第97話 全国の洗礼


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












『夏のインターハイ、学生達の熱き戦いがやってきました!全国から集いし52校から栄冠に輝くのはどの高校となるのか!?1回戦、立見VS泉神と互いに全国大会初出場の新鋭同士の激突となります!』



 互いのキャプテン、成海と泉谷が向かい合い審判を交えて先攻後攻をコイントスで決めていく。


 コイントスの結果で先攻は泉神が取り、守備型の向こうからのボールでキックオフされる事が確定した。







「立見にとっては初の全国大会、だけどやる事は何時も通りだ。変に緊張せず落ち着いて行こう」


 円陣を組んだ立見。緊張をほぐそうと成海は声をかけていった、小学生や中学生で全国を経験し、ある程度慣れている者がいれば全く慣れてない者も居る。


 多少の緊張はあるはずだ。




「まずは1回戦、勝って行くぞ!立見GO!」


「「イエー!!」」


 全国の舞台で立見は恒例となる儀式、掛け声を行い選手達はそれぞれポジションへとついていく。









「向こうは俺達を守りのチームと思ってそうで、この全国。固さはあるはずだ。此処は…」


 一方の泉神も円陣を組んで序盤の作戦を泉谷は泉神イレブンへと伝えている。



「よーし、行くぞ!」


「「おおー!」」


 最後に掛け声で気合を入れてから泉神の方もそれぞれポジションについてキックオフの準備は整った。







 ピィーーーーー



 立見の1回戦、初めての全国大会のフィールドでキックオフを迎える。


 立ち上がり前線のFWが後ろへと戻してDFラインでボールを回し、まずはボールと足慣らしか最初はゆっくりとした立ち上がりで試合が始まった。



 そして泉神のキャプテン泉谷へとボールが渡る。


 その瞬間前線の選手が上がって行き、両サイドも積極的に前へと上がった。スローペースで行くのかと思えば一変して一気に攻撃へと転じて泉谷を中心に立見ゴールへ迫る。



「右から2番上がってる!」


 ゴールマウスから全体を見渡せる大門が自分から見て右の2番の選手が高い位置まで上がり、注意するよう声をかけていく。



 中盤の泉神の選手がパスを回し、立見の方は中々ボールを奪えずにいた。


 此処で泉神は左を走る2番へと横パス。立見のサイドを抉りに行く選択を取るが、これを田村が読んでいたのかインターセプト。


 ようやく此処で立見がボールを奪い、一旦落ち着かせようと田村は一旦川田へとボールを預ける。




 だがそこで予想外の事が起こる。



「あっ…!」



 緊張からか、普段とは全く違う全国という独特の空気がそうさせたのか、川田はこのボールをトラップミスしてボールを零してしまう。


 これを泉神のFWがすかさず拾って再び泉神ボールとなった。


「くっそ!」


 川田はFWから体格を活かし強引にボールを取り返そうと相手を肩からぶつかって吹き飛ばす。



 ピィーーーー



「!?」


 しかしこれは激しすぎると判定されたのか審判は川田のファールを取った。



 ゴールほぼ正面、距離からして30m程だ。



『おっと、これは珍しい。立見陣内でトラップミスからボールを奪われ、止めるもこれはファールの判定!』


『川田君の動きが若干固く見えますね、やはり初の全国という空気が新人選手を飲み込んでしまうものでしょうか』



「すみません!」


 普段はしないトラップミス、それをしてピンチを招いてしまった事を川田は謝罪。それに田村は「気にすんな」と川田の右肩をポンと叩く。


 川田にとっても人生で初めての全国。当然緊張はする、こういう事も起こり得る事だった。



 そしてこういうミスから失点もサッカーでは珍しくない、そのピンチが立見に早くも訪れつつある。



 ボールをセットするのはキャプテンの泉谷、泉神の中で精度あるキックを一番蹴れる選手だ。彼の力ならこの距離を直接狙えるだろう。



 大門の指示で壁は作られていき、フリーキックの準備は整えられた。






「(この立ち上がりのセットプレー、良い位置でのフリーキック。此処で先制はデカい!決めるか!)」


 泉谷は自ら狙いに行くつもりだ。フリーキックには自信があり予選でいくつか直接ゴールを決めている。


 先に立ち上がりの時間帯にゴールを決めてしまえばこちらの守りのペースに持ち込み、精神的にも優位に立つ事が出来て疲労も軽く済む。


 立見の更に先、八重葉も見据えて泉谷は審判の再開の笛が鳴ると短い助走から右足で蹴る。



 ボールは壁を超えて左へと曲がって行き、立見ゴールを捉えていた。



 行ける!


