第173話 点取り屋として


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「守備は機能出来てるけどなぁ…これで後は先制出来れば理想的なんだよな」


「豪山先輩も成海先輩も結構守りに参加して走ってますね~」


 立見ベンチから試合を見ている摩央と彩夏、フィールドでは立見が琴峯へと攻撃を仕掛けており琴峯が必死の守備で得点を許さない状況が続いていた。


 琴峯キャプテンの森川が攻撃だけでなく守備も盛り立てて高い集中力をチームは保っている、更に優也をスピードで張り合える巻鷹がマークしており両者の攻め合い、守り合いで0-0のスコアからの変動は未だ無しだ。



「(これがもし、勝也が此処に居たらまた違ってたかもしれない。けど…今の立見の力で戦う、それしかないから)」


 冷静な京子の頭に浮かぶ亡き恋人の姿。


 本来の立見キャプテンである勝也の存在があったら攻撃はもう少し幅広くバリエーション豊富となっていたかもしれない。


 だが今更それを言ってもしょうがない、今のチーム力でこの状況を戦い乗り切る。


 それには1点でも誰が決めてもいいから得点が欲しい所だ。





『室飛んだー!得意の頭で合わせ…っとしかしこれは大きく浮かした、立見のゴールキックです』


『室君、今日はタイミング合いませんね。調子を崩してる可能性も出てきましたよ』


 再び室へとゴール前に高いボールが上がる、それに室は合わせて飛ぶがまたしても弥一は飛び立つタイミングを狙うと身体をぶつけて室のジャンプを狂わせ、正確にボールを捉えられず室のヘディングは大門が守るゴールの真上へと外れた。



「(くっそぉ、何でこう嫌なタイミングで来てばかりなんだ?ワンパターンに飛んでるつもり無いのに…)」


 得意の頭で合わせられないでいる室、まだリードされておらず前半なので大きな焦りは無いものの動揺は残ったままだ。


 自分より遥かに小さい相手にぶつかられて跳ね返せずジャンプのタイミングを狂わされ、ヘディングが上手く行かない。こちらにボールが上がって来てもその繰り返しばかりでチャンスに繋げる事が出来ずにいた。



 此処で飛ぶと内心で思っていた事を心が読める弥一には全てお見通し、その事には当然ながら室が気付く様子は全く無しだ。



 弥一の守備もあって琴峯に決定的シーンは作らせず相手の最も長所となる部分を封じ込めて来ている。







「らぁぁー!」


 気合と共に豪山はボールを持つ相手DFへ猛然と突っ込む。


「うお!?(こいつしつけぇな!)」


 これに琴峯の大田が自分へと突っ込んで来る豪山の姿に驚きつつボールを蹴り出す、結果としてこれがミスキックとなってセンターサークル付近の左タッチラインをボールが超えて行き立見ボールとなる。



「(智春…)」


 前半から相当走っている豪山、いくらスタミナ強化トレーニングを積み重ねたりナンバ走法による省エネの走りを覚えたとて飛ばし過ぎているように成海には見えた。


 だがペースを落とせと注意はしない、彼との会話を交わした時の事を思うと。







 彼らで会話が交わされた選手権開始前の立見の放課後練習へと時は遡る。



「最近は優也、前は主にスピードが目立ってたけど技術面も磨かれて来たよな」


「ああ…だな」


 立見の練習風景をフィールド外から見ていた成海と豪山、視線の先には優也がテクニカルなドリブルで翔馬を躱す姿が見られた。


 前はスピードで相手を主に置き去りにするような感じの突破が目立っていたが此処に来てテクニックがレベルアップしている、積極的な守備も行っており更なる成長を見せて頼もしい限りだ。


 そんな優也の姿を見て豪山は何処か複雑そうな顔をしていた。後輩の成長は嬉しいが何処か喜びきれない。


 豪山のそういう空気に幼い頃から付き合いがある成海には伝わって来る。


「不安、か?優也が活躍してばかりで自分がFWとして力不足なんじゃないかって」


「…」


「それぐらい分かるよ、何年一緒にやってきたと思ってんだ俺達」


 中学で勝也と出会う前から既に成海と豪山は共にサッカーをやっており組んでいた。


 昔から体格に恵まれてきた豪山、回りと比べ身体の大きい彼はパワーで相手を振り切って成海から送られるパスを数多くゴールへと繋げる。


 今までそれで上手くやっていたが学年が上がるごとに相手DFの体格が良く競り勝ってヘディングを撃つというのが難しくなる、そこで覚えた自らが囮となるポストプレー。


 自分ばかりがゴールするのでなくアシストする事も覚え、成海の方もまたアシストばかりでなく自らゴールを決めるようになり2人はそうして進化を続けて来た。


 攻撃で目立てばそれだけ相手からのマークも厳しくなってくる。


 立見で去年予選のベスト8へ導いた2人を各校が警戒、立見の攻撃の主軸を担う存在として知られて強豪相手だと特に仕事が困難だ。


 それでも頼れる後輩達のおかげで立見は快進撃を続けて此処まで来れた。



「あいつもマークされてるはずなんだよな、それでも優也はゴールを決め続けてる。活躍し続けている」


 豪山は語る、優也もそろそろ自分達と同じようにマークがきつい頃だ。しかしそれでも彼は選手権予選で全試合ゴールを決めており決勝戦は優也の1点のおかげで優勝し全国出場を決める。


