第189話 試合前日に再会の東西リベロ


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 立見と最神の準決勝進出が決まり、一方では八重葉が4-0、真島が3-1ともう一つの準決勝の組み合わせが確定していた。



 立見VS最神のキックオフが12時、八重葉VS真島が2時のキックオフで準決勝はその予定で組まれる。


 ベスト4が出揃い明日に試合を控えた弥一はテレビでその事が朝のニュースのスポーツコーナーで流れるのを耳で聞きつつ、スマホのソシャゲを起動させている。


「あっぶな~、ログボ逃す所だったぁ」


 日々の練習や過酷な選手権の日程、何かと忙しくしている身だが息抜きにやっているゲームのログインを弥一は欠かさずしている。彼に限らず立見も同じゲームをしている者は何人か居てグルチャでも度々サッカーではなくソシャゲの話題で盛り上がるのも珍しくはなかった。


 時にはこのアイドル可愛い、このグラドル良い、と健全な男子高校生らしく異性についての話題で盛り上がる事もある。その時は決まって田村や川田などが主に話題の中心だ。



 試合があってから翌日を迎え、今日は主に皆が身体を休める日なので主に部員達は今頃家で各々過ごしている頃だろう。


 明日には優勝候補の一角である最神と国立で準決勝を戦う、体調を万全に近い状態に整えなければ勝つのは相当厳しい相手となる。



 最神戦の事はひとまず置いておき、弥一はソシャゲの日課を朝の間に終わらせておくとそのままスマホを持って外へと出る。




 冬の厳しい寒さがありつつも朝の日差しが心地良い、青空に恵まれて歩く散歩も良い気晴らしになり軽い散歩も悪くない。


 弥一はスマホで時計を見ると午前10時を過ぎた所。


 まだ昼食には中途半端な時間帯であり、少し散歩を楽しんでから弥一は桜見の町を少し歩いてから賑やかな駅付近の繁華街へと足を運ぶ。


 10時なのでゲームセンターは開店時間を迎えていて昼食の時間までの暇つぶしには丁度良い、立見の1年で遊んでいた時を思い出しつつ薄暗い店内へと入ればレーシングゲームの台がありドライバーシートをイメージして作られた椅子に弥一が座る。


 財布から百円玉を取り出し投入口へと入れてハンドルを握りプレーは開始。


「(楽勝楽勝~♪)」


 今日は調子が良いのか弥一は複数の前を行くAIのマシン相手にごぼう抜き、これがサッカーでこんな次々と抜き去る事をドリブルで出来たら気分良さそうと思った時もあった。



 良い感じでゲームを楽しんでいる時、弥一の耳に覚えのある声が聞こえて来る。



「うお!危なっ!お前なんやねんー!」



 此処東京都内のゲームセンターではほぼ聞く事の無い関西弁、それも最近聞いた覚えのある声。レースゲームを終えた弥一は声のする方向へと視線を向けた。



 昨日準々決勝の試合を戦っていた最神を纏める1年キャプテン、八神想真がこのような場所で翌日にレースゲームをしているのを想像している者はほぼ皆無だろう。









「俺らとの準決勝を前にゲーセン遊びとは余裕やなぁ」


「人の事言えないでしょうー」


「旅館で寝てばっかは暇やねん、気晴らしに遊ぶのもトレーニングの一つや」


 薄暗い空間から外へと出れば一層周囲が明るく見えつつ、弥一は想真と並んで歩いていた。


 最神は桜見寄りにある旅館に泊まっており想真はそこから桜見の繁華街まで気分転換に出かけに来ていたのだ、ゲームセンターへと入り明日の対戦相手と遭遇するのは弥一も想真も全く思っていなかった。


