第334話 調子に乗れば乗る程に


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 高校サッカー選手権岐阜予選、この日は2回戦を迎えて牙裏学園の相手は1回戦を2ー0で勝利し勝ち上がった鳴門都(なるとみやこ)高校が相手となる。


 1回戦の時の雅乃坂とは違う、同好会レベルではなくサッカー部として活動し全国出場を目指すチームだが強豪に入る程ではない。


「鳴門都は最高戦績が県予選の3回戦、1回戦の雅乃坂より良い動きはしてくるけど牙裏の皆さんなら問題無く勝てるレベルだね」


「ホント詳しいなぁ、鳴門都の情報もあるとは」


「戦績については公式ホームページに載ってるし、それ見ただけだからね」


 相変わらずの千尋の情報量に愛奈は感心の声が出る、千尋からすればネットに載ってる情報を見ただけで大した事ではなかった。


「(ゴロちゃんは今日も控え、か)」


 牙裏のベンチにはチームメイトと話す五郎が見え、千尋の言った通り今回の試合も控えとなって彼の姿を愛奈は見つめていた。




 牙裏と鳴門都の試合が開始されると、開始から積極的に攻め込んで来る鳴門都の選手達。


 個々の声もよく出ていてしっかりとボールを繋いで展開していくが、この試合もDMFとして出場する春樹は冷静に敵の動きを観察しつつ忍び寄る。


「(1回戦の雅乃坂より良い動き、良いプレーをしてくる。けど足りないな!)」


 一対一のデュエルとなり、鳴門都の選手は春樹をドリブルで抜き去ろうとしていた。

 キックフェイントでパスに行く、と見せかけて切り返し右側から突破を測るが春樹は彼の狙いを読んでいて、ドリブル中の相手からボールをカットする。


「カウンター!!」


 春樹の声が2回戦の試合会場に響き渡り、前線の選手達が一斉に走り出せば春樹もドリブルでそのまま進み鳴門都ゴールを目指す。


 相手の選手が迫って来る、その動作が分かれば春樹は大きく左へと展開しようと右足でパスを送った。


 それに左サイドハーフの選手が走り出し、追いつこうとするが惜しくも追いつかずボールはタッチラインを割って相手ボールとなる。


「悪い!」


 追いつけなかった味方左サイドの選手は春樹へと謝る。


「(今の、風見なら追い付いていたけどな…それと重ねてパスを調整しなかった俺が悪い、か)いい、僕も強く蹴り過ぎたわー!」


 味方からの謝罪を軽く右手を上げ、応えつつ春樹は再び走る。




「(1点は取れたけど、中々追加点が取れないなぁ…)」


 前半18分に牙裏はボールを受けた佐竹がドリブルで1人躱して抜け出し、更にそこへ1人迫った時に守備の穴を突いてゴール前にFWへとラストパスを送る。


 相手GKとの一対一を確実に決めてゴールネットを揺らせば牙裏が先制。


 そこからは膠着状態となり、五郎はベンチから声を出して応援しながら状況を見ていた。


「(狼騎先輩が居たら打開出来ると思うけど…)」


 此処にいない慕う先輩の顔を思い浮かべる五郎、狼騎は雅乃坂戦に続き今日もメンバーから外れていた。


 実力不足からではない、今回も狼騎がいなくても充分だとチーム力を高める意味でも彼無しで試合に臨む。



 その狼騎は今日もベンチから外れ、会場の席にどっかりと腰を掛けて興味無さそうにフィールドで行われている戦いを見ていた。



「(敵さんはこのまま1ー0で良いから乗り切ろうって腹かい)」


 春樹が観察する先には、味方選手達が攻め込むのをほぼ全員で戻り必死に2失点目はやらん、と守る鳴門都の選手達。


 前半もアディショナルタイムを入れて残り少ない、此処で無理して同点を狙い2点目を失うリスクを背負うよりも、後半戦へ繋げようと1点のビハインドで安全策を取ったようだ。


