第28話 冷静の中に燃える炎


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 後半戦、どれぐらい得点出来るのか。


 何点差で勝てるのか。



 勝って当然の試合、高校サッカー界の王者八重葉にとって立見は取るに足らない相手だと思った。




 しかしこの後半、10分がもう経過しようとしているのに得点は3-0。


 前半の3点のまま点差は動いていない。



 それだけではない、この後半は立見が2本のシュートを撃っているのに対して八重葉はまだシュートが撃てていなかった。


 前半あれだけ翻弄して攻め込めたはずの王者八重葉が得点どころかシュートが撃てない、まさかの展開に八重葉のベンチはざわつき始める。




 中盤でパスを繋ぐ八重葉、素早いパス回しからダイレクトで照皇へとパス。八重葉得意の速い攻撃リズムでチャンスを作ろうとするが…。




「(いただき!)」

「!?」


 最初から此処にボールが来ると読んでいた弥一はこのパスを簡単にインターセプト。


 これが先ほどからずっと行われている、王者八重葉の動きに完璧について行っている一人の小柄なDF。活躍しそうに無いと思われたのが高校No1ストライカーに仕事させずシュート0本に抑えているのは彼の活躍無しでは有り得ない。



「(馬鹿な!?何で今のパスを読まれるんだ!)」

 八重葉のパスの名手村山もこれには動揺を隠しきれず、攻撃は無意識の内に弥一に飲まれ始めてきている。



「高いボール放れ!あのチビじゃ照皇と競り合いは無理だ!」

 最後尾に居る八重葉ゴールを守る下川が大声でコーチング、高さで攻めるように伝えていく。

 低いボールならカットされる危険性はあっても高いボールなら高さの無い弥一は不利でしかない、高さなら確実に照皇が勝つ。下川はそう判断したのだ。



 その言葉通りボールを奪い返した八重葉DF戸川が上がっており、照皇へボールを高く上げるように蹴ってパスを送る。



 長身である照皇のボール。そう思われた。





 その時、弥一は素早く動き出しており照皇より前に出ていた。

「!(こいつの、このポジショニングは…!?)」

 照皇は気付いた。自分よりも早く弥一が正確な落下地点に居て最適なポジショニングを取っていた事を。



 小柄な選手でもヘディングで勝てる時がある、それは正確なポジショニング。そしてジャンプのタイミング。これが間違っていたらどんなに高さ自慢のヘッド自慢だろうと届かなくて正確に捉える事は出来ない。


 照皇は此処だと思うタイミングでジャンプ、しかし弥一は少し待って飛ぶ。



「(くっ!?高い!)」

「っ!」

 照皇と弥一が頭と頭で競り合い、ボールはタッチラインを割って立見ボール。照皇の方がボールに触れたと審判が判断したようだ。


 流石に高さある照皇が競り勝ったが楽に勝たせてはくれずボールをコントロールする事が出来ず外へと出てしまった。



「(信じられねぇな、あれ上背あったら負けてたのマコの方じゃないか?)」

 何時しか帽子の男子はポテチを食べる事を忘れ、試合の方を見ていた。


 互角の弥一と照皇の空中勝負、弥一が小柄だったので照皇にかろうじて軍配が上がったのだろうがそうではなかったらと思うと軍配は逆だったかもしれない。



「ったぁ~…流石に高さはきついなぁ、でも…楽に頭使わせなかったよね今?結構苦し紛れに思えたよ」

「っ……」

 フィールドから立ち上がり埃を落とす弥一はそのまま照皇へと話しかけていた。


 弥一の言葉に照皇は図星だった。競り勝って頭で味方へ落としシュートチャンスに繋げるつもり、だが予想外に弥一が高さで競り合って来てコントロール出来ず結局タッチラインに流れるミスになったのだった。



「照皇と高さで互角…!?」

「ま、まぐれだろ…あんなチビが…」

「まぐれで互角に競り合えるか…!?」


 まさかの展開に八重葉ベンチはどよめく。想像以上の弥一の活躍、照皇がこの後半シュートが撃てない事に衝撃はベンチに広がっている。



 2軍にとって照皇は絶対的エース、その彼が此処まで止められている事は八重葉の士気に大きく関わっていた。



 そして照皇が駄目なら他の選手で行こうと村山から正確なパスが出されてボールはもう一人のFW坂本へ。しかしこれに素早く間宮が守備につき、激しく競り合う。


「うおっ!」

「くう!」


 闘志溢れる間宮がこれに競り勝ち、坂本からボールをこぼさせた。素早く影山が八重葉に拾われる前にこのボールをキープし、八重葉の攻撃を止める。



「(あのチビ、本当に照皇を抑えてやがる……後半戦任せてどうなるかと思ったけど…)」

 此処まで弥一が照皇を止めている事に間宮は正直驚いていた、一人で彼を止めるなど無謀にも程があると思っていた。しかし弥一はそれを実行し本当に止めていた。




「お前ら神明寺の活躍に負けてんじゃねーぞ!!」



 有言実行されてこのまま弥一に負けてはいられない、此処で先輩として意地を見せて負けじと目の前の相手を一度も通さない。その気持ちと共に声を張り上げて回りを盛り立てていく。



