第3章 全ての始まりとなった者

第31話 彼へと天才は祈りを捧げる


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












「何だよ今日のサッカーは!」


 公式戦、1回戦で強豪と当たり試合は大方の予想通り強豪校が試合をリード。


 得点はどんどん入って行き前半だけで既に4-0とされて皆が下を向いて諦めのムードがチーム内に漂っていた。



 そんな中でリードされているチームの一人が声を張り上げ、その声には怒気がこめられている。


「何時もの動きが全然出来てないじゃないか!そんなガチガチの保守的サッカー、強豪どころか格下にだって負けるだろうが!」



 大量リードされ何も出来てないチームに喝を入れるかの如く彼は自分のチームへと怒った。


「今日のお前らは最低の弱さだ!こんなんで全国行けると思ったのか!?このまま負けて悔しくないのかよ!悔しいなら……!」





「本気でサッカーやれよ!!」






 その言葉を受け、彼を中心としたチームは奮起。


 後半に決死の猛攻を仕掛けて2点を返す事に成功するが、終盤に1点取られて5-2。



 2点差まで追い上げて来た時はもしかしたらと周囲はなっていたが最後は力尽きてしまった。




 これが彼らの最初の1年、始まりとなる。








 4月16日  日曜日



 王者八重葉学園との練習試合が終わり明日の部活に備えて試合に疲れた者はひたすら休み、元気な者は遊び、立見サッカー部員達は日曜日にそれぞれオフを過ごしている事だろう。


 その八重葉との試合で一人色々目立った選手、電車に揺られてスマホゲーをしている小学生のような彼がその選手だとは周囲の者は誰も分からないはずだ。



 何時もの私服に着替え、向かう先は何時も通っている場所から一つ先の駅。



 次の駅へ到着するアナウンスが車内に流れると弥一はスマホをしまって席を立ち、ドア付近へと移動。



 立見から一つ先の駅に弥一は降り立つ。僅か1個先の駅、それでも普段は降りる事の無い駅と町。来た事の無い駅で弥一は辺りを見回していた。



「弥一君」


 そこに声をかけて来る者が居て弥一は声のした方へ振り返る。



 弥一の前に短髪黒髪で身長は170cm程、黒いジャージを着た20代後半ぐらいの男が立っており軽く男が手を振ると弥一は男へと駆け寄る。



「太一(たいち)さん、お久しぶりですー」

 太一という男へと弥一は頭を下げて挨拶。二人は互いを知っており付き合いがあった。



「イタリアから戻ったならすぐ声かけてくれよ」

「あー、ちょっと入学手続きとかで色々バタバタしちゃって遅くなっちゃいました。それに太一さん、立場的に気軽に声かけられないし」

「何言ってんだ。気にするなそんな事」

 弥一と太一は話しながらも駅から出て停めてある車へと乗り込む。


 太一の所有する車で国産の赤い高級車で太一は慣れた様子で運転席に乗り込みシートベルトをし、弥一も助手席でシートベルトを着用。


「君の活躍、聞いてるよ。イタリアで大活躍だったそうじゃないか」

「日本じゃ取り上げられる事あんま無いジョヴァニッシミ(イタリアの下部組織で13~15歳の選手が所属)の事なのによく知ってますねー」


 弥一は小学校を卒業しイタリアに留学していた。場所はミラノ、地元クラブのジョヴァニッシミに所属して彼は日々イタリアのカルチョと触れ合いDFとしての技術を高める。


 日本とはまるで違う環境と地元のサッカー熱。それを肌で感じ、世界を知っていった。本場のプロによる高レベルのサッカーが繰り広げられるリーグもこの目で見た。


 朝練を当たり前のようにしてきて練習もほぼ毎日だった弥一は最初その違いに驚きつつ適応はスムーズだった。朝練無しで日本より少ない練習量、量より質を徹底してる海外サッカーではこれが当たり前で弥一も学んでいく。



「SNSの力はそれだけ凄いって事さ、てっきりあのまま残ってプリマヴェーラ(イタリアの下部組織で主に17~18歳の選手が所属)へ上がってゆくゆくはプロ。と思ったら日本に帰って来て…」


 車を走らせる太一、信号が赤になり止まると話していた太一はそれまで笑っていた笑みが消える。





「勝也(かつや)の事があったから……か?」

「…………」


 勝也、その名前を聞いてから太一と同じく弥一も笑みは無くなる。




 勝也



 それは太一にとって、そして弥一にとっても深く関わりのある人物、彼らはその関係で目的地へ向かっていた。









 車を走らせ、住宅街にまで来ると駐車場で車を停めて二人は目的地まで歩いて行く。

 そして古い一軒家の前で二人の足は止まる。



 表札には神山(かみやま)と書いてある。


「ま、遠慮せず上がりな」

 太一は慣れた様子で鍵を取り出してドアの鍵穴に差し込み回し、ドアを開ける。



「ただいまー」


「ああ、太一。お帰りなさい」


 太一と弥一を出迎える50代後半ほどの女性、太一の母だ。


 この神山家は太一の家、住み慣れた家で鍵を持っているのは当たり前の事だった。



「その子が…勝也と遊んでた子かい?」

「ああ、神明寺弥一君だ。こう見えて彼は抜群にサッカーが上手いんだぜ」


「初めましてー」


 太一は母へ弥一を紹介し、弥一は頭を下げて挨拶する。




 神山家へと通された弥一は太一とその母の案内で奥の部屋へと通される。



 神山勝也(かみやま かつや)



 太一とは兄弟であり太一は兄、勝也は弟。








 そして弥一にとっては兄のような存在であり弥一にサッカーを教えてくれた師でもある。






 弥一が通された部屋、そこには仏壇があり彼の遺影はそこにあった。




 弥一はその前に手を合わせ目を閉じる。





 サッカーを教えてくれた兄であり師でもある勝也。


 彼はもうこの世にいなかった。

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