第33話 サイキッカーDFの誕生


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 神山勝也が通うサッカークラブ、柳(やなぎ)FCへと勝也に連れられてやって来た弥一。


 自分の通う学校、自宅からそう遠くはなく距離としては気軽に行ける。



 見学はOKという事なので弥一は勝也の案内でクラブへと入っていった。



「わ……」


 弥一の前では同じぐらいの小学生や上級生がサッカーの練習をしている光景が広がる。


 柳FCは小学校1年~6年からなるジュニアサッカーチームであり勝也はその中で3年生だ。



 小学校では同級生が野球ばかりだったのが此処ではサッカーをする子しかいない、これがクラブかと弥一は目を輝かせた。


「俺一人で教えるのにも限界あるし、本気でサッカーやりたいならこういうクラブは入った方が良いぞ」

「本気でサッカー…?」



 草の上で一緒にチームの練習風景を座って眺めていた所に勝也の言葉へ反応した弥一は彼の方を見た。



「仲良い奴とサッカーすんのもそりゃ楽しいよ、最初俺はそういう毎日だったけど…何時かな。何時の間にか本気でサッカーやりたくなっちまった。勝ちたい、大きな大会に出て優勝したい、プロになりたいって」


 勝也は最初友達とのサッカーによる遊びが始まりだった。それが楽しくて友達と過ごすサッカーを毎日のようにしていたが何時しか彼の心境に変化が出て来た。


 上手くなっていく内にテレビでプロのリーグ戦、海外でのサッカー、そして国を背負って代表同士で試合する国際試合。



 そういう所に自らも飛び込んでみたい。少年の憧れは強くなり、実際に行動して今彼はクラブチームの一員となっている。



「そんでお前も本気なら、と思ってつい勢いで誘っちまったけど…よくよく考えれば一人で決められる事じゃねぇよなこれ。お父さんとかお母さんの協力無しじゃクラブ入れないし、それにまだ弥一がどうしたいのかも聞いてないから…」

 さっきは弥一との1対1でつい熱くなりクラブを勧めてしまったが落ち着いて考えるとこれは弥一だけが決められる問題ではない事に勝也は後になって気付いた。


 勝也として自分一人の力でクラブに入った訳ではない、親にお願いしてクラブに通わせてもらっているのだ。


 サッカークラブへの入会には入会金や年会費、それに合宿費用や遠征費用と何かと色々金がかかる。それを小学生一人で払える訳が無い。

 家族の協力無しではまずクラブへ入るのは無理だろう。



 クラブを案内してもらった勝也とその日別れ、弥一は家へと帰ると母親の涼香にクラブの話をして通わせてもらえないかと話した。

 すると涼香は夫であり弥一の父親へと電話をして相談。

 父親は「弥一がやりたいならやらせてみれば良い」と話は意外な程にあっさりと決まった。



 翌日に親の涼香と一緒に弥一は再び柳FCへと訪れ、クラブ入会の手続きを済ませる。


 これで弥一は正式に柳FCの一員となった。



 改めてクラブ内を見学していると3年生のチームが練習しており聞き覚えのある声が弥一の耳に飛び込んできた。



 勝也だ。


 彼はボールを持って攻め込んで来る相手達に対して味方へと指示を送っている、味方はボールを持つ相手を囲んで相手は此処で横パスで包囲から逃れようと蹴り出した。

 しかしそれが狙いだったようで勝也はこのパスされたボールをカットする事に成功。



 勝也の指示によって相手からボールを奪い、攻撃を止める事に成功した。



 何時も自分にサッカーを教えていた勝也がああやって相手の攻撃を止めている姿、それが弥一の目に焼き付いて離れなかった。



 他のクラブの子が上手いドリブルで相手を抜き去ったりシュートを豪快に決めたりしているのも見てたが弥一には勝也のあの姿、あれが一番だと思ったのだった。








「え、お前ポジションDFにしたのか?」

「うん」


 練習が終わり、弥一は勝也と再会して柳FCに無事に入れた事を伝えた。勝也は行動早いなと驚いていたが弥一が自分と同じクラブに入った事を歓迎していた。

 そして弥一はポジション希望について聞かれるとDFだと答えた事も勝也へと伝える。



「確かに俺のドリブルに食らいつくぐらいの事してたから向いてるって言えば向いてるかもな…。うん、お前がやってみたいなら良いんじゃないか?まずは何でも試すのが良い」

 弥一が勝也のフェイントに予想外についてきていた時を勝也は思い出していた、あれを思えば弥一はDFとして機能出来るかもしれない。


 しかし勝也は正直大丈夫か?と思った、身体が大きくなく小さい方の弥一がDFをやるのは大変なのではないかと…。







「わあっ!」


 勝也の心配は当たっていた。1年生での練習、ドリブルで来る所やパスで飛んで来る所は分かっても弥一より体格で勝っている相手には競り負けて弥一は跳ね飛ばされてばかりだった。


