第35話 勇姿と勇気をその目に焼き付けて
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
Uー12少年サッカー大会 柳FCは破竹の勢いで勝ち進んでいた。
キャプテンマークを巻いた6年生の勝也が攻撃陣を引っ張りゴールを量産し、守備では弥一の(心が読める)先読みからのコーチングが光り相手チームの攻撃を止めきる。
そのおかげでチームは毎試合3点差以上で勝っており圧倒的強さで東京予選を勝ち抜き全国大会出場を難なく決める。
そして全国大会の決勝戦、柳FCはフィールドに立っていた。
決勝まで勝ち進み彼らの前に立ち塞がるのは前回大会で柳FCが負けたチーム。勝也にとっても因縁の相手となる。
前回は土壇場で失点して敗れた、それは弥一も見ている。だが今回は違う。
自分が守っている時は破らせない。二度も勝也を負けさせたくない。
「いいよー!ナイスディフェンス!その調子ー!」
味方の好守備に弥一は声を出して盛り立てていった。
「(ホント、良い声出すようになりやがって)」
少し前はコーチングを知らずに全部一人で止めるような奴だったのが嘘のようで今はコーチング得意になった弥一、弟分の急成長した姿に思わず勝也はフッと笑みを浮かべていた。
「攻めろ攻めろ!右走れ!」
弟があれだけ守ってるのに兄貴が頑張らないでどうする、と自らに言い聞かせ勝也も声を出して行く。
柳FCが攻め込み、味方選手がシュート。枠内の右に飛んでいき1点のチャンスだ。
しかしこれを相手キーパーが横っ飛びでダイブからのキャッチ、見事なスーパーセーブに会場から歓声が上がる。
するとすぐに相手キーパーが起き上がりパントキックで一気に前線のFWへ送る、此処まで大会で一番ゴールを量産してる今大会No1のFWと呼び声高い選手。
前回大会でも柳FCは彼のゴールにやられている。
DFにとって厄介な存在だ。
柳FCのDFが正面から止めに行く、すると相手FWはキーパーから来たボールに対してDFの動きも見えてたのかそのままトラップせず軽くボールを足の甲で蹴るとDFの頭上をふわりと通過。
高等テクニックのダイレクトループだ。DFはこれを読めず、相手FWはその間に横を通り落ちてくるボールへと走り込む。後は落ちてきた所に再びダイレクトで今度はボレーを撃ちに行く。
決まればカウンターから文句無しのスーパーゴール、大会MVPは間違いなく彼の物となるはず。
だがそれを許さないとばかりにこのダイレクトプレーを最初から読んでいたのか、ループのボールに飛び込んで行く影が相手FWから見えた。
弥一だ。
彼は相手FWよりも早くボールに飛び込み、思い切り蹴ってクリア。
このスーパーゴールを実現させはしないと弥一はやって来る事を心で見ていたおかげでこの思い切った飛び込みが出来たのだ。
攻撃のスーパープレーに対して守備のスーパープレー。会場のボルテージは上がり続け、1点が重くのしかかる時間帯になってきた。
敵味方共に足が重くなってきて勝也も息を切らすようになる、後半の終盤。最も身体が言うことを聞きづらくなってしまう時間帯。
加えて全国大会決勝という大舞台。普段では感じない雰囲気と圧をその身体に受け、普段よりも身体が重いと感じてしまう。
「敵さんも苦しいはずだよー、此処乗り越えれば勝てるよー!」
そんな中で弥一は手を叩いて声を出す。
声を受けて勝也は相手の方を見る。
相手チームの方も疲労の色が見えており息を切らす選手が何人か居た。
自分が最も苦しい時は相手も同じように最も苦しい時、つまりチャンスだ。
勝也は疲労した身体に鞭打って前を向いた。
「準優勝なんかくそくらえだ!優勝するぞお前らぁーーー!!」
仲間だけでなく自らも奮起させるように、叫ぶように勝也は言うと再びボールを持って攻めに出る。そして彼は単独でエリア内へと突如侵入。
パスで来ると思っていた相手DFの意表を突く事に成功するも相手の方も1点もやれないと必死のディフェンスで勝也のドリブルを止めに行く。
「うわっ!」
その時、相手DFが後ろから勝也の足を引っ掛けて勝也はフィールドへと倒れる。
