヴァンゼリンは、母の墓石に突っ伏し泣きじゃくる。
しかし、灰色の石には何の面影も感じられなかった。
エヴァンゼリンは、医者が彼女のことを『大人になるまでは生きられないだろう』と言っていたことを知っていた。
どうせあと数年しか生きられないというならば、神様はどうして母と供に天国へ連れて行ってくれなかったのだろうか?
「幽霊でもいいから会いたい。おかあさま、むかえに来て……」
秋の空気は乾ききっていて、夜ともなれば人の心をたやすく冷やす。
ウールの外套を着ていても、歩いて墓地にたどり着くまでにエヴァンゼリンの小さな体は震えるほど冷たくなっていた。
喉に痛みを感じ、小さく咳をすると。それは、何度となく繰り返され止まらなくなった。
絶え間なくこみ上げる咳。
胸がゼイゼイと音を立てているのが、彼女自身の耳にも聞こえた。
肩を震わし、息を継ぐのもやっとだ。
「ゴホッ……。お…かあ…さま……」
このまま息ができなくて、死んでしまうのだろうか?
悲鳴を上げる体が、そうだといっているようでエヴァンゼリンは大粒の涙をこぼした。
怖い。怖い。怖い。
誰か、助けて!
エヴァンゼリンが、無意識に手を伸ばすと暗闇の中にベルベットの艶やかな光が見えた。
よくみればベルベットだと思ったのは、さらりとした黒髪。
「見ていられない。なぜこんなところへ来た……」
エヴァンゼリンの手をとったのは黒いマントを羽織る美しい青年だった。
彼のアメジストの双眸に覗き込まれ、胸がどくんと鳴る。
――― この人は、ヴァンパイアだ。
何を根拠にそう思ったのかはわからない。
ただ、人とは違うということだけは本能的に感じた。
怖いとは思わなかった。
ランタンの小さな灯りに照らされた姿に、ただ見惚れた。
赤く色づいた木の葉が、風に舞い上がる。
人々の安らぎと夜の闇を統べる王のような人。
エヴァンゼリンにはそう見えたのだ。
「わた…し……」
話そうとしたが喉がひゅうと音をたて、声にならない。
咳は治まらず助けを求められないもどかしさから、エヴァンゼリンは必死に小さな手で彼の手を握り締めた。
「もう、大丈夫だよ」
しがみ付ついた胸からは、眠りに落ちる前の安らかな夜の匂いがした。
ふわりと抱きかかえられた腕は、ひんやりと心地よくエヴァンゼリンは、まどろむように目を閉じた。
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