第229話 声を出すのが苦手な彼はプレーで名刺を配る


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 それぞれ先攻後攻と使うコート側が決まり、先攻は1年チームから始まる。



「なあ、1年のキャプテンを俺がやっていいのか?」


「いいよいいよー」


「僕らそういうの向いてないからー」


 1年チームを纏めるキャプテンを任されたのは半蔵、それぞれの中学でキャプテン経験を持つのはこの中で半蔵ぐらいだった。

 彼にそれを託す事については氷神兄弟や他の皆も反対は無く満場一致で決まる。


 1年同士でフォーメーションを事前の話し合いで決めており、4ー3ー3を取ってセンターに半蔵、右に詩音と左に玲音の3トップでトップ下に明、ダブルボランチの形で三笠達を置いて更に後ろの4バックは立浪がDFの要となり中央の守備を硬めにしていく。



 一方の2年と3年のチームは立見のレギュラーチームも使っている4ー5ー1、主にあまり試合には出ていない者達。つまり2軍であるが彼らも日々の立見式トレーニングをこなしてきており実力は付けている。


 更にこのチームのゴールマウスを守るのはレギュラー組で控えGKの安藤、彼がこのチームを引っ張るキャプテンとなり1年達を迎え撃つ。




「(高校、初の試合…か)」


 ポジションにつくと改めて目の前の相手が見える、初の高校生相手でそれも年上。何処まで通用するか分からない、明はその中で言われた言葉を思い出す。




「紅白戦、プレーで思いっきり語ると良いよ」


 電車の中で弥一から言われた言葉、自分が出る紅白戦。その時にプレーで、サッカーで思い切り語ると良い、と。まるで自分が人と話す事が苦手なのを見抜いているみたいに。



「ほら、サラリーマンの人とかさ。初対面の人に自己紹介代わりに名刺渡したりするでしょ?1年達はこれが初めての試合形式、互いをまだ知らないし相手だって明を知らない。だからまずは自分のやりたい事やって思いっきりプレーして俺はこういう者だって皆に教えるんだ」


「プレーが名刺…ですか」


「そういう事♪向こうもプレーで自分がどういう者でどういうサッカーをするのか、その時に教えてくれると思うし。なんだったら先輩ぶっ潰してやるこの野郎ー、ぐらいの勢いで行ったって良いぐらいだからねー」


 冗談なのか本気なのかどうか分からないまま弥一は陽気に明へと喋っていた。


 流石にいきなり先輩に対してぶっ潰すとかそういう事は中々言えないし行けない、だが声を出すのは苦手でもプレーなら出来る。まずはお前のサッカーをフィールドで存分に表現してみろ、そう教えられたように明は思える。



