第139話 彼は空を見て笑う


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 実力ある空川はエースの三船だけでなく各ポジションのレベルが高い、彼らが激戦と言われる東京の中でも強豪と言われているのがこの総合力の高さだ。


 3-4-3のシステムで前線の3人と中盤前の2人による厚みある攻撃を仕掛け、守備ではダブルボランチと3バックが連携して守り役割はハッキリしている。


 この立見戦でも変わらず各自がそれを実行していき空川が前回の雪辱を果たそうと躍動、空川が攻めに出る。







 空川のエース三船はドレッドヘアを揺らしながら走る、今ボールを支配出来ているのは空川だ。


 自慢の攻撃陣で得点し立見の無失点記録を打ち破る。



 そのつもりで動いているのだが未だそれは出来ていなかった。


「8寄せてー!」


「9に出るよー、翔馬注意ねー!」



 的確で簡潔な指示、それはGKと同じく後ろからフィールドを見渡すセンターバックに必要なスキル。


 弥一の指示は更なる要素として相手のする事を読んでの事であり心を読める彼ならではだ、そのおかげで攻撃的な布陣の空川に対して決定的チャンスを与えていない。



「(くっそ、やりづらい…!)」


 右から攻めに行っていたサイドの選手を翔馬が止め、ボールは溢れてタッチラインを割ると線審は空川ボールと判定。主審も同じ判定だ。


 やりづらさを感じつつも三船はスローインで投げる選手へ駆け寄り小声で打ち合わせ。


「で、いいな」


「分かった」



 作戦が決まり三船は再び前線に戻って行く、スローインの再開はその三船が前線に戻るまでの時間稼ぎかすぐには投げ込まず時間をかけていた。


 そして近くの選手へと投げ込まれ、スローインで投げた選手へと折り返されると前の三船へと高くボールを浮かせるように蹴り上げる。


 長身でもある三船の頭を狙いチャンスを作りに行く。



 ピィーーー


「!?」



 だがこれに線審の旗が上がり審判の笛が鳴り響く、見れば三船は立見のDFラインより前に出ておりパスを出す前から既にその位置だったとされてオフサイドとなったのだ。



 弥一が先程の三船達のやり取り、それをしっかり見ていた。



「(三船の頭に合わせる)」


「(俺に来い)」


 心の声が弥一には丸分かりであり作戦を自らバラしている状態、なので弥一は間宮にこれを話しDFラインを上げて三船にトラップを仕掛ける。



 そこに獲物は見事に引っかかってくれた訳だ。



 空川が攻撃出来ているはずだが肝心のフィニッシュまで持って行く事が出来ない、三船は未だシュートが撃てていない状況が続いている。




 再びボールが出され、高いボールに三船がジャンプ。それに対して川田も飛ぶ。


 先程抜かれたお返しとばかりに三船との空中戦を川田は競り勝ち、セカンドボールを間宮が思い切り右足の甲でボールを捉えて大きく蹴り出してクリア。


 間宮の力強いキックは高く上がり前へとグングン伸びて行く、それは前線の1トップである豪山まで飛んで豪山は相手ボランチと空中戦での競り合いに勝ち、頭で左へと落とすポストプレーを見せる。


 その左に走り込んでいるのは武蔵、このカウンターで空川のサイドはがら空きとなっており武蔵は左サイドをドリブルで駆け上がって行った。


 そこから武蔵はエリア内へと侵入しに向かいDF一人が阻止しようと武蔵を止めに行くが、すかさず走り込んでる成海へと足元目掛けゴロのショートパスを軽く出す。


 そして成海は左足を振り抜き、ボールはDFのブロックを抜けてゴール右へ飛ぶ。空川GKはこれに反応し腕を伸ばすが届かず。



 空川ゴールマウスに成海のシュートが入り立見が先制ゴール。


 ゴールを決めた成海、アシストした武蔵が抱き合って喜び豪山が2人を労う姿。先制した事により立見応援団のテンションも上がり応援の声が大きくなって盛り上がる。


 一方の空川応援団は先程まで攻めていた時は声が出ていたが予想外のカウンターからの失点に一瞬静まり返る、その後気を取り直し反撃を期待して懸命に声援を送っていく。


「よーし、良いよ良いよー♪良い感じー♪」


 前半の間に1点が入ってくれた事に弥一も喜び、しっかり守って行こうと声がけも怠らない。




 此処で前半終了の笛が鳴り、両チームの選手がロッカールームへと休憩の為に戻る。



 空川のロッカールームで三船は水を飲んで水分補給し身体を休めている、その心中は穏やかではない。


 前回の試合では三船が不在の時に立見にやられてしまっていた。その雪辱戦のはずが今回も1-0でリードされている、エースである自分が今度は万全の状態で参戦しているにも関わらずだ。


