第73話 守備で咲く華
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『立見の攻撃はオフサイドで止まり真島ボール、GKの田山一気に前線へと大きく蹴り出した!』
全国大会の経験を持つ白い帽子を被った186cmの長身、真島キーパー田山周一郎(たやま しゅういちろう)、滞空時間の長いロングキックを蹴ると前線はその間に立見サイドのフィールドへと上がって行き止まっていた鳥羽も動き出す。
その鳥羽にボールが来るが近くに川田も来ており二人は同時にジャンプ。
鳥羽のポジション取りは良かったが高さに強い長身の川田、頭で互角に競り合いボールは流れていく。
真島の選手がボールを取りに行くが先に取ったのは影山だ。此処は影山、川田の二人の守備的MFのおかげで真島の攻撃を凌ぐ。
そして影山は成海へとパスを出し、ボールを受けた成海に対し真島は峰山と戸田で成海を囲みに行く。
二人がかりに対して成海はボールをなんとかキープ。その時右から田村が上がる姿が見えた。
成海は左足でパスを送り走り込む田村へと向かう。
「うぉわ!?」
だがその田村に待っていたのは激しいスライディング。急に人の足がボールへ向かって来て田村は驚きつつもそれをなんとか避け、ボールはタッチラインへと流れる、田村に対するスライディングはボールに行っていると判断されノーホイッスルと審判は反則を取らず。
このスライディングをしたのは同じく全国出場経験を持つ183cmの長身CDF田之上雅彦(たのうえ まさひこ)だ。田村の上がりが見え、早めに動き出し田村による右サイド独走の阻止に成功する。
『これは激しいー!真島DF田之上、思い切ったスライディングで立見の右サイド田村を止めた!』
『田村君の右サイド突破は立見の大きな武器ですからね、ファールでも構わないから止めて流れを切ろうという狙いだったのかもしれません』
「きついな、田村先輩でも突破が厳しいってなると…」
「立見の右を警戒する真島…となると今…」
田村が止められ、守りが硬いなと思ってベンチで見守る摩央の横で京子は何かを確認するように呟くと控えの一人に声をかけた。
「上村君、準備して」
「え?は、はい!」
前半20分程で京子は武蔵へと声をかけ、アップをするよう伝えると武蔵はベンチから立ち上がりアップに走る。
ボールを持つ立見、だがゴール前のマークは厳しく中々シュートを撃たせてもらえない。真島がシュートを撃ってるのに対して立見はまだ0本だ。
「9番見失うなー!」
真島のゴールマウスを守る田山のコーチングが飛ぶ。
要注意ストライカー豪山には真島DFの要である田之上がきっちりとマークしている。
岡本、成海とパスを繋ぎボールを持った成海には前からDFの厳しいプレッシャーがありシュートに持って行けない、そこに鈴木がフリーなのを見つけ成海はパス。
そして鈴木がミドルを放つ。これが立見の1本目のシュート、これに対して真島DF矢野の肩に当たりシュートをブロック。
エリア内でボールが高く上がり「任せろ!」と声を出すと共に田山が前に出て高く上がってボールが落ちてきた所にジャンプして両手でキャッチング、立見の攻撃を断ち切る。
すると田山はキャッチしたボールを素早くパントキック。攻撃から守備への切り替え、それが切り替わる前にカウンターを仕掛けて来た。
低いコースでボールは鳥羽へと向かい、この速いボールを鳥羽は難なくトラップしてみせる。
『おーっと田山から速い速攻!真島のエース鳥羽へと渡ったー!』
『これは田山君、低くコントロールの良いキックですよ!?このパスをトラップする鳥羽君も流石の技術ですね!』
「(間宮からは離れてる、田村も上がりっぱなし。DFのプレッシャーは感じない、行けるな!)」
回りの状況を瞬時に判断し鳥羽は前を向いてドリブルを開始。このまま行けばキーパーとの1対1もある。
だがそうはさせないとばかりに立ちはだかる小さな影が突然出現する。
「!」
これに鳥羽はドリブルから立ち止まる。
目の前に居る小さなDF、弥一が鳥羽の前に立っていた。