 相手の思惑通り前半は牙裏の1点リードのまま終了し、ハーフタイムを迎える。




「風見、後半頭から交代で行ってきなさい」


「うぉっす!待ってましたっとー!」


 松永から出場の許可を貰えると、正二はジャージをバサッと脱ぎ捨ててユニフォーム姿となった。


「ショウー、またやらかすなよー」


「わ、わーってらぁ!同じ失敗なんざ繰り返してたまるかってんだ!」


 仲間から前回の試合での失敗を茶化され、正二は顔を赤くさせる。


「(お調子者、か…こいつを活かすには…)」


 正二の姿を見つつタオルで汗を拭く春樹は考えていた、このルーキーを活かせる方法を。


 上手く行けば膠着状態から抜け出すきっかけになるかもしれない。



 後半戦のキックオフ前、春樹は正二へと近づき声をかけた。


「行けると思ったら思いっきり突っ込んで良い」


「え、行って良いんスか?」


「ああ、それはもうガンガン」


 彼を消極的にさせない方が良い、こういうタイプは調子に乗れば乗る程にプレーの質が増していく。


 正二がやらかした時は自分がカバーすれば問題無い、彼がミスした時も想定し春樹は前へと向かうように促した。



 後半戦キックオフの笛が鳴り響く。


 1点ビハインドの鳴門都が前半の守備固めから一転、攻撃的に前へと出て来る。


「そっち8番!」


 春樹のコーチングで相手の8番へと味方選手が向かい、春樹はボールを持つ10番へと迷い無く走った。


 相手はそのまま春樹と対峙し、デュエルに突入かとなった時、鳴門都の10番は右へとパスを出してそこに9番の選手が走り込んでいた。


「(そうはいくかい!)」


 これに春樹が反応すれば素早いサイドステップの移動を見せ、先程まで10番の前に居たのが9番へと対峙する。


「(なんだこいつ!?横への動きと反応速すぎるだろ!)」


 相手の9番はあっという間に横移動してきた春樹の動きに驚く、この辺りは2年間行ったテニスの成果。伊達にテニスで高校No1へと2度輝いてはいない。


 サッカーのフィールドよりもっと狭い四角いコートの上で相手と向かい合いつつ、横移動で小さなボールをラケットで打ち合う。

 この経験が春樹のサイドステップの動きを向上させていた。


「カウンター!!」


 9番からそのままボールを奪い取った春樹、この試合2度目となる速攻の声を上げる。


 前半の時と同じ形になり、春樹は再び右足で左サイドへと大きくパスを出した。


 そのボールへと走る正二、グングンと走る速度を上げていけば春樹からのパスに追い付きトラップで足元へと収め、そのままドリブルで左サイドを思いきり走る。


「(前出て良いなら行ってやらぁ!)」


 既にGOサインは出ていて遠慮はいらない、立ち塞がる鳴門都のサイドハーフをスピードによるドリブルで一気に抜き去ればゴール前チャンスだ。


 得意の左足でクロスを高く上げるとそれに合わせるのはチームを率いる長身の佐竹、しっかりと額に当ててヘディングを地面へと叩きつけるように放つと相手GKの腕を掻い潜り、ボールはゴールネットへと突き刺さった。



「しゃー!佐竹先輩ナイスゴールー!」


「おお、良いパスありがとなー!」


 貴重な2点目のゴール、そのアシストをした正二に対して佐竹はハイタッチを交わす。



「ショウ、1回戦より動きキレてるなぁ」


 五郎から見て正二は初戦の時より調子を上げている、でなければ1回戦より手強い相手に鮮やかなアシストは決められないだろう。




 そして調子に乗った彼はこれでは終わらなかった。



 1点を返そうと前がかりになる鳴門都、春樹と但馬達DF陣が連携して守れば焦れた相手が強引にミドルシュートを撃つと牙裏GK加納がほぼ正面でキャッチする。


 加納はそのまま左サイドめがけて大きく出せば、正二が送られたボールを受け取り前を向いてドリブルを開始。


「(前薄めだ!このまま行ってやらぁ!)」


 相手の守備が今なら甘いと判断すれば、正二は向かって来る相手を1人躱せばその勢いで2人目、3人目と躱し会場から「おおー」といった声を出させるプレーを魅せる。



「(やっぱな、調子に乗らせればあいつは強くて敵さんにとっては厄介な存在だ)」


 春樹の考えが確信へと変わる中、そのままGKと一対一にまで持ち込んだ正二は左足で豪快に蹴り込んでゴールネットを派手に揺らす。


「うおっしゃあぁーーー!!」


 高校サッカーの公式戦で初ゴール、正二が力の限り雄叫びを高らかに上げれば仲間達が駆け寄り祝福。



「やったー!ショウー!」


「3人も躱してゴールなんて憎いぞこのー!」


 ベンチの仲間と共に五郎は追加点を喜んだ。




 試合はこのまま3ー0で終了、正二の1ゴール1アシストの活躍あって牙裏が3回戦進出を果たす。



「ふー、前半は1ー0でちょっとどうなるかと思ったけどちゃんと勝ち切れたかぁ」


 1回戦のような圧勝とは行かず、観戦していた千尋は試合を見終えて小さく息を吐くと自身のスマホを取り出す。


「えーっと…後どんくらい勝てば優勝だっけ千尋?」


 この戦いを後どれくらい勝てば優勝か、改めてその事を尋ねようとしていた愛奈。だが隣の千尋はスマホの画面を驚いた顔で見ている。


「どしたんだよ?おーい?」


「え?あ、ごめん。今東京予選を戦う立見の試合結果が出てさ…」


 愛奈から声をかけられてハッと気付く千尋、相当驚いていたようでその原因は終わったばかりの東京で予選を戦う立見の試合結果にあった。




「立見が13ー0でめっちゃ相手を圧倒してた…」




 牙裏3ー0鳴門都


 高柳2

 風見1




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 正二「って最後俺の活躍霞むじゃねーか立見めー!」


 五郎「ま、まあ今日勝てたのショウのおかげっていうのに変わらないからさ…ね?」


 正二「くっそー!あの4点目のチャンス逃さなけりゃよかった!」

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