第247話 勝利から旅立ちへ


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 弥一によって決まったCKからの直接ゴール、興奮冷めやらぬ中で再び西久保寺のキックオフ。リードを許した超攻撃チームが此処で消極的になるはずがなく取られた点を即取り返そうと怒涛の攻めを開始。


「っ!」


「うぐ!?」


 中盤でボールを持つ西久保寺の8番笠井へと明が体を寄せるとそこから激しく肩から肩へと激しいチャージ。


 相手にとって見た目以上にずしりと来る明の当たり、重量級にも負けないパワーチャージとなって笠井の肩に衝撃が伝われば全身を駆け巡って彼の動きが一瞬止まる。


 怯んだ隙に明はボール奪取に成功。



『中盤で止めた立見!緑山、西久保寺に思うような攻撃をさせない!』


 そこから明が一気に右サイドへと大きく蹴り出してカウンター、相手の左SDF前田がだいぶ前に出ていてまだ戻っていない事に気付いていたのだ。


 チャンスと考えたのは明だけではない、詩音も同じ。前田がいない事で空いているスペースへと走り込み、そこに狙いすましたように明からの浮き球のパスが飛んで来て詩音は右足で綺麗にトラップすると足元に収めてから右サイド斜めから西久保寺エリア内へと侵入。


 そこに前田が地響きを立てる勢いで戻って来ると重戦車の如く詩音を止めに猛突進していく。


 前田の突進が来る前に詩音は右のインサイドで左へと横パス、これに反応するのは双子の兄弟である玲音。


 双子ならではの阿吽の呼吸で西久保寺DFを揺さぶり玲音は詩音の横パスを走り込んでからの左足でそのままシュート。



 DFのブロックを躱し、ゴール左上を捉えてボールが飛んで行くがこれをGK小平がダイブすると鮮やかにキャッチ。追加点は絶対許さんと言わんばかりのナイスセービングだった。



 DF陣や小平の奮闘で西久保寺は1失点に抑えており攻撃陣はそれに応えようと立見ゴールへ果敢に攻め上がる。


 この日の立見の穴と思われた急造SDF優也の居る右サイドを狙われるも弥一から守備を叩き込まれ、優也の守備技術は上昇。楽にクロスを上げさせないよう粘りの守備を見せていく。


 相手がやっとクロスを上げた高いボールは栄田へと向かう前にハイボールに対して強い大門が空中戦を制してキャッチ。西久保寺に決定的チャンスを与える前に阻止していた。


「優也その調子ー♪試合終了までずっとその調子でやってねー♪」


「(無茶を言う…)」


 弥一から褒められると同時に無理難題な事を言われるが優也は出来ない、と言うつもりは無い。それを認めたら弥一に負けるようで言いたくなかった。


 攻撃が沢山のミスをする中でたった一度のゴールで帳消しにされるのと違って守備はたった一つのミスも許されない。


 その一つが致命的な失点に繋がって負ける可能性が大いにあるからだ。


 精神的にも過酷であろうポジションを弥一は小学校時代、イタリア留学時代、そして現在とずっとそこで戦い続けている。それを思えばこの1試合をSDFとして戦い続ける事ぐらいどうという事は無い。


 相手だけでなく弥一にも負けられないと優也は攻めて来る相手を再び止めに向かっていた。




「(不慣れなはずのポジションなのに、粘りある良い守備をする)」


 元々彼が前線の選手で前から積極的に守備をするスピードあるFWだという事は西久保寺の監督として高坂も知っている、それがこの試合SDFを任されて急造とは思えないぐらいの働きをしていた。


 最初は穴だと思われたが段々そうではないと思えてくる、こちらの攻撃が想定よりも攻めきれていないのが証拠だ。



 その時西久保寺にチャンス、再び高いクロスボールが上がると長身FW栄田と間宮が空中で競り合う。キャプテン同士の空中戦となる。


 これを制したのは身長で勝る栄田、彼の頭がボールを捉えてヘディングでゴール右へと飛ばす。


 しかし大門がこのボールに素早い反応を見せれば長身による長い腕のリーチで飛んで来る球を両手で掴み取り、キャッチングに成功。しっかりとボールを抱えてキープしており西久保寺の同点ゴールを決めさせない。



「(弥一のゴールを無にする訳には行かない、守りきってやる!)大丈夫大丈夫!焦らず対応すれば行けるから!」


 セーブの後に大門はチームメイト達に声をかけ、その後に前線の半蔵をターゲットにして大きくボールを蹴って送る。


 弥一の素晴らしいゴールに応える為にこの試合も大門は立見のゴールマウスをしっかりと守り1本も通さないと改めて集中していった。



「GO立見ー!GO立見ー!」


「攻めろ攻めろ攻め倒せ西久保寺ー!」


 両チームの応援も熱が入り、試合は立見のペースで進んで行く。


 DF陣が西久保寺の攻撃を防ぐと前線の1年達にボールを預ければ彼らは相手に簡単にはボールを渡さず、素早くパスを繋いだり体の大きさを活かした半蔵のキープと相手が得意とする怒涛の連続攻撃をさせていなかった。