 得点を決め続けてきた優也だが時には積極的に守備も行い続け、インターハイ予選の時は自身の連続ゴール記録よりも立見の勝利に拘り桜王の冬夜を止めていた。


 それはもし自分が同じ立場だったらどうなっていたのか、優也のように記録に拘らず勝利に徹する事が出来たのか。


 中学からサッカーを始めた優也と違いそれ以前からFW一筋でやってきた豪山は生粋の点取り屋だ。点を取りたいと思う気持ちは強く、そこまで自己犠牲出来る自信は無い。


 だが豪山のようなタイプは近年のサッカーの進化により減り続け、FWには点を取るだけでなく守備など多くの事が求められるようになり優也が今の時代のFWに近いだろう。


「智春、あんま思い詰めるな。優也とお前じゃ同じFWでもタイプが全く違う事くらいお前にも分かるだろ?」


「そりゃ分かってる。分かってるけどな…」


 優也はスピードのFWで豪山は高さとパワーのFW、同じポジションでも2人の特徴は異なっている。


 多くゴールを決めている優也のサッカーを真似しようにも彼程のスピードが無い豪山には到底無理だ、それぐらいは豪山本人も理解している。


 それでも点取り屋としてのゴールへの欲が抑えられない。









 時は現在へと戻り、豪山は今もしつこく前線からプレスをかけていた。


 誰よりも強いゴールへの意欲を持ち、ゴールを欲する気持ちが彼を動かしている。



「(本当にしつこい奴だ…!)」


 再び迫る豪山の姿に釜石は来る前にパスを出そうとする、走る豪山はその姿が見えており釜石がパスを出そうとしている事に気付く。


「(こいつ、結構隣の大田へとパス事が多かったはず!)」


 何度も何度も釜石へと迫っていて豪山は彼が大田の方にパスを出す事が若干多かったのを思い出す。


 すると豪山はパスが出される方向を予測して懸命に右足を伸ばして行く、豪山の読み通り釜石は再び大田へパスを出していた。


 そのボールを豪山はインターセプトに成功。


「!やばい…!」


 大田はこれを見て左から豪山へと激しく肩からぶつかりに行く。


「っ!」


 激しい当たり、衝撃が肩に伝わって来るが豪山はバランスを崩さずそのままドリブルで前へと運ぶ。恵まれた体格が相手のチャージに耐えてくれていた。




「撃て!決めろー!」


 フォローに走りつつも成海は豪山を後押しするように強く叫ぶように声をかける。



 大田を振り切る豪山に釜石が右から迫って来る、その前に豪山は右足の甲にボールを当てて振り抜いた。


 ボールの中心軸をしっかり捉えたインステップキックはゴール右へ飛ぶ力強い弾道のシュートとなり、GK近藤が飛びつくが彼の伸ばした腕は届かない。



 豪快にゴールネットが揺れると大晦日のスタンドもまた揺れた。



『立見前半終了間際に先制ゴールーーー!しつこくDFへプレスをかけ続けた豪山の執念がついに実り選手権初ゴールだ!!』


『力強い良いシュートでしたね!その前の競り合いにもバランスを崩しませんでしたし、ナイスゴールです!』



「うおお!やった、やった!全国で…ゴール出来た!」


「やったなぁ智春!」


 立見のスタンドへと向けて両手を上げて声援に応える豪山と後ろから抱きつく成海。それに他の立見イレブンも駆け寄る。



「FWなのにずっとゴール出来てなくて後輩に頼ってばかりで情けなかったからよ!決まって良かったマジで!」


「いや、何言ってんスか豪山先輩!?」


 ずっと得点出来ずFWとして仕事してなくて自分を情けないと思っていた豪山、それに意見するかのように間宮が声を上げた。



「ずっと前線で身体張ってくれて頼りになってるんですからね豪山先輩って、それで情けないとか有り得ないですからー」


「そうそう、向こうの室に全然負けてないっスよ」


 弥一も間宮も、後輩達は誰も豪山を情けないと思ってはいない。


 立見が誇る頼りになる長身FWはなくてはならない存在なのだから。



「…豪山先輩、ナイスランとナイスゴールです」


「おう。前半終了近いけど緩めんなよ」


「はい」


 静かに優也は豪山へと近づきゴールを賞賛すると豪山は優也の銀髪をくしゃっと撫でた後にポジションへと戻って行った。



 前半終了間際、豪山が点取り屋としての意地と執念で1点をもぎ取り立見が先制に成功する。

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