第84話 スピードスター対決


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 OUT    IN

 岡本    歳児



『後半ついに出てきました、立見が誇るスーパーサブ!9試合連続ゴール中の歳児優也!』


『これはこの後半大きく動きそうですね』



 優也に向けられる声援と期待、途中出場で全試合全てゴールしていると注目度は自然と上がるものだ。


 今や彼への注目度は相当な物である。



「ついに出てきましたよ、立見の歳児優也」


「うむ」


 険しい表情で腕を組み戦況を身守る桜王監督にコーチは優也が出て来た事を改めて伝えれば監督は短い返事で返す。


「それに備えてこの後半、温存させてあいつを出したんだ」


 桜王は立見の優也について調べており対策は考えて来ている、監督の視線は優也の傍に居る桜王のDF冬夜へと向けられた。



 会場が優也のゴールに期待する中で試合再開、立見ボールでスローイン。ロングスローを得意とする川田が持つと此処はロングは投げず近くの成海へと短く放る。


 ボールを持つ成海に蛍坂と山下が二人で詰めて囲み、奪わんとしていた。後半も桜王の中盤のプレッシャーは衰えず強い。その辺りは流石全国レベルの中盤、その名に恥じない攻守だ。


 このままでは奪われ中途半端な位置でカウンターを受ける事になるかもしれない、その時後ろから成海へ声をかける人物が居て成海は気付きヒールで後ろへと流した。



 そこに居たのは弥一、ボールを持つと蛍坂が成海からターゲットを切り替えて弥一へと再びボールを奪わんと走る。


 世界と戦った経験を持つ彼のスタミナはまだまだ健在、衰えぬスピードで迫って来るのに対して弥一は特に慌てず蛍坂が来る前に左へと低いパスを右足で蹴り送っていた。


 蛍坂の左をボールが通過し、武蔵へと正確なパスが通される。



「(優也にはやっぱりマークは付いてる、けど優也のスピードなら!)」


 桜王のペナルティエリア、その左スペースが空いており狙えると判断した武蔵。そして優也なら走り込めて相手とのスピード勝負なら勝ってくれると思い武蔵は右足でボールを浮かせるように蹴り、左スペースへボールを落とすイメージでスルーパス。


