第263話 強い気持ちが裏目に


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












『決まった日本ー!高いアフリカの壁を高校サッカー界の巨人室が打ち崩した!なんという見事なバックヘッドだ!?』


『その前の神明寺君のマルセイユルーレット中にヒールパスとかスーパープレーの連続でしたね!これには流石のコートジボワールも止められませんでしたよ!』



 室の難しい後ろ向きの体勢で打ったヘディングが予想外のスーパーゴールを生み出し、会場のボルテージは高まる。


 そして室の元へと仲間が集まりそれぞれが彼のゴールを祝福していった。


「お前そんなん出来たんかー!凄いやないか!」


「ナイスヘッドー♪」


「お、おいおいちょっと!皆喜び過ぎじゃないか?喜びの時間が長いって…!」


 最初は皆からの祝福を喜んで受け入れていた室だが、その時間が長いと感じ始めてそろそろ試合に戻った方が良いのではないかと言葉を口にすると想真が室にこっそりと伝える。



「阿呆、もう後半そこまで時間が無い頃や。審判からカード出る直前まで喜んで時間稼ぎ+相手を焦らして焦らせる、馬鹿正直に相手気遣っても効果無しやぞ」


「想真も同じ事考えてたんだねー」


 想真だけでなく弥一もあえて祝福の時間を長くしており、この東西リベロコンビは揃って同じ策を練っていた。


 コートジボワールの選手達は何時までゴールの余韻に浸ってんだと苛立った表情でポジションについたままキックオフを待つが、日本の準備が出来ていないので試合再開が出来ない。



「日本、早く位置につきなさい」


 審判から注意が入ると弥一、想真の2人はサッと室から離れて小走りでポジションへと向かっていた。これ以上粘ればイエローカードが飛ぶ、この辺りが引き時と戻りは実に素早かった。




「向こう焦って来るよー!中央来るからしっかりねー!」


 弥一は最終ラインから積極的に声を出し続け、指示を飛ばしたり盛り上げたりと日本に安定感が生まれてくる。


 コートジボワールはもうなんとしてもゴールが欲しいと自分達の身体能力を持って強引に中央突破を狙いに来ていたが、それは心が読める弥一に既にバレており日本は中央を固めてきて照皇、室もプレスをかけて守備はしっかり機能していた。




「(なんなんだ日本のこの守りは!?)」


 焦りと苛立ち、そして同時に戸惑いに似た感情がドランの中に出て来ていた。


 この試合でろくにシュートが撃てず代わって入ったDFの番が自分のストーカーかというぐらいにしつこ過ぎるマークで付き纏い、思った突破が後半に入って出来ていない。



「もう遠めでもいい!どんどんシュートを撃て!」


 コートジボワールの監督が席から立ち上がってフィールド近くまで出て行くと大きめのアクションで指示を送る、シュートが無くてチャンスが中々巡って来ない事に焦りが出ていたのかもしれない。



 主にドランへとボールを入れたり1対1での突破を主に行っていたコートジボワールは此処で作戦をガラリと変更、クレイはボールを持つと素早くシュートへ持っていこうとしていた。


「キーパーロングー!」


 シュートが撃たれる刹那、弥一はGKの藤堂へロングシュートが来ると振り向いて伝えればその後にクレイのエリア外からの思い切ったパワーあるロングが飛んで来る。


 これに備えていた藤堂はクレイのロングシュートを正面でしっかりとキャッチ、すぐ近くにドランが詰め寄って来ていたのでファンブルしていたら危ない所だった。

 ボールへ詰め寄るスピード一つ一つの出足がアフリカ選手は速い、一つこぼすだけで同点ゴールの恐れは充分だ。



「(本当によく気がつく奴だ)右薄くなってるぞ辰ー!」


 シュートを察知した弥一に内心で不思議に思いつつもボールを持ったままフィールドの仲間へと指示をした後、パントキックで思いっきり前線へと出して行く。



 コートジボワールは此処からシュート数を積み重ね、積極的にミドルやロングを撃っている成果が数字にも分かりやすく出て来る。


 点差はたったの1点、日本には世代は違えどかつてそのビハインドから逆転勝ちを収めた事があった。この調子で攻撃を続けられれば行けるとコートジボワールの監督は左手をぐっと握り締めた。