これに審判は笛を吹き相手チームのファールを取り、ペナルティキック。PKの判定が出された。
大事な場面でのPKの大チャンス、蹴るのはファールを受けた勝也。
此処まで相手キーパーは好セーブを連発して乗っている。そのせいか自信がある様子だ。
だが関係無い。勝也は深く深呼吸する。
こういう時こそ落ち着き、目を閉じる。
勝也の心境は弥一にも伝わっていた、この大舞台。1点を争う重要な局面で回ってきたPKのビッグチャンス。
緊張しない訳が無い。
PKに関してはどんなに名手だろうが重圧でコントロールが狂って外す事があるのだ。
PKを蹴るのに大事なのは技術ではない。
気持ち、勇気で蹴る。
かつて勝也はプロである太一からそう教えてもらった事がある。
そして笛が鳴り、PKが始まる。
しかし勝也はボールから離れない。助走をとって蹴るのが一般的なPKの蹴り方、しかし希に世界ではそうではないPKがある。
助走無しのPK
勝也は走らずそのまま助走無しでいきなり左足で蹴った。この大舞台でセオリーを無視したPKを実行したのだ。
ノーステップでのキック、今大会数多くPKはあったがこれをやった小学生は誰もいない。
「え!?」
これに面食らった相手キーパーは反応が出来ない、ボールはそのまま地面を転がり右へとゴールに入っていった。
助走無しのPK、これが見事に決まりついに柳FCが先制のゴールを決めて待望の1点が入った瞬間勝也は喜びの雄叫びを上げて彼へと目掛けて仲間が飛び込み祝福し共に喜びを分かち合う。
「すげー!今のPK!流石勝兄貴!見た!?ねえ見た!?今の有り得ない走り無しのPK!」
最後尾で弥一は味方キーパーと共に喜び、勝也の有り得ないPKに興奮していた。
最も勇気ある難しいPK。それを勝也は物にして1点をもぎ取った。
なら後はそれに応える為に0で終わらせる。
この1点を守りきる。
弥一は声を出し、自らも動き、相手のチャンスを潰し続けていった。
そして試合終了の笛が鳴り響き柳FCは歓喜の瞬間を迎えた。
全国大会優勝、去年成し遂げられなかった事が今年達成出来た。
ある選手は喜び、ある選手は泣き崩れ、監督やコーチは共に握手を交わし共にそれぞれ反応は異なれど優勝を喜び勝利を噛み締める。
「勝兄貴、やったねー♪」
「弥一!」
「おわ!?」
弥一が勝也へと駆け寄ると勝也は弥一を強く抱きしめた。
「ありがとな…!お前がいてくれたおかげで、勝てた……ありがとう…!」
勝也のその声は震えていた。弥一からは見えないがおそらく泣いている。
だが去年のような悔し涙ではない、今回は嬉し涙だ。
クラブを去る前の最後の大会を優勝で終えた。これで勝也は悔い無く卒業して中学へ、新たなステップへと進む事が出来るのだから。
代表してキャプテンの勝也が優勝旗を持ち、それを掲げる。柳FCが日本一に輝いた瞬間だ。
そして今大会のベストDFに選ばれた弥一は優勝トロフィーを手にしている。
これが弥一と勝也が共に同じチームでサッカーを共にした最初で最後の大会だった。
思い出の旅を終えて現実へ戻った弥一は目を開ける。
目の前の仏壇には小学生の頃より成長し高校生となっていた勝也の遺影。高校生となった彼は中々の銀髪の男前だった。
そして同じ部屋の棚の上には小学生時代、弥一と共に優勝を勝ち取った時の記念写真が飾られている。
小学生の勝也が居てその隣に弥一が共に写っていた。
本当だったらまたサッカーを共にするはずだった。日本に戻った時はそのつもりだったのが今となってはそれが永久に叶わなくなった。
遺影から小学校の時の写真へと弥一は目を向ける。
思えばあの頃はコーチングの大事さを知らないでいた未熟なあの頃、勝也に早めに教わって無かったら今此処に自分はいなかったかもしれない。
弥一にとって兄のような存在でサッカーの師であり同志でもある勝也。
彼の勇姿を見る事も、成長した自分を見てもらう事も叶わない。
目を伏せる弥一の目には光るものがあった…。
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