 これにコーチからはポジションの変更をしてみるのはどうだろうと勧められたりもした。


 つまり弥一はDFとして向いていない、そう突きつけられたも同然だ。






 DFとして全然上手く行かない、勝也のように出来ないと弥一は落ち込んでいた。


 その落ち込む様子に勝也は声をかけた。



「調子はどう…て見ての通り、か」

 ベンチに座って項垂れる弥一の隣に勝也は腰掛ける。



「お前の読みは凄い、けど一人じゃゴールを守れない」

「……」

「見てたけど弥一。全部一人で止めようとしてただろ、あれじゃDFとして駄目だ。走り回ってすぐ疲れて動けなくなるし」

「あ…」


 弥一の方を見ないまま勝也は手に持ってたペットボトルの水を飲むと駄目だった所を指摘していく。


「コーチング、声の掛け合いを覚えた方が良い。もっと回りの味方を頼れよ」

「コーチング…?」


「声を出すっていうのはさ、ドリブルやシュートと同じぐらい実は大切な技術の一つなんだよ。攻撃でも守備でもな、テレビとかで見てたら凄さ伝わりづらいだろうけど…スーパープレーの裏にはコーチングもあったりするんだ。優れたコーチングが切欠で得点が生まれたり失点を止めたりも出来たりとかするし」


 勝也の言葉を耳にし、弥一はあの時見た勝也の守備を振り返っていた。


 自分一人でなんとかしてはおらず味方へコーチングで指示してパスコースを限定させ、ボールをインターセプト。


 個人ではなく組織の守備で守る、今の弥一はそれが全然出来ていない。その事を勝也は指摘していたのだ。組織で守れず自分で全部なんとかする、それは当然コーチもDF向きとは間違っても言わないだろう。



「でも……競り合いとかどうしたら、身体大きくないといけないのかな…」

「弥一、身体が小さくても勝てる方法はあるって」

「え?」


 声の大事さは理解出来た弥一、しかしもう一つの大きな問題。身体を使った競り合いはどうすればいいのか。これには負けてばかりだ。

 それに対して小柄でも勝てる方法があるという勝也の言葉に弥一は耳を傾ける。



「身体がデカい方が競り合いは圧倒的に強い、それは当然だよな。デカい方がパワーあるしリーチも長くなるんだ、けど世界じゃでっかいFW相手に止めまくるDFだって居る。何でか分かるか?」

「…………もっとパワーが実はあるとか?」

「あー、まあそれもあるかもだけど上手いDFはポジショニングとかボールを奪うタイミング。その技術がしっかりしてればでっかい相手にだってそんな負けやしないんだ、攻撃する方にもやりやすい位置とかやりにくい位置とかあるからさ。勿論さっき言ったコーチングも織り交ぜてな」


 ポジショニング、タイミング、コーチング。一人でサッカーをやっていた時にはまるで縁が無かった物ばかりだ。


 コーチの話よりも勝也の言葉は分かりやすく頭に入って行く、弥一にとっては勝也がコーチのような存在となっている。




「それでも不安なら身体をでっかくするしかないけど、そんなの出来たら俺が試したいぐらいだよ。俺だって3年の中じゃそんなでけぇ方でも無いし!牛乳は飲んでるのによー…」

 一番手っ取り早くはやはり身長を伸ばし身体を大きくする事だがそれは時に任せる他無い、勝也も身長は欲しいようで牛乳を飲んでいるが結果が出ないとぼやいている。


「そうだなぁ、テレビで見た事あるけど合気道っていう日本の武道があってさ。それを覚えると身体の小さい奴でも大きな奴を倒せるみたいだぞ。確か女の人が男を投げてるの見た事あるし」


「……………」











「あれ?コーチー、弥一知りません?」

 翌日、クラブでの練習が終わった勝也は弥一を誘って一緒に帰ろうとしていたが弥一の姿が何処にも無い。


 通りかかったコーチへと勝也は声をかけて心当たり無いかと訪ねた。


「あの子なら練習終わって早々に帰ったよ。急いでた様子だったから何事かと聞いたら近所の合気道の道場行くからって」


「え?合気道?(あいつ、マジで習いに行ったのか…)」


「驚いたよ、急に合気道なんて。しかもあの子の近所にある合気道を習う所って言ったら日本有数の合気道の名門、あの神王流じゃないか」


 落ち込んで相談をしたその日に弥一は行動し、合気道を習いたいと涼香に相談。これに再び父親と電話で相談すると「何かと物騒な世の中だし護身術を身に付けた方が良いだろ」と話はまたすんなりと決まり弥一は近所にある合気道の名門と言われる道場へとクラブへ通い始めて間も無い時、ほぼ同時に合気道も習い始めたのだった。










 そして3年後  弥一 小学校4年生




「右カバーして右ー」


「相手の左空いてるよ、そこ突いてこー!」


 柳FCの4年生の試合、弥一は味方へとどんどんコーチングで声を出していき守備でも攻撃でも声を出す事を怠らない。



 そして相手のパスが出され、相手FWと競り合い。相手は弥一よりも大きな4年生のFW。


 体格の小さい弥一、これに相手は強引に競り勝てると見て右から肩をぶつけに行く。



 しかしその狙いは心が読める、そしてクラブの日々の練習、更に合気道で師範からも驚かれる程の上達でその道へ来ないかと誘われる程の使い手となった弥一には通じない。


 寸前の所で相手のショルダーチャージを躱し、相手はバランスを崩して転倒。その隙に弥一はボールを奪う。



 彼のコーチングと守備の前に相手は1本のシュートも撃てず試合は柳FCの完封勝利。



 何時しか弥一は柳FC内でNo1のDFと言われる程までになっており、天才サイキッカーDFとして覚醒が始まった。

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