 これが緑山明だとプレーという名刺を敵味方に配り伝える、自分はこういう奴なんだと。






「(名刺配り、か…そんな表現思いつきもしなかった)」


 弥一に言われなければプレーが名刺というのは明の頭の中で浮かばなかった事だろう、天才というのは独特のセンスを持っているかもしれない。


 あれこれ考えるよりもまずは自分のサッカーを表現して語る、そのプレーが名刺となって周囲に明という存在を、こういう奴だと伝える。



 明の第一目標はしっかりと決まっていた。







 ピィーーー


 紅白戦の主審は間宮が努め、線審を田村と影山が務める。

 間宮の笛から紅白戦開始の笛は鳴らされてセンターサークルに立つ氷神兄弟、詩音の右足からボールが蹴られて両チームそれぞれが動き出す。



 開始早々に氷神兄弟は双子ならではの息の合った連携を見せ、寄せて来る立見の先輩達を相手にボールを回して躱す。


「右来てるぞ右ー!」


 最後尾を守る安藤から見て右から1年の選手が上がって来ているのが見えた、1年の左SDFが詩音、玲音の2人で相手を翻弄している間にスルスルと上がって行ったのだ。

 安藤の声を受けて素早く1人が付いた。



「(氷神兄弟は流石全国を制覇しただけあって良い動き…左は結構積極的に上がってるな)」


 まずは周囲の状況を確認する明、詩音と玲音のテクニックは中学レベルを超えていて高校にも通用するレベル。それに加えて双子という強みがあって抜群の連携力がある。

 詩音は右、玲音は左とボールを扱う時の動きを見れば2人がどっちの足をよく使うのかが見える。



 後は1年組の左SDFが序盤から上がって行き攻撃への意欲が高いというのが分かった。



 ボールは詩音から半蔵の方へと向かい、半蔵にはDFが1人マークしていてチーム最長身のFWという事で警戒されている。


 DFを背負う状態で受け取ると中央で玲音がフリーになっているのが見えて右足でそちらへとパスを送った。



「(半蔵ナイスー!)」


 半蔵から来たボールに玲音が向かって走りダイレクトで左足にボールを当てて相手ゴールへと飛ばす、得意の左足でのダイレクトミドルのシュートだ。


 最初にシュートを撃って来たのは1年チーム、正確に枠を捉えてゴール左に向かう球だが安藤はボールへ飛びつくとほぼ正面でシュートをキャッチ。


 玲音のシュートは悪くなかったが普段130キロのランダムで飛んで来るボールを受け慣れてる安藤を慌てさせるにはまだまだ軽かった。



「(石田は背が高くてヘディングが得意、それだけじゃなくポストも行けて足でボールを扱う時は右、か。判断速くて結構万能に動けそうだ)」




 シュートを防いだ安藤は相手DF中央の高さを警戒して弾かれる可能性の方が高いと考えたか、大きくは出さず左SDFへとスローイングで投げてそこから中央のOMFへと長いパスをグラウンダーで出した。



 これが通り先輩チームのカウンターチャンス、だがそこに左からガツンと厳しく当たって来る者が居た。



「おお~、あいつ激しいな。声小さいからああいうプレーとは無縁かと思ったら…」


 目の前で見た川田が驚くような声を上げる、彼の前ではOMFの先輩相手に容赦なくショルダーチャージを仕掛けた明。ドイツ仕込みの激しいボディコンタクトに戸惑ってる間に三笠がボールを奪い取り攻撃を阻止に成功。


「ナイスディフェンスだ緑山ー!」


 後ろから立浪が明のプレーを褒めて手を叩き、当の明は反転して再び相手ゴールの方へと向いて走る。


 三笠がボールを持つとその前を明が走る、姿が見えた三笠は明へとパスを送って託した。



「(そっちがそう来るならお返しだ!)」


 チームメイトが激しく当たられ、あまり1年に舐められたままではいられないとDMFの2年が明へと正面から真っ直ぐ向かう。


 このまま明へと厳しく当たって行くのに対して明は相手をよく見ていた。



 足裏でボールを止めると明はそれを軸にして体をターン、華麗に相手を躱すその技に周囲が驚く。


 それはかつて弥一が去年に支部予選の前川戦で見せたマルセイユルーレット、明のは弥一がやった時よりもルーレットの回転が速い。


 更に明のプレーは止まらず相手DFの間、彼から見てパスのコースが見えており右足で僅かな隙間を通す速いパスを右へと走る詩音へと送った。


 まるで針の穴を通すように正確、DFが反応した時にはボールは風と共に通り抜けている。



「っと…!」


 急に来たパスに詩音は反応しきれず、ボールはタッチラインを割ってしまい間に合わなかった。



「(やば、速くし過ぎたか…?)」


 明としてはギリギリを突いたつもりだが詩音が追いつけない程に速く出してしまったかと内心で後悔、あの時と同じまた息が合わない。

 その記憶が頭をよぎりつつあった時。


「ごめんー!良いパスだったのに勿体無い事したよー、次は受け取るから!」


「え?あ、ああ…」


 自分が悪いとなってたら詩音が追いつけなかった事を明へと謝って来ていた、これに戸惑いながら明も返事を返す。



「ナイスパスだ、その調子で頼むぞ」


「僕にも頂戴ねー、受け取ってみせるからー」


 半蔵も明へと近づき軽く肩を叩いて良いパスだったと伝え、玲音も今のようなパスを自分にも欲しいと明の肩を組んで来る。


「…おう」


 明は短く小声で返事を返し、彼らにこれが伝わったかどうか分からない。まだまだコミニュケーションに難はあった。





「(しっかり敵味方に名刺配れてるじゃん、その調子だよ)」


「ほあ~」


「ん?フォルナも気になる?一緒に見よっかー」


 明が自分のプレーを見せて名刺配りが出来ていると弥一が思っていると紅白戦に釣られたのかフォルナが弥一の横で彼らの試合を見ていた。


 サイキッカー少年と不思議な猫が見守る中で両チームがフィールドを動き試合時間は進んでいく。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 明「あー…えー…此処まで見てくれてありがとう、ございます…これ以上は無理…」


 弥一「此処からは先輩にお任せー♪この話が面白い!先が気になる、見たい!となったら是非応援よろしくお願いしまーす」


 摩央「うーん、すっげぇぎこちないなぁ…」


 弥一「まあまあ、そこは彼の成長を待ってあげよう。後輩の成長を見守るのも先輩の努めってね♪」

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