 だが日本の方は悪夢の再現をするつもりなど無い、ワールドカップにあった悪夢をUー19で起こさせはしないとボールを持つ相手選手へと日本選手は足を止めずに食らいついて行く。


『また撃ったー!今度は7番タップ!』



 左サイドから中央へと切れ込み味方のパスを受けたタップのミドルシュート、これを政宗が右肩でブロックしてボールは大きく浮き上がり日本ゴール前に上がる。


 落ちて来たボールに対してドランが飛び、番も競り合えばまたしても2人の空中戦は互角。セカンドボールとなった溢れ球を佐助が拾ってセーフティーにクリア。



「無闇に撃っても今の日本相手には決まらない、此処は俺に放り込め!」


 その時スローインをしようとしていたタップに対してドランが寄って来れば自分にボールを寄越すようにと伝える。


「けどお前、代わって入った15番に抑えられてるじゃないか」


「今度は競り勝って決めてやるよ、絶対に!だから俺に送ってくれよ、頼んだぞ!」


 母国の勝利、更に自身が活躍してヨーロッパへの大きなステップアップを目指すドランはなんとしてもゴールが欲しかった。鬼気迫るような顔で迫られたタップは頷くしかない。



 コートジボワールのスローイン、短くタップへとボールが出されると逆サイドのゴール前に居るドランへと高く蹴り上げて彼の要望通りに送っていた。


 今度こそ決める、何時までもこんな代わった控えのDFに抑えられている場合じゃない。


 こんな所では終われない、その思いと共にドランは地を蹴るとフランスの空を舞うボールへと自ら追ってジャンプ。


 マークにつく番もドランと共に飛ぶと今回も高さは互角、だが絶対決めてやるという強い気持ちが出たか次の瞬間にアクシデントが起こる。



 グギッ


「ぐえっ!」


 番の顔にドランの肘が当たり、それはプロレスのエルボーみたいな形となって襲いかかった。太い腕から繰り出される肘打ちを受けて平気で終わるはずがなく番はバランスを崩してフィールドへと倒れて顔を抑える。



 そしてドランがボールを持つが、その瞬間に笛がけたたましく鳴り響いた。


『ドランと青山、またしても空中戦で激突!此処でファールか!?』


『今の肘入ってませんか!?』



 審判が駆け寄ると顔面を抑えたまま起き上がれない番、そしてボールを持つドランと見比べれば審判は厳しい顔でドランへ詰め寄ると胸ポケットに手をやる。



 そこから取り出された赤いカード、出された相手に対して退場の処分を下すレッドカードだった。



『あーっとドラン、今のプレーを悪質とみなされたか一発退場だ!』



「わざとじゃない!あいつが前に出て来て俺の肘が当たっただけだぞ!?」


 レッドカードを出されてドランは納得がいかないという表情で抗議し、取り消してもらうように言うが審判は首を横に振る。



「ってぇ~…」


「おい番、大丈夫か!?一旦出て治療した方が…」


 倒れこんで顔面を抑えたままの番を心配して藤堂や他の選手達が駆け寄り、担架を要求しようとするとそれは番自身に止められた。


「なんとか、大丈夫っス…!自分ゴールポストに思いっきり顔打って流血した事もありますけど、そん時を思えばこんぐらい我慢出来るっスよ」


「おお、案外お前とんでもエピソード持ってたんだな…」


 番はその場で立ち上がるとプレーの続行は出来そうだ、ゴールポストに思いっきりぶつかった時の痛みを想像したのか佐助は痛そうに顔をしかめていた。



「タフガイだなぁ、あんなラフプレー受けて元気なプレーヤーそうは見ないねー」


 ファールによってアウトオブプレー(試合の進行が一時的に中断された状態)になったタイミングで弥一はすかさず水を飲んで水分補給を行い、状況を上手く使っている。


 こういったファールも使いようであり、自分の体力回復として利用する。最もこれを実行しているのは弥一だけでなく想真や優也に辰羅川も同じように水を飲んでいた。


 特に両サイドの優也と辰羅川は他の選手達よりも運動量が多くなってるので、こうした状況を利用しての給水をしないと世界の舞台でフルタイムを戦うのは難しいだろう。



 結局ドランが食い下がるもチームメイトに止められ、他の選手も抗議したりして追加でイエローカードが飛び交ったりとドランはそのままフィールドを出て退場していった。これでコートジボワールはエースを失い残り時間を10人で戦わなければならない。