 守備がボールを取ってくれているおかげで立見は攻撃出来る時間帯が前半に比べて格段に増えている。


 キャプテンの成海を中心に攻めて行く、だが八重葉の方もDF大城を中心とした守備力でゴールは割らせない。



「(くそ…!神明寺があれだけ照皇を相手に戦ってる時にこっちは1点も取れていない、攻撃は良いリズムが生まれつつあるのに…!)」


 弥一が八重葉の攻撃チャンスを潰しているように大城も立見のチャンスを多く潰してきていて、両DFの奮闘が目立つ試合になってきた。


 恵まれた体格の正統派DF大城鉄二、才能とセンスの天才DF神明寺弥一。


 対照的な二人がチームの守備を支える。




「両サイドのスピード気をつけろ!特に左速いぞ!」

 大城のコーチングで守備を整え、八重葉は押されてはいるが大崩れまではしておらず立見の攻撃を跳ね返し続けていた。


 ミドルレンジからのシュートを狙える成海に八重葉が二人がかりで厳しくプレスをかける。


 これに成海はヒールでバックパス。



 このボールを受け取るのは弥一、すると弥一はボールを前へ右足で大きく蹴り出した。



「(ミスキックか?)」

 構えていたGK下川、しかしボールは彼の守るゴールマウスから右へと大きく逸れている。これはこのまま流れてゴールキックだろう。




 その時、ボールは大きく曲がってゴールへと向かって行った。

「!??」


 これに下川は慌てて飛ぶが右上隅に僅かに届かない。




 カァンッ



 ゴールかと思われたがポストに嫌われ、ボールは外へと出てゴールならず。遠くから曲げた弥一のバナナシュートはあまりに惜しかった、しかしこの一撃は八重葉に衝撃を与えていた。



「(なんてシュート撃つんだよ!?あんな曲がるのか今のバナナシュート!)」

 あそこまで曲がるバナナシュートを実際に見るのは初めてだった村山、同じシュートを真似て撃とうにも村山では弥一のように撃つ事は至難の業だ。




「(今のは、もう少し行っていたら入っていたかもしれない…!成海だけでなくあいつも攻撃で要注意か!)」

 大城はこの一撃で弥一を意識し警戒するようになる。守備の時に彼の飛んで来るかもしれないロングシュートは注意するべきだと。




「(あー、今の曲げが足りなかったかぁ…)」

 シュートを撃った弥一は位置へ戻りながら今のシュートについて修正を考えており、次は確実に枠内に放り込むようにしようとしていた。

 その弥一に照皇はじっと見ている。







「右行け!右!」

 村山は右上がれと指示、それに素早い上がりを見せる山岸。その瞬間村山の正確無比な右足によるパスで山岸まで渡ると高いクロスを上げる。


 その瞬間。



「行った!大門!」

「おう!」

 高いボールが上がる事が心を読んで分かった弥一は大門へと瞬間に伝えた、そして大門は飛び出すと高くジャンプ。


 ジャンプする照皇の前に大門の両手が伸びて高いクロスボールをキャッチ。倒れこむ時までボールを抱えて離さない。



「うお!高ぇ!?なんてジャンプすんだよあのでっかいキーパー!」

 八重葉ベンチは今日何回驚いた事か、弥一の守備に優也のスピード、そして大門の高いジャンプ力。








「(落ち着け、シュートが撃てない時ぐらいよくある。それは我慢の時間帯、今は我慢の時…それを凌げば再びチャンスが来る…)」

 未だシュートを撃てない八重葉、そして照皇。その中で照皇は心を落ち着かせようと自分に言い聞かせる。


 試合において冷静さは大事であり高校生ながら彼はそれを身に付けていた。いかなる試合でも冷静に試合をしてするべき事をする。


 しかし此処まで弥一に翻弄されており滅多に乱れない彼の心が揺らぎを見せつつある。


 今まで見た事が無いタイプのDFで彼の前ではまだ一度もシュートが撃てない。



 意地でもこのDFを突破してシュートを撃ちたい、ストライカーとしての気持ちが沸き立ちながらも冷静に落ち着くようにしていた。







「………おい」

 その時、八重葉ベンチが動いた。監督が控えの選手に話し、ジャージを脱ぎユニフォーム姿となる。その数は二人だ。








「八重葉、メンバーチェンジ!10番、7番アウト!」



「!」

 告げられた交代、それは照皇の耳に届く。


 普通ならすぐ従うべきであり即刻フィールドを出ていかなければならない。



 だが今日の照皇はまだこのフィールドを出たくないと思った。まだ此処でするべき事をしていないからだ。



「照皇、出ろ!交代だ!」

「……はい」

 八重葉のキャプテン大城の言葉で照皇は歩き出す。




「言った通りになっちゃったね、1点も取れずハットトリック出来なくてシュートも0本」

 歩き出す照皇に弥一は言う。



「試合はそっちが勝ってるけど勝負は僕の勝ちって事でいいかな?」

「……………」



 弥一の言葉を無視するかのように彼はフィールドを歩き、交代選手の元へと向かう。回りから見れば彼は冷静そのものに見える。





 だが弥一には違って見えた。








「(心で分かるよ、本当は…得点出来なくてシュートも出来ない事が悔しくて悔しくてたまらないって)」


 冷静に見える照皇、だがその心は悔しさによって燃えたぎっていた。


 試合はリードしている。だがこの試合において最後まで弥一に勝つ事が出来なかったのが照皇にとって大きな心残り、その無念を残したままフィールドを去る事になったのだった…。

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