「神明寺の位置をちゃんと見るんだ、この試合何本も取られてるぞ!」


 その中で空川の監督からは弥一に気をつけるよう試合前行ったにも関わらず彼にインターセプトをこの試合また何本か取られているのを指摘され、位置をしっかりみろと言われる。



 それは全員分かっている。


 しかし相手は4-5-1、こちらは3-4-3のシステムを取っていて前線や中盤に敵味方問わず人がうじゃうじゃ居て小さな弥一の姿を探す余裕が無かった。


 これが大柄な選手相手だったら目立って見つけやすいのだが相手は150cm程の小柄な選手、ぶつかり合いならば圧倒的不利だがこういう展開だと見つけづらく非常にやり難い嫌なタイプとなってしまう。


 とにかく後半、なんとしても逆転だと三船は後半戦に向けて気を引き締める。








 後半戦になると三船は縦横無尽に攻撃や守備と動く。


 FW登録だがGK以外の何処でもこなせる器用さを持つ三船、中盤まで下がりボールを持つと止めに来た武蔵を強引に突破。技だけでなく力強さも見せて行くと、その彼に成海が迫り身体を寄せて行く。



「(しつけぇな!)」


 これに三船はイラッとし、成海に身体をぶつけて此処もパワーで突破しようとしていた。


 そこへ更に後半から入った優也が三船へと成海に意識が行っている間に詰め寄り、僅かに三船の足元から離れたボールをスライディングで捉えて弾かせる。



 そしてこのセカンドボールを拾ったのは弥一、すると彼はそのままドリブルを開始。


 ボランチの一人は上がった状態であり残ったもう一人の空川ボランチが弥一に立ち塞がる。


 一旦停止すると弥一の目線は斜め右前の豪山へと向いている、対峙する相手もその目線に気付きパスが来ると思った。


 これがフェイクであり弥一は目線とは逆、相手の左へ軽くボールを蹴って自らは逆方向の相手右へと走る。


「(メイア・ルア!?)」


 後ろから弥一を追いかけて走っていた三船はこれを見て表情が驚きに染まっていた、見ていたスタンドもこれにどよめきが起こる。


 フェイントの一つであり正面の相手選手が居る時、相手の脇にパスを出して自らはそれに対し逆側を走り抜けてボールに追いつく。


 世界ではメイア・ルアとポルトガル語で半月を意味する名として知られ、日本では裏街道と呼ばれている。



 そして弥一のは蹴られたボールにスピンがかかっていてボールは走っている弥一へと向かい足元に収まる。



 目の前でテクニックを見せつけられた三船、だからこそ余計負けたくないという思いが出て来ていた。


「うおお!」


 相手とのデュエルの間に三船が弥一へと迫っていて三船は体格を活かしたショルダーチャージを仕掛けに行く、弥一がいくら技術が優れてようが力で当たればひとたまりも無い。



 だが体格ある相手がそう来る対策を小学生の頃から既に習得している弥一が慌てる事はなかった。



 そのチャージも見切っていたのか弥一は寸前で猛然と迫る三船の突進を躱す、この辺りの華麗な体捌きは合気道ならではだ。


「だっ!」


 ショルダーチャージを躱される予想外に三船はバランスを崩し転倒。



 そして弥一は更に迫り来るDFの左横へとパス、何時の間にか優也が弥一を追い越して出されたパスへと自慢の快足を飛ばして走っており足元へと収めるとそこは空川エリア内。




 優也は右足でゴールへと蹴り込み、空川GKの右手をボールが抜けてゴールネットを揺らした。


 2-0、貴重な追加点。



「やったー!優也ー♪」


 ゴールを決めた優也に弥一は抱きついて喜んだ。


「今のはお前のドリブルとパスのおかげ、だろ」


 追加点を決めた優也、このゴールは弥一のおかげと思っている。彼もその前に三船をスライディングで止めたりと守備で良い仕事をしており1年2人の活躍で立見は勝利に大きく近づいた。






「(……なんて奴だよ)」


 フィールドで大の字となり空を見上げる三船、その顔は驚きのままだ。


 試合前は弥一をたいした事無いと思っていてMVPはまぐれだったのではと疑いがあった。



 だが実際に戦って見れば分かった、弥一がとんでもない相手だという事が。


「(あーあ、俺の高校サッカー最後の最後、とんでもねぇのと当たっちまったわ)」


 驚きから思わず笑いの方がこみ上げてしまう。結局彼の言うとおりシュートを撃たせてもらえなかったのだから。



 試合は終了しており2-0、終わった瞬間に三船は仰向けで倒れてその状態のままだ。空川はこれで敗退が決まり三船はこれが高校最後の試合となる。



 弥一の居る立見が復帰した空川のエース三船を完封し準決勝へと駒を進めるのだった。




 立見2-0空川


 成海1

 歳児1

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