 高い身体能力とハングリー精神を持ち合わせる彼らも1人少ない上にエースを欠いてはかなりの痛手、そしてこれに集中力を切らしてしまったか中盤でクレイが信じられないパスミスをしてしまい弥一へとボールが渡った。



「(チャンス!)優也ー!左走って走ってー!」


 この時間帯になっても走り続ける優也、立見で1、2を争うスタミナが此処で活きて変わらず左サイドを素早く駆け上がる。


 だがスタミナなら自然の中で鍛え上げられたアフリカの選手達も負けてはいない、こちらも衰えを見せないスピードでダンが優也を追い掛けていた。


 そこに弥一から出された左のスペースへのスルーパス、優也のスピードならギリギリ届くという厳しく絶妙なパスだ。また難しいボールを出すと内心で優也は思ったがだからと言って追いつけないとは言わない。


 追いつけなければ弥一が思っていたスピードに負ける事を意味する、それは優也のプライドが許さなかった。



 ゴールラインを割りそうな速さのボール、最後の最後でダンを優也がスピードで引き離してラインギリギリから左足のクロスを上げる。


 利き足とは逆の足によるクロスは精度があまり良くない、照皇や室の元までは届かずDFがこれをクリアしていく。


 するとクリアされた先には丁度光輝が居てチャンスとばかりにこの位置から右足のミドルを撃つ、DFは再び必死のブロック。ガーランの足に当たりボールはエリア内を転がると。



『三津谷シュート!ボール溢れた、取ったのは…照皇!照皇だ!』


 日本にとっては幸運、コートジボワールにとっては不運。転がったボールの先に居たのは照皇、これに素早くゴールへと向けて右足を一閃。


 GKバートの右脇の下を抜けて行き再びゴールネットを揺らせば再び異国の地のスタジアムは大歓声に包まれた。



『決めたー!後半アディショナルタイム、日本ダメ押しの2点目!室に続き照皇の2試合連続ゴールだぁー!』


『幸運もありましたがこのチャンスをきっちり決めた照皇君も流石ですね!よく冷静に決めましたよ!』



「優也ナイスランー♪」


「決めたの俺じゃなく照皇先輩だろ」


「けどあれは優也の走り無しじゃ生まれなかったゴールだからさー」


 皆が照皇へと向かってゴールを喜ぶ中で弥一は優也へと声をかけてプレーを賞賛していた、アシストの記録にはならないが切欠となったのは優也の左サイド突破からのクロス。そこからの流れでゴールは生まれたのだ。



「歳児、良い走りだった」


「あ、いえ。そっちもナイスゴールでした」


 それは照皇もちゃんと分かっていたようで弥一に続いて優也へとそれを伝える。




「もう時間稼ぎの必要あらへんわ、向こうさんガックリきとるで」


 想真が視線をやるとその先には肩を落としているコートジボワールの選手達、流石に2点差を試合終了直前にされてしまえばぷっつりと気持ちの糸は途絶えてしまうようだ。



 そして審判の笛が長く吹かれ、試合は2ー0で終了。



 首位決戦を制して大きな1勝を手にしただけでなく総当たり戦による得失点差の争いも考えれば2点差の勝利はかなり大きい。


 アメリカに続いてコートジボワールをも下し、東洋の小さな島国からやってきたイレブンが快進撃を見せるとフランスの観客達は彼らへtrès bien!(素晴らしい!)と賞賛を送っていた。




 日本2ー0コートジボワール


 室1

 照皇1





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 フォルナ「ほあ~」


 明「フォルナ、勝手に何処行って…あ、此処まで見ていただき感謝します…」


 彩夏「この話が面白い~、次も見たいなぁ~となったら是非是非応援よろしくお願いします~♪」


 明「急に走って行ったもんですから慌てて探しましたよ…」


 彩夏「うーん、猫は気まぐれって言うけどやっぱり弥一君が恋しいのかな~?」


 フォルナ「ほあ~」


 明「…心配すんな、先輩はちゃんと帰って来るから。大人しく待っとこう」

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