第186話 僅かなやり取りからの反撃、そして遭遇


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「立ち上がり集中やぞー!」


 キックオフは星崎から始まりDFの中央に居る想真は声をかけていく。



 ボールを持つ星崎のキャプテン辻堂、巧みにキープし奪いに来る最神の選手を1人躱した。


 大会前でも注目のMFとして特集されており高校No1MFという声も上がる程だ。


 キープする中で辻堂は一瞬左へ目をやると左手で上がって来いと短くジェスチャーで伝えると、星崎の左SDFが上がって行く。



「右気ぃつけぇ!」


 その上がりにいち早く気付いた想真の後ろに居るGKが大声でサイドの選手へとコーチングで伝えていた。



 辻堂は右へとドリブルで切れ込むと見せかけ、左のかかとでボールを左サイドへ流すお洒落なヒールパスを披露、これを上がって来た左SDFがボールを取るが直後に最神の選手が詰めてタッチライン際の競り合いとなり、球は外へと出て判定は星崎ボール。


 奪えてはいないが攻撃の流れを一時的に断ち切っている。


 すると星崎の方は最神ゴール前へと一気にロングスローを放り込み、長身選手が頭で合わせに行くが最神の方も長身DFの堀田がこれを頭でクリア。


「気ぃ抜くな!まだ来る!」


 外へと出て中央へとセカンドボールになった球に対して走り込むのは星崎の選手、助走を付けて勢い良くミドルシュートを放つ。


 これがコーチングしていた想真へと飛んで来るが彼はこのボールをそのまま右足でシュートを蹴り返して防いでみせた。


『星崎、豪快なミドルによるファーストシュート!これをなんと最神の1年DFにしてキャプテンの八神想真が蹴り返してクリアだ!』


『星崎の司令塔辻堂君も素晴らしいテクニックを見せていましたが八神君も凄いですねこれは、天才と言われたお兄さんに負けていませんよ』



 序盤のペースを握ったのは星崎の方で彼らのボール支配率は高まってきている。


 星崎は辻堂を筆頭に各ポジションのレベルが高く、総合力では最神に引けを取らない程だ。この準々決勝まで勝ち上がりチームの調子も上々、優勝候補相手とはいえ勝てるチャンスは充分あるだろう。



「そこまで長身の選手は揃ってないけど技術が高くてスピードも兼ね備えてたりと、星崎も良いチームだな」


「気をつけるとしたらまずは辻堂だけど、他には左SDFが中々良い動きしているから彼も要注意かな?」


 スタンドから最神、星崎の選手達をチェックしている間宮。星崎を見た限り190cmクラスの大型選手は見当たらず全体的に高さはあまり無いものの技術とスピードが全体的に高く、攻守の切り替えも速い。

 東京で言えばタイプとしては彼らより背は劣るが桜王に近いかもしれない、間宮の横で影山は辻堂以外の要注意となる選手を見ていく。



 最神は此処まで順当な勝ち上がりを見せてきたが今日の試合は星崎に攻め込まれていた、だがゴールまでは割らせておらず攻撃は跳ね返し続ける。


 想真が小柄ながらDFリーダーを努め、チームを引っ張り鼓舞する姿があり時には自らボールをクリアしたりインターセプトで星崎の攻撃を防ぐ。


 その姿は何処か弥一のようでありサンドイッチを食べ終えた摩央の目からはそう見えた。


「(最神が勝ち上がって来たら東西リベロ対決、か)」


 個人的に興味深い対決に思える摩央、それには今押されている最神が星崎に勝利しなければ実現はしないが。



「漫画だとこういうのってライバルが圧倒的大差を付けて主人公の待つ次の試合へと行くものですけど、苦戦してますね~」


「この場合向こうが主人公してるかな?こっちの方が大差で勝って準決勝行ってるからさ」


 あるサッカー漫画の展開を彩夏は思い浮かべ、立見が主人公だとするなら最神はライバルであり彼らが大差で相手を下し力を見せつけ強敵が立ち塞がる、というシーンを妄想していたが実際は0-0で相手に攻め込まれて苦戦中だ。


 そしてその漫画では自分達がライバルポジションになってると武蔵は内心でどんな漫画なんだろうと、彩夏の言う漫画が気になってきて後でハーフタイム入ったら検索しようと思った。




「おーい、光輝ー」


「はい?」


 試合は最神ボールでスローインを取り、ボールへと向かう光輝に監督の石神が彼を呼ぶ。


 僅かな短い時間の間に彼らは打ち合わせを済ませると光輝はボールを自チームの選手に託すと同時に彼へ耳打ちで伝えていた。



 この僅かなやり取りから最神は光輝がボールを持ち、素早くシュートへと持っていくが大きく浮かし外してしまう。


『この試合初めての最神のシュート!1年の三津谷、大きくボールをゴールバーの上へと飛ばした』


『テクニックに定評ある彼にしては珍しいシュートミスですね、ただ下手にボールを途中で取られるよりもきっちりとシュートで攻撃を終わらせたのは良かったと思います』



 星崎のGKは大きく出さず近くのDFへとゴールキックで軽く蹴って送る、星崎はそこから確実にかつ速くパスを繋いでいき再び最神ゴールへと迫る。


『星崎再び攻める!前半終了までに1点を取ってハーフタイムへ入れたら流れはかなり星崎に傾く事となるでしょう!』



 再びボールを持つ辻堂、そこに前から詰めに行く最神の選手。その動きが辻堂からすればよく見えており彼は冷静に左足によるチップキックで相手の頭上を越すようにボールを浮かせ、そのままパスとなって前に居る星崎の選手へと向かう。