「(ええい!最近の1年坊主はこんなでっかい奴が育つもんなのか!?)」


 ボールをキープする半蔵、土門が寄せに行くが半蔵の恵まれた体格による長い腕を使われて思うようにボールを取れない。


 これが小柄な氷神兄弟相手なら彼らを吹き飛ばして奪えているだろうが、彼らは巧みにパスを回したりとぶつかり合いを避けている。


 相手が得意としていて自分達が不利なリングには上がらない。



「その調子その調子ー、皆どんどんやっちゃってー!」


 前線で奮闘する1年達に弥一は最終ラインの位置から声をかけて伝え、時間は経過していく。




 西久保寺も必死の反撃を仕掛けるも一度ヘディングシュートを許した間宮がそこから気迫のプレーを見せ、2度とシュートを撃たせるか!という勢いと共に相手の攻撃を跳ね返し「此処集中なー!」と守備陣に声をかけていた。


 その間宮を助けようと影山もセカンドボールを拾って西久保寺のハイプレスに対して大きく安全に蹴り出してのクリアで凌ぐ。

 3年の幼馴染2人が弥一、優也、大門の代表組に負けじと活躍していく。



「(負けてフランスへ送り出すなんて縁起悪すぎだろ、此処は勝って送り出すっきゃねぇ!)」


「(悔いを残して代表で戦わせて充分な力が発揮出来ず負けました、なんて事ないようにしなきゃね!)」


 間宮、影山の心はそのまま弥一に伝わっており彼らなりにフランスへ向かう代表組への餞別のつもりでこの試合をきっちり勝ちに行く。



 彼らによって立見の守備により強固な鍵がかけられ、西久保寺の猛攻を跳ね返し続けた。





『あーっと西久保寺ファール!』


 後半に入り明が再びドリブルへと入れば西久保寺の選手が完全に明のユニフォームを引っ張っており、転倒すると西久保寺にファール。引っ張った相手に対して主審からイエローカードが出される。



 ゴールからは40mと直接狙うには遠い位置、その前にはファールを受けた明が立っている。見かけによらず豪快なシュートが撃てるという情報はある。

 つまり遠く厳しい距離ではあるが彼ならば直接も有り得るかもしれない。



 すると右サイドから優也が素早い上がりを見せて右を駆け上がる、その姿が西久保寺の選手の一部に見えて優也へと目が行く。


 その間に明は左足で壁の頭上を超える程に高く上げるとボールはゴール前には行かず、それどころか右サイドを走る優也の元にも行かない。


 明の狙いはゴール前でも右サイドでもない、左サイドを走る翔馬だ。


「(ナイスパース!)」


 明から来たボールを翔馬で左足でトラップするとそのまま左のライン際をドリブルで上がり、ゴール前へと左足でボールを高く上げる。


 ターゲットは半蔵、ではなくセットプレーの為に前へ上がっていたもう1人の長身プレーヤー川田。2年同士のコンビが繋がり、川田はヘディングシュートを叩きつける。


 しかしこのシュートも小平が立ち塞がり、左腕1本でこのシュートを弾く。



 すると弾かれたボールに対して詰めていたのは玲音、一度は防がれたリベンジのつもりで弾かれて転がったボールに右足で流し込む。


 今度は小平もこれには止める事が出来ず吸い込まれるようにゴールネットへと入り、立見に追加点が生まれた。



『押し込んだ氷神玲音ー!セットプレーから立見、またしてもゴール!西久保寺にとっては痛恨の失点だー!』


『歳児君が逆サイドを走って守備の意識を逸らした影響もおそらくあったんですかね、水島君のクロスに川田君のヘディングもあって緑山君の正確なキックと様々な要素が合わさって生まれたゴールだと思いますよ』



