第37話 サイキッカーが知らない彼らの出会いと始まり


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 神山家の居間へ通され、改めて弥一は彼らと向き合っていた。


 亡き勝也が一から立見サッカー部を作り上げた。その同志達が目の前に居る、同じサッカー部のキャプテンに副キャプテンにマネージャー。そして顧問の先生。


 彼らも勝也と共にサッカー部を作ってきており勝也を知っている。



「勝也と親しかった弟分が今日居ると聞いたけど…神明寺だったのか」

 口を開いたのは成海の方だ。驚いているのかと思えばむしろ納得するように頷いた。



「あの、皆さんが勝兄貴…神山勝也の生前の事、知ってるなら教えてください」


 何時もはマイペースな弥一。しかしこの時は呑気な顔は無く表情は真剣そのもの、4人へと頭を下げて自分が日本を離れてる間の勝也を教えてほしいと頼み込む。


 八重葉戦で見せた皆への叱咤激励、天才ストライカー照皇と渡り合いフィールドを支配したキングの姿、色々な姿を見た4人にとってまた異なる弥一の姿だった。


「お前は相当あいつの事慕ってたんだな、大丈夫。ちゃんと教えるから、こっちにも俺達の知らない小学生時代の事…教えてくれよ」

 豪山は弥一の右肩に軽く手を置いた。弥一と同じように彼らも自分達の知らない勝也を知りたい、互いの知らない勝也を共に教えあう。

 その為にこの家へ訪れたのだ。










 神山勝也 中学1年



「ファイ、オー、ファイ、オー、ファイ、オー、ファイ、オー」



 中学サッカーの強豪校で知られる柳石(やなぎいし)中学、多くのサッカー経験者がこの中学に入部しており勝也もその一人として今年入部した。


 彼は今大勢の1年と共に基礎練習の走り込みをしている。



 小学校の頃より更にレベルアップを図ろうと強豪柳石に入学したが試合には出られず来る日も来る日も基礎練習ばかりだった。



「はぁっ…はぁっ…はぁ~、何時試合出られんだよくそ…!」

 今日の練習が終わって疲れ果てた勝也は草の上に大の字となって倒れ、夕焼けとなった空を見上げる格好となる。



 基礎は大事。それはプロサッカー選手の兄である太一から教わっており大切さは勝也も理解していた、だがあまりにも同じ練習が長期で続くと飽きる。

 それに試合もしていない、同じ繰り返しで勝也は文句を言うようになっていた。



「不機嫌そうだな」

 大の字で倒れる勝也の傍に冷えたドリンクが置かれる。置いたのは勝也と同じ1年だった。


 1年で柳石に在籍する成海、隣には1年の中で1番大柄な体格を誇る豪山。



「…おう、悪いな」

 礼を言うと勝也は冷えたドリンクを手に取りストローで飲む、部活で疲れた身体に冷たく程よい甘さが染み渡り癒しとなってくれる。



「サッカーの強豪だから入ったのによー、来る日も来る日も試合出られずただの基礎練習ばっか。大人しく従って機械みてーにやってる他の奴らの気が知れねぇよ」


 1年の時は中学サッカーに馴染むようにまずは基礎からという事で勝也に限らず此処の1年は公式戦に出る事は滅多に無い、レギュラーは経験ある2年と3年でほぼ固めている。


 このまま行くと勝也が試合に出るのは1年、早くて半年後ぐらいになるだろう。


「だったらよ、息抜きに蹴ろうや」

「あ?」

「俺達もお前と一緒って事だよ、厳しい練習に加えて勉強まである。息抜きしなきゃやってらんねぇって二人で息抜きでボール蹴ってたけど、お前も入れて3人の方が面白そうだろ」



「そういう誘いならマジ歓迎!」


 成海と豪山に誘われ、勝也は共にボールを蹴る。なんの縛りもなく自由に蹴れるのは久しぶりに思えた。



 これを切欠に3人は友人となり共に厳しい練習を乗り越えて共に遊んで息抜きする。



 勝也が今まで一人で送ってた中学生活は充実し、着実に心身共に成長していった。




 季節が変わりつつある秋のある日、練習中に3人は監督から呼ばれた。



「成海、豪山、神山。今日は紅白戦の方に出てくれ」


 基礎練習の日々からついに紅白戦へと呼ばれる。2年と3年がほとんどで1年は数少ない、その少ない1年に3人は選ばれたのだ。


 同級生での紅白戦はあったが上級生も居る紅白戦はこれが初めてであるが3人に恐れは無い。



 むしろやってやる、かましてやろうという気持ちしかなかった。




「でぇ!」


 ボール目掛けて勝也は右足を伸ばし滑り込む、意表を突くスライディングで相手の持つボールを弾く。


 そのままタッチラインを割ってスローインになるかと思えばボールを拾ってフォローする者が居た、成海だ。



 勝也がこぼさせたボールを成海が拾い、すかさず左サイドを攻め上がる。カウンターとなりドリブルで運ぶと相手DFが迫る。


 ギリギリまで成海は引き付けると左足で高いクロスを上げた。



 そのボールに合わせて長身の豪山が走り込んで高くジャンプ。


 ピッタリとタイミングの合った眉間に当ててのヘディングシュート、走り込みの勢いつけてのヘディングはDFに競り勝ちキーパーの反応した手を掠めてゴールへと入っていった。