 泉谷は壁を超えたのを見てそう思った。









 だがゴールネットは揺れない。



 その前に大門が立ち塞がり、ほぼ正面で泉谷のフリーキックをキャッチし受け止めていたのだ。


『泉谷の直接狙ったボールに大門、落ち着いてキャッチ!このピンチを凌いだ!』



「っ!戻れ戻れ!」


 決められなかった事をすぐ切り替え、泉谷は味方選手達に戻るよう声をかけながら自身も走る。



 泉谷のキックは悪くなかったが、東京予選で鳥羽のフリーキックを止めてきた大門にとって対処するのにそう難しくは無かった。




 最初のピンチを防いだ立見、大門のパントキックから反撃に出る。



 豪山には当然マークが付いているが豪山の頭を大門は選択、大きく蹴り出され前線に高く上がったボールに対して豪山と相手DFはジャンプし、豪山の頭が勝ち成海がボールをキープ。


 しかしすぐにそこへ泉谷がショルダーチャージで成海へとぶつかって行き成海はバランスを崩してしまう。


 徳島予選1失点のみという堅守は伊達ではなく、危険な所は早々に察知して潰していく。



 成海がバランスを崩しボールを零した事で泉神が再びボールを取って攻めに出る。



 今度は右サイドを使おうと泉神の右ハーフが走り込んでいるのが見えて、右へと低く長いパスを此処で蹴り込む。





 それに対してそこまで好き勝手はさせないとばかりに小さな影がパスコースへと素早く飛び込んでいた。



「全国でもナイスパース♪」


「!?」


 パスを出した選手は弥一の姿が見えず気付いておらず、彼のゾーンは避けるべきだと試合前に話していたはずだ。そして姿が見えなかったので大丈夫だと思われたがこのパスは狙われていたのだった。



 分かっていたつもりがまんまと弥一に今大会初インターセプトを献上してしまう。






「っと…(しっかり守ってるなぁ、これ隙ついてドリブルは無理ありそう)」


 このまま個人技を仕掛けようとしたが前に数人の泉神選手が見えて、流石に仕掛けられないと弥一は判断し右の影山へと短く巧みにパス。



 序盤は大門の好セーブ、そして弥一のインターセプトと初の全国で立見全体が安定していないこの状態を守っていった。


 この二人がいなかったら立見は開始早々に敗退の危機を迎えていたかもしれない。





「流れは、あまり良いとは言えない」


「どっちかっていうと、うちがバタバタしてる感じですよね…やっぱ初の全国だから」


 ベンチから試合の戦況を身守る京子と摩央、ベンチに座る顧問の幸はハラハラしながら試合を見ている。一応顧問として監督という立場ではあるが実際はほとんど京子が監督をしているようなものだ。


 試合状況は立見がまだシュートを撃てておらず、ボールも向こうが持つ事が多く試合を支配されている。



「そんな中で彼は何時も通りで、むしろ何時もより楽しくサッカーやってる感じね」


「あいつ緊張っていうの知らないんですかね。どうなってんだ弥一の頭の中…漫画みたいなサッカー馬鹿の脳になってるとか?」


 京子と摩央は共に弥一へと注目していた。



 目に映るのは何時も通り後ろからコーチングしていく姿。初の全国に緊張しないどころか楽しんでいるように見えた。



「その調子その調子ー、サイド抉って行こうー♪」



 弥一による影響なのかどうか不明だが立見の方も時間が経つにつれて落ち着いて来ており、試合は0-0で動かず膠着状態を迎える。

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