鳥羽は右、左と素早く動きフェイントで揺さぶりをかける、だがそれに弥一は全く釣られる気配が無い。冷静にその動きをただ前に立って見ている。
「(駄目かい、これならどうよ!)」
釣られない弥一に鳥羽は素早くまたぐフェイント、シザースで再び揺さぶる。その動きを見ている弥一、すると鳥羽は次の行動に出る。
またぎのフェイントの最中に踵にボールを乗せて相手の頭上を超える、お洒落にして華麗で高度なテクニック。
弥一の頭上を超えて会場は驚きの声に包まれる。
ただし驚いたのは鳥羽にではなく弥一に対してだった。
「(な!?)」
ボールが弥一の頭上を超えて鳥羽は同時にその弥一の横を通り過ぎる、これで躱した。鳥羽はそう思っていたが、弥一は瞬時に行動した。それに鳥羽の表情が驚愕へと変わる。
頭上を超えるボールに対して振り向き、追いかけると思ったら弥一はそのまま飛び上がり地面に背を向けた状態となる。
逆さの状態となった弥一はそのボールを思い切り右足で蹴り飛ばして行き、ボールはタッチラインへと逃れる。
鳥羽の魅せる高度なフェイント、これで弥一を抜いたと会場は驚くがそれ以上に直後に守備のスーパープレーを見せた弥一に会場は湧き上がり、立見応援席は弥一コールだ。
『これは凄いー!?鳥羽がシザースからヒールで頭上にボールを浮かせ躱したかと思えば立見DF1年の神明寺が大技オーバーヘッドでクリア!!』
『その前の鳥羽君の巧みなフェイントに全く釣られなかったりと完全に読んでるように見えましたね!?こんな攻防プロでも中々見れませんよ!?』
「ゴール無くても華麗な華、あるもんでしょ?お客さん盛り上がってるよ」
フィールドから立ち上がり埃を落とす弥一は鳥羽へと声をかける。フィールドに華を咲かせると言った彼に対しての言葉だ。
ゴールが無かろうが華はそこにあると。
「やってくれんなチビ君よ、守備で俺より魅せた奴はお前が初めてだ」
「へえー、Uー16でもそういうのいなかったんだ?」
互いに言葉を交わす弥一と鳥羽。その間に火花が飛び散っていた。
「おい鳥羽、あのまま勢いでDF突破出来てなかったか?お前何時もやってたろ」
鳥羽に峰山が近づくと何時もやっている事を改めて伝える、今回鳥羽がそれをやらなかったのは何故なのか。調子でも崩したのかと彼の身に何か起きたのか心配もあった。
「…行ったらチビ君、あのDFに多分取られると思ったんだよ。そうなったら最悪カウンター返しを食らってこっちがヤバかった」
ストライカーとしての勘、それが危険を伝えていたのか鳥羽はあのままスピードに乗っての突破を避けた。
行ったら弥一に取られてしまう、彼の姿を見た瞬間そう思って足を止め、プレーを切り替えていたのだ。
それだけ言うと鳥羽はポジションへと戻って行った。
「(確かに厄介なDFだけど、鳥羽の足も止めさせるなんて…何者なんだよあの1年小僧)」
峰山は弥一の姿を見る。身体の小さいDFで味方へと声をかけている姿、あんな小学生並の体格しか無い1年が東京No1ストライカーの鳥羽に立ち塞がったのが今更ながら信じられない。
「峰山ー!」
「!?」
味方の声にハッと気付く峰山、見ればボールが自分へと向かっているのが見えた。
弥一に意識が向き過ぎたのか集中力を欠いていた峰山は慌ててこのボールを取る、が横から弥一がそれを狙っていたか巧く峰山からボールをカットし奪い去る。
『おっとどうした峰山!?得意のキープが出来ず神明寺にあっさりとボールを取られた!』
「ペースを乱されるな!落ち着け!」
これに真島ベンチから監督が立ち上がり前に出て選手達へと伝える。
彼らは鳥羽が弥一に止められ、微妙にリズムを狂わされていると感じ、このままではいかんと監督は判断したようだ。
「相手さん今ガタガタだよー!そのまま行っちゃってー!」
影山へパスを渡してから弥一は後方からのコーチングに徹する。
この声に後押しされるかのように立見は再び攻めに転じた。
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