 そのパスに反応した優也が走り、それと同時に冬夜もスタート。


 かつて同じ陸上で汗を流し競い合った二人が今度はサッカーのフィールドで時を経て再び走り合う。


 やはり速い優也のスピード、左スペースに蹴られた浮き球に追いつこうとしているが冬夜も同じく追いつこうとしている。



 これに追いついたのは冬夜だった。


 ボールに追いつくとエリアからなるべく遠ざけようと蹴り出し、クリア。



『歳児、得意のスピードで桜王のDFライン裏に走りましたが広西速い!歳児相手にスピードで競り勝つ!』


『このスピード対決凄いですね。サイドの攻防戦が終盤の大きなポイントになりそうですよ』




「よお、優也」


「…」


 冬夜はマークにつきつつ優也へと後ろから声をかけていた。



「陸上時代、何時も勝っていたのはどっちだったかな?」


 挑発のつもりか得意げに笑いつつ陸上の時の話を冬夜は話す、互いにその事は忘れてなどいない。優也も当然覚えている。



 陸上一家で育ち走りの英才教育を受けていた優也、走りに関してそれまで負けを知らなかった彼の前に冬夜は現れた。


 元々サッカーをやっていた冬夜は+にする為に陸上も学び実力を引き上げようとしている。


 陸上一筋でやってきた優也、その冬夜に対して優也は走りで初めて親以外の背中を見てゴールしたのだった。



 その後も何度か競って来たが優也は彼より先に速く前へと出られなかった。


 優也の中で悔しさが芽生える。


 走りで負けたくない、冬夜に勝ちたい。



 その思いが彼を突き動かし、サッカーという世界へと誘われていった。


 同じサッカーをすればもっと速く上手く走れるのかと、今より更に前進する為なら優也に躊躇など存在しない。


 冷静だが優也は相当な負けず嫌いだ。


 このまま冬夜に負けてばかりで終われない。


 最初あまりサッカーを知らない彼も日々の練習や自主トレ、更に動画などでサッカーのプレーを見て学びプレーヤーとしての力を付けて早い成長を見せていた。


 その中で冬夜ともサッカーで競い合いもした、勝ちたい相手だが幼馴染であり仲が悪いという訳ではない。


 普通に話したり共に飯にも行き、遊んだりもしていた。



 友人でありライバルでもある冬夜。


 公式戦のフィールドで試合をする二人、互いに優勝がかかっており負ける訳にはいかない。



「その連敗記録は…今日で断ち切ってやる」


「…面白い、やってみな」


 静かながら闘志は湧き上がって来ている優也、その挑戦に冬夜は受けて立つ。


 負け続けた陸上時代に連敗を今日止める、再び返り討ちにして連続ゴール記録を止める。


 互いの想い、意地がぶつかり合う。



 立見のスローインで試合が再開され、影山からボールが放り込まれると武蔵がトラップしようとした時。


 冬夜はこっそりと機会を狙っておりギアを上げて武蔵へ快足を飛ばし迫る。


「わっ!?」


 スピードを生かした冬夜の寄せに対応しきれず武蔵は冬夜にボールを奪われ、冬夜は奪ったボールを直後に右足で蹴り原木へと渡した。


『広西、上村からボールを奪取!桜王のカウンターだ!』


「戻れ!」


 成海は守備の指示を飛ばし、桜王は攻め込み立見陣内へとあっという間に侵入して行く。



「(立見の守備は田村のいない逆サイドが若干甘い、冬夜が居たら…存分に切り裂ける!)」


 ボールを持つ原木は同じチームとして当然、冬夜の実力と速さを把握している。それと合わせて立見の弱点を突くのに最も適していた。


 立見の左が唯一の弱点、1年ながら名門桜王で随一のスピードを誇る冬夜ならそこから突破出来てチャンスを作り出せると原木は冬夜の力を高く評価。これに関しては原木だけでなく多くの桜王部員も同意見だ。



 その冬夜は右サイドを走り早くも上がって来ている、交代した同じポジションの先輩である野口よりも速い。



 それを見た原木、散々ノールックを見せてきたが此処でシンプルに。正確にして速い右足のパスを蹴り、走るコースを計算して冬夜へと送った。


 これに冬夜はきっちりとトラップし、パスが通る。あの弥一のインターセプトも無かった、桜王のチャンスだ。



「!」


 だが冬夜は此処で足が止まる、彼の前に立ち塞がる存在があったからである。




 FWの優也が冬夜を追って自軍エリアまで戻って守備についていた。



 先程のお返しか、優也が今度は冬夜を止めようとしており攻守の立場がさっきとは逆転。


 冬夜はボールをまたぐシザースの動きを見せて優也を翻弄しにかかった。


 シザースから左へと軽くボールを蹴り動かすと自らも素早くボールへ詰めて左足で蹴ろうとしている、その先にはFWの黒田。彼に低く速いクロスを送るつもりだ。



 それに優也は反応しており彼が左足で蹴り、飛んでいくであろうコースに右足を出して先読みし防ぎに行く。



「(引っかかった!)」


「!?」


 優也のブロックが見えていたのか、冬夜はこのボールを強く蹴らず軽く前へと蹴って優也の左をボールが通り自らも左を通ってボールを追って走る。


 冬夜のクロスと見せかけてのキックフェイント、これに優也は完全に釣られてしまった。


 守備に攻撃、両方で冬夜に勝てないのか。



 やられたと思った時。








「(隙ありー!!)」


「うお!?」



 ボールが蹴り出され冬夜がそれに追いつこうとしていた、その刹那だった。


 冬夜よりも先に弥一が追いついてボールを蹴り出しクリアしていく。


 優也に強く意識が向いていたからか急な弥一の出現に冬夜もこれには驚いてしまう。



『広西と歳児、攻守入れ替わりでのぶつかり合い!広西が巧みなフェイントを魅せて突破かと思えば神明寺がこれをクリアー!!』


『これは中々見応えある攻防ですね!いずれも1年といやはや、今年の1年生は凄いなぁ』



「(くっそ…!優也に気を取られてたせいか気づかなかった)」


 悔しそうにしながら冬夜は自軍の方へと戻りに走る。





「こんな後ろまでわざわざ走って来て、凄い献身的だね」


「これくらいたいした事無い」


 前線からDFラインまで走って来た優也に声をかける弥一、長い距離を優也は走って来たが後半から出場でスタミナ充分。更に部内でも1、2を争う体力を誇る彼にとって1本目となるこの走りは全く苦ではない。



「あいつが攻守で走り回るなら俺も攻守で走り回る、あのスピードで立見の左を攻められたら厄介だ」


「優也に負担凄いかかるけどそうしてもらえるとDFとしては助かるかな。こんな終盤、体力を消耗した所にあんな速い選手来たらまあしんどいし」


 DFからすれば足の速い選手の存在は厄介だ、それだけDFの裏スペースを走られる危険性が増して来る。更に時間帯は後半の終盤。


 選手達に疲れが出て来る頃、それも前日からの連戦続き。立見、桜王問わず疲労する者は多いはず。



「気にせずガンガン行こう、抜かれたら僕がなんとかするからさ」


「ふん…そんな何度も抜かれてやるつもりは無いぞ」


 明るく笑って弥一が優也の肩を軽く叩く中、優也は冬夜の姿を真っ直ぐ見据えた。



 過去に負けてきた相手にこの試合で勝つ、再び冬夜に挑まんと優也が走り出す。



 その姿を弥一は見送り再び後ろからコーチングで選手達へと声をかけ始めたのだった。

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