「いいなー玲音!美味しい所持ってっちゃってー!」


「よく詰めたなお前!」


「だって1回止められて悔しかったからー!」


 詩音、半蔵からゴールの祝福を受けながら玲音は先程外した事が悔しかったとリベンジを果たし満面の笑みで観客の声援へと応えていた。



「…ナイスゴール」


「ありがとうー♪」


 そして明も声は相変わらず張ってないが玲音のゴールを賞賛。






 これがダメ押しとなって立見はこのまま2ー0で逃げ切り西久保寺の反撃を最後まで躱し切った、これにより立見はインターハイ本戦へ東京代表として2年連続で出場が確定。


 負けた西久保寺は惜しくも此処で敗退となり選手達はそれぞれ肩を落としたりフィールドに座り込んだり倒れ込んだりとしていた。



「(結局勝って送り出す事になってしまったか…うちを破ったからには、世界で暴れてきてくれよ)」


 本気で立見を負かしに行ったつもりなのだが今回彼らがそれを上回っていた、高坂は選手達を励ましつつも内心で立見の代表組の活躍を願う。



 立見2ー0西久保寺


 神明寺1

 玲音1








「じゃ、僕達はこのままフランス行きますから後はよろしくお願いします♪」


 ロッカールームでユニフォームから着替え終えた弥一、大門、優也の3人。試合が終わってロッカールームへと引き上げればすぐに着替えれば荷物を持ってこのまま空港へ行く。

 その前にチームメイト達へと3人は旅立ちの挨拶をしていた。



「世界にぶっ飛ばされて戻ってくんなよー、嫌だぞ?世界には通じなかった、なんていう内容をスポーツニュースで見んのは」


「向こうに行ってもしっかりね、お土産よろしくー」


 間宮なりの激励をすれば影山はエールを送りつつちゃっかりフランス土産を頼んでいる。代表組と同級生の川田や翔馬に武蔵と彼らも3人へとそれぞれ応援。



「明ー」


「あ、はい…」


 弥一は明へと視線を向けて声をかけると明もそれに応え、弥一の方へと向いた。



「立見の事、引っ張ってあげてね。明日の決勝頼んだ」


 後を託すように明の右肩へと左手を置く弥一、自分がいない間の立見を引っ張るのはお前だというメッセージ。


 明は言葉を出さずこくりと頷いて答えてみせる。



「ずるいー!後継者みたいな感じで言われてー!」


「僕も神明寺先輩にそういうの言われたいー!」



「勿論氷神兄弟も期待してるから明日頑張ってね♪」


「「はーい!」」


「お前らはもう…皆さん、留守の間は任せてください」


 明だけそういう事を言われて双子揃って狡いと明に詰め寄ると、弥一は2人に対しても明るく笑って明日頼んだと託す言葉を口にする。


 これを言われて詩音、玲音は2人揃って敬礼しつつ返事。何処までも弥一信者な2人だ。


 半蔵が2人の姿を見てため息をつきつつも先輩達を安心させるよう、自分もしっかり力になる事を誓う。



「行って来い、そしてその身で体感しろ。日本とは違う世界のサッカーを」


 最後に薫から世界へと旅立つ3人へと言葉を送ればそれぞれ返事し、彼らはロッカールームを出てそのまま空港へと向かう。



「(何か俺だけ言いそびれちまった…上手い言葉とか思いつかなかったし)」


 摩央は何か言えばよかったかと思いつつスマホのメッセージの方へとそれぞれに「世界でも勝ちまくって来いよ」と送っておく。





 立見のメンバーからそれぞれ応援してもらい弥一達は会場前に止まっている車へと乗り込む。


 これも彩夏が手を回した物であり3人が後ろへと乗れば助手席に彩夏、そして運転席にはスーツ姿の若い男。彼は黛家の執事を務める者で弥一達を空港まで送る運転手として選ばれた。


 その運転によって空港へと走り出す。



「何か、此処までしてもらってすみません…」


 大門は申し訳なさそうに運転する執事へと話しかけると執事は表情一つ変えずに答える。


「我が主からのご命令ですので、お嬢様の友人でありこれから日本サッカーを背負うであろう若き逸材を丁重にお送りしフランスへ旅立たせるようにと厳命されております」


「は、はあ…」


「物凄いVIP待遇なっちゃったかなぁ」


 真ん中の席に座る大門は戸惑い、弥一は窓から見える景色を見ていて優也は腕を組んだまま目を伏せていた。車は順調に進み、渋滞に捕まるような事もなくスムーズに彼らを空港まで運んで行く。



「本当、漫画みたいな展開で私もワクワクしてるんですよ~♪日本でしのぎを削ってきたライバル達と手を組んで今度は世界と戦う、熱い展開じゃないですか~♪」


「お嬢様、そこで漫画のような超次元技は出ませんよ。海外の有り得ない必殺技を期待しているようでしたら」


「むう、私だってそこは1年マネージャーをやって分かってますよー」


 執事から冷静に言われると彩夏はむぅっと頬を膨らませる。そんなやり取りをしている間に目的地はもう間近まで迫って来ていた。





 空港までの最短ルートを通り、予定よりも早く弥一達は目的地の空港へと到着。大勢の者達が行き来する中でフランスへ日本代表としてサッカーをする。


 これだけの人が居てもその目的で空港を利用するのは彼らぐらいだろう。


「これがフランス行きのチケットとなります」


 執事が用意されたチケットをそれぞれ3人へと手渡し、大門はこれが超高いあれかとばかりに手を震わせながら受け取っていた。



「では、皆様…ご武運を」


「Uー19日本代表頑張れ~です♪」



「ありがとー、行ってきまーす!」


 弥一が見送る2人へと手を振った後に大門、優也と共にフランス行きの飛行機へと乗り込む。



 舞台は日本からフランスへ、海外の強者達との新たな戦いはすぐそこまで来ている。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 優也「とうとう日本から世界か」


 大門「いよいよって感じだなぁ、世界とのサッカー…」


 弥一「いやー、執事さんって漫画とかの世界かと思えばホントに居たんだなぁー」


 大門「え、そっち!?」

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