「(そんな気取ったパス通す訳ないやろ!)」


 これに反応し動き出していたのは想真、相手のFWより先に前へ出てボールをカットすればすぐにパスのターゲットとなる相手へと左足でパスを出した。



 パスを受け取った相手は光輝、そのまま前を向いてドリブルを開始するかと思えば彼は斜め前方の左サイドへと右足で大きく蹴り出した。



 そこには先程光輝から耳打ちで伝えられていた左サイドの選手、何時の間にか駆け上がっておりパスを受け取ると星崎は追いかけながらも右手を上げてオフサイドをアピールするが線審の旗は上がらない。


 結果として光輝の絶妙なスルーパスとなってそこから抜け出し、星崎のエリア内へと突入すればそこからシュート。近距離のシュートをGKが弾き、そのボールが詰めていた最神FWの足元へ転がって来て絶好のチャンス。


 DFに追いつかれる前にこれをしっかりと押し込んで星崎に攻め込まれていた最神が速いカウンターからゴールネットを揺らした。



『電光石火のカウンターが炸裂ー!八神のインターセプトから三津谷のスルーパス、そこから左サイドの角岡が持ち込んでシュート、こぼれ球を駒田が押し込み最神が劣勢になりながらも先制に成功しました!』


『守備から見事な速攻ですね、攻撃的で前がかりになっていた星崎の一瞬の隙を突く、前半終了前に良い先制点が決まって星崎にとっては痛い失点となりましたね』



 最神が得点を決めたFW駒田へと手荒く祝福し、喜び合う最神に対して天を仰ぐ星崎イレブン。前半終了間際に天国と地獄がハッキリと分かれる光景がそこにはあった。



「判断が速いな、1年2人。あいつらの活躍がデカいゴールだ」


「それもあるけどー…1番の功績は監督さんの方だね」


 優也は今のゴールは想真と光輝の素早い判断によるプレーが大きかったと見た、弥一はそれに加えてもう一つあると最神の監督石神に視線が向いていた。



「スローインの時、三津谷と何か話していたっぽいし。それを伝言するかのように左サイドの人に伝えてた。攻撃の時に相手の右がガラ空きになってる、次に相手が攻めて来た時は角岡とカウンターに持ってくチャンスあるぞ、て感じかな?」


 先程石神と三津谷がスローインで何やら会話をしていた、そのやり取りからあのゴールが生まれて弥一はこういう会話が行われてたと想像で話す。


「ハーフタイムに入る前に短く作戦を立ててそれで1点をもぎ取ったって訳か」


「それも相手にとっては非常に嫌なタイミングで、あの監督さん中々策士っぽいよねー。狡くてやらしい所は流石元プロかな」


「褒めてるのかそれ?」


「最大限に褒めてるつもりだよー」


 弥一と優也が石神について話している間にホイッスルは鳴らされて前半終了。1-0で最神が1点のリードでハーフタイムへと入る。








「流石優勝候補と言うべきか、チャンスは見逃さないな」


「つってもまだ星崎も分かんないけどな。点差はたったの1点だ、此処から反撃するのかそれとも最神が乗っていくのか…」


 ハーフタイムへ入り、成海と豪山から見て最神が先制して優位に立ったがまだ準決勝の相手が彼らだとは言い切れない。星崎が立て直して猛攻でも仕掛ければ逆転も有り得るはずだ。


「どっちが上がって来ても厄介…強敵である事に変わりはない」


 最神と星崎、それぞれサッカーのスタイルは異なるが京子からすれば立見にとって強敵である事に変わりはなく少しでも対策する為にこの試合見逃さず観察する必要がある。


 試合後に此処で観戦の為に残って正解だった。



「先制はしたけど、弥一。お前この試合どっち勝つと…」


 摩央はどちらがこの試合勝つのかと弥一に予想を聞いてみると隣にいたはずの姿は何時の間にか消えている。


「あれ、あいつ…トイレかな」








「ありがとうございましたー♪」


 売店の女性の笑顔に見送られながら弥一は紙袋を持って歩く。




 観客席の中でどら焼きを食べる少年の姿があり、それが美味しそうに見えて弥一は会場内に売っているかと思いハーフタイムの時間を利用し歩き回れば考えていた通り土産売り場に売り物として置いてある。


 それを弥一は購入し、会場まで戻るまで待ちきれないのか長椅子を見つけてそこで腰掛けると紙袋からどら焼きを一個取り出して食べ始める。


「ふわふわで美味しい~♡」


 カステラ風の生地二枚で挟まれたこしあん、ふんわりとした食感から上品な甘さが伝わり弥一をたちまち幸せへと導いてくれる。


 自販機で購入した暖かいお茶との相性がまた良くて日本人で良かったと思うひと時を弥一が堪能していると。




「失礼、ひょっとして神明寺弥一君かな?」


「ふわ?」


 どら焼きを口にくわえたまま弥一は声をかけられた方へと振り返る、姿を見れば上にロングコートを着ており下はスーツ姿、身長は180前後と長身。40代ぐらいで茶色い帽子を被るその姿は英国紳士を思わせる。



 何も知らなければ弥一はただ夢中で美味しくどら焼きを食べてるだけの子供に見える、ただ目の前に居る彼は弥一について知っていた。


 かつて日本最高峰の天才と言われ、プロの監督としてチームを優勝へと導いた名将。


 因縁の相手、八重葉の天才GK工藤龍尾の父親である工藤康友と弥一は偶然出会う事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る