「おおー!やった智春!何時もながらナイスヘッド!」

「お前も良いクロスだったぜ蹴一!」

 共に喜びハイタッチを交わす成海と豪山、その後に二人は勝也の方へと駆け寄る。


「勝也もナイスディフェンス!」

「度胸あるスライディングするよなお前」



「今更ながらすげぇコンビだよなぁ、お前ら」

 成海と豪山によるアシストとゴール。勝也はこの時思った。



 こいつらとなら中学の全国、行けると。





 ただ現実は甘くはない。


 紅白戦の結果からか勝也、成海、豪山の3人は公式戦で初めてのベンチ入りを果たす。ただ出番は無く他の先輩達が交代で出るのをアップしながらだったりベンチに座って見守る日々。


 チームは都大会予選ベスト4で惜敗。


 勝也の中学生活最初の1年は公式戦に一度も出る事は無かった。










「出てぇなぁ、全国」

 新たな年を迎えた1月。今年から2年となる勝也は自宅の炬燵に入り勉強に追われていた、成海と豪山も神山家に招いており彼らも同じ炬燵に入って勉強していた。


 その時目の前のテレビでは新年恒例となった高校サッカーが流れており今自分達の居る中学サッカーよりもレベルが高く長い時間を戦う彼らが映っている。


 全国で戦う彼らを見て勝也はぽつりとそんな言葉が出て来た。


「お前は全国出てたろ小学校の時、俺らは予選落ちで全国の舞台味わってねぇぞ」

 前に勝也から全国に小学生時代出ていた事を話したのを覚えている豪山、勉強の手を止めて勝也の母が置いてくれた多く積まれた蜜柑の一つを手に取り皮をむいて一つ口に入れる。


 熟した甘い蜜柑で美味い。


「そうだけど、出たいんだよ中学も。それに高校も、今年は俺ら2年だし1年の時と違って試合出れるチャンスはあるんだ」

「まだ中学の全国出場も決めてないのにもう高校か、気が早いよな」

「あとたった2年の話だろ。早くもねぇよ」

 成海は一足先に勉強を終えたようでじっくりと高校サッカーの方を見ていた。これに勝也も早く勉強終わらせようとしていたが苦手な数学で苦戦して中々終わらない。


「2年…て高1だろ、そん時。また基礎練の毎日で試合出させてくれないんじゃないか?」

「あー……」


 蜜柑を食べる豪山に言われ、数学とは別で悩む勝也。

 中学で1年から基礎練習の毎日だった。高校でもおそらく強豪校とかは1年目はそんな日々が待っている事はほぼ確実かもしれない。



 小学校から中学校、そして高校と上がるにつれてサッカーの試合時間は長くなる。


 最初の40分から60分、そして80分と90分。


 長くなった時間の感覚に不慣れで基礎体力不足のうちに試合に出てはフル出場はおろか、怪我に繋がる可能性が非常に高い、それで壊れる選手を出さない為に1年目は大事に基礎練習を積み重ね準備していく。


 中学でそれがあって高校でそれが無いという事はありえないだろう。



「お、今の凄く上手いなぁ。智春、お前もボール持ってない時の動きとかもっと意識した方がいいぞ」

「わーってるって」



「あー、集中出来ねーから試合終わってからにしよ!」

 結局勉強に集中出来ない勝也は成海、豪山と共にテレビの高校サッカーを蜜柑食べながら見るのだった。












 季節は中学生活2年目の春を迎え、3人は2年生へと上がる。


 そしてサッカー部の方に新たな部員がまた加わって来る。勝也達の後輩となり、彼らもこれから基礎練習の毎日を味わう事になるだろう。

 どれくらいついてこれるのか、とそれぞれが思っていると…。



「倉石京子、2年。マネージャー志望です、よろしくお願いします」



 身長が伸びてきた勝也や成海と同じぐらいの背丈の女子、青髪のセミロングでクールそうであり近寄りがたい雰囲気が漂う。

 ただ確実に言える事がある。彼女は美少女だ。


 一部の男子が盛り上がる声に対して監督が叱る。



「(……綺麗な子が入ったなぁ)」


 京子を見た勝也はこの時初めて異性を意識したのだった。

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