 ただ気づけば彼らは共に歩きながら喋り、その様子は明日に高校サッカー選手権の準決勝を戦う2人には見えず仲良い友人同士と周囲から見れば2人の姿は大抵そう映る。



「お、あそこの親子丼美味そうやな」


「ホントだ♪お腹すいたし昼はあの店にしよっとー」


 街中を歩いていると想真の目に止まったのは親子丼が看板メニューの店、丁度昼時であり弥一の腹も食事を欲しており店に2人揃って入り親子丼の食券を購入。


 弥一と想真は並んでカウンター席へと座っていた。



「お前何かと美味い飯に目がないと思っとったけど、意外と考えてんなぁ。カツ丼でも食って自滅するかと思ったで」


「食べたいけど試合控える日には食べないよー、試合に影響しちゃうような物を直前で食うなって言われてるしさー」


 ただ空腹を満たそうという理由だけで親子丼を選んだ訳ではない。


 親子丼は低脂肪で消化がよく、試合前に必要なエネルギーがしっかりと摂取出来て試合を控えるアスリートの食事として相応しいメニューの一つとされている。


 反対にカツ丼は試合前に食べる食事としては適しておらず、験担ぎに試合で勝つというつもりで食べればむしろ逆効果だ。


 応援する者が食べるならともかく実際に試合する者がそれを食してはむしろ勝てない確率の方が上がってしまう。


 それを弥一も想真も知っているので彼らはカツ丼を選ばず親子丼の方を選んでいた。



「それにふわとろ親子丼ってもう絶対美味いじゃん?」


「まあ美味いやろなぁ」


 此処の親子丼は半熟卵によるふわとろな親子丼となっており絶品と評判だ、栄養ある上に美味しく楽しめるのは試合を控える身としてはこの上なくありがたい。



 2人がそんなやり取りをしている間に店員の手によって出来立ての親子丼が弥一と想真の前に置かれる。


 それぞれ箸を取り、親子丼を食べると半熟卵が柔らかい鶏肉と絡んで下の白米との相性も抜群。


「やば、めっちゃ美味いこれ!」


「あ~最高~♡」


 文句無しの美味しさが弥一と想真の味覚にバッチリと伝わり食欲は増進され、2人はかきこむように親子丼を食していく。



 幸せな時間は時が経つのが早く感じられて気づけばあっという間に2人揃って親子丼を完食、それだけ美味しく夢中にさせる魅力と味があった。



「あの合宿の時一緒におった好奇心旺盛な猫は今日一緒ちゃうんか?」


 立見との夏合宿、想真は弥一が白い猫と一緒だった事を思い出す。だが今日はその姿が無いので猫は何処行ったと食事休憩のお茶を啜りつつ訪ねた。


「フォルナは今立見の部室で部員がお世話してるよー、試合会場に猫持ち込めないし選手権の間はそこで留守番だねー」


 サッカーの会場にペット同伴は基本入場出来ない。


 なので当然フォルナを試合会場に連れて行くのは不可能であり今回は立見に残って部員と共に留守番だ。



 その事を弥一は追加注文したデザートのプリンを美味しく堪能しながら説明していた。




 昼食が終わり、2人は店を出ると再び揃って歩けば賑やかな繁華街から自然溢れる公園へと足を運ぶ。


「はあ~、この町立派な公園あるんやな」


 関西人である想真は当然初めての桜見運動公園となり、辺りを見回している。近辺に住む弥一にとっては馴染みある公園だ。



 近くにあるベンチへと共に腰掛けて座る弥一と想真、そこにふと想真が口を開く。



「正直立見が準決勝まで来るとは思っとらんかった、琴峯辺りに負ける思っとったわ」


「あー、それ酷いなぁ。勝ち上がって来いって言ったのそっちじゃん?風呂の時にそう言われたのちゃーんと覚えてるからね」


「言うたけど勝ち上がり過ぎや、準決勝まで当たらんとなった時に立見と戦うのこれ無理そうやなってなったし」


 自分達は優勝するつもりでこの選手権に臨んでいる最神、それを率いる想真も同じだ。立見は強く選手権で当たる可能性は考えたがトーナメントの組み合わせを見れば立見の相手は厳しい相手ばかりが並んでいた。


 フィジカル軍団で知られる海塚、大会最長身FW室の居る琴峯。


 この難敵を立見は蹴散らし更に調子を上げて勢いに乗れば2試合連続で5-0と完勝で準決勝まで勝ち上がって最神と当たる所まで来る。


 今の立見は夏の頃よりも更に強くなっている、それは明らかだ。まぐれで選手権の準決勝まで勝ち上がる事など出来ない。




「勝った方が決勝、まさか合同合宿で一緒に過ごした連中と国立でガチ勝負とはなぁ…」


 軽く右手で頭をかく仕草を見せる想真、明日には弥一と想真は分かれて敵同士で真剣勝負の試合をする。


 それも高校サッカーの聖地と言われる国立競技場で。



「譲らんからな神明寺、お前らはベスト4で終わりや」


 自然と高まる闘争本能は抑えきれない。


 最神にとっては去年優勝を逃したリベンジの選手権、彼らが目指すのは当然優勝。ベスト4や準優勝で満足出来る訳が無い。


 ベンチから立ち上がり弥一を見る想真。


 強気な性格は目にも現れており自分達が絶対に勝つ、それは想真の心でも強く思っている事であり弥一にその声はよく聞こえた。



「終わる気はないよ、こっちも優勝しか見ていない」


 同じくベンチから立つと真っ直ぐ想真の目を見返す弥一。


 最神と違って選手権は今回が初出場の立見、だが関係は無い。狙うは勝利、優勝のみだ。



 勝利を目指し、ひたすら突き進んだ弥一の憧れていた彼も生きていたらきっとそうしていただろう。


 その彼、神山勝也が作った立見でベスト4で満足などしない。



「ええやろ、どっちが強いか夏の決着を明日で全部つけようや」


 勝気な笑みを浮かべると想真はその場から歩き去る。



 明日には立見と最神、どちらかが敗退し選手権を去っていく事になる。


 決勝の前に大きな壁となるであろう最神と想真、その背中を弥一は黙って見ていた。




「神明寺」


 その時、想真は立ち止まり弥一へと再び振り返る。










「公園の出口どっちや!?」


「あははー、そのまま帰れたら格好良かったのにねー」


 初めて来た大きな公園、その出口を想真に分かる訳がなく最後は弥一を頼って公園の出口まで連れてってもらう。


 面白く笑う弥一はこれが大阪本場のお笑いかと思ったのだった。

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