第26話 天才サイキッカーDF出陣


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











「あいつ、先輩達相手にあんな事言って…!だ、大丈夫なのかよ?」

「俺に言われても……どうなっちゃうのか…」

 弥一が先輩達を怒鳴る姿、それはベンチから見ていた摩央や大門にとっても衝撃的であり優也はリアクション薄いながらも内心では驚いており、幸はどうしようと慌てている。


 そんな中で京子は弥一の方を静かに見ていた。




「本気でサッカーやれよ!!」



 本気のつもりだった、全力で出来る事をやってたつもりだ。それをあの1年は何を分かったような事を言ってるのか。


 生意気な後輩に対して腹を立てるのも何人か居た、しかし言い返す事が出来なかった。




 心が折れて王者に対して逃げ腰のサッカーになってしまって萎縮していた、選手達も気づかない間にそれに陥っていたのかもしれない。



「あの1年のガキが好き放題言いやがって……!」

 3点取られ、間宮は力の差を思い知らされ王者に屈しかけていた。しかし弥一の言葉で怒りが闘志となっていく。



「このままやられっぱなしでバカにされたままで終われるかよ!悔しいままで終わるの嫌だろお前ら!?」

 間宮は周りの立見の選手へと声を張り上げる。このまま負けたらそれは八重葉だけではない、弥一にまで負ける事になってしまう。


 あそこまで言いたい放題言われて何も出来ず終わったらこの先のサッカーはもう無い。



「そりゃ……このまま負けるのは嫌だよ、ボールを長く持ったりしたりフォローとかも無かった…修正そこから、だよね」

 声を張り上げる間宮と対照的に静かに気持ちを出していく影山、彼とて負けるより勝つ方が良い。当然の事だ。


 王者の前に基本的な事が出来てなかった、まずはそこからやり直そうと影山は立ち上がる。



「弱腰か…言ってくれるよな、俺が何時あいつにビビったってんだよ…!」

 豪山も弥一の言葉に黙ってはいない。大城の高さと屈強な守備の前に何も出来て無い今回、東京予選ベスト8がただのくじ運と言う生意気な1年に思わせて終わるのはあまりにも情けない。


 徹底的に大城と戦う覚悟を豪山は固める。



「……久々に聞いたな、ああいう喝。「あいつ」以来だ」

 以前も聞いた弥一のような激しい言葉。それを成海は久々に思い出す、そして王者相手に気持ちで完全に負けていた。

 此処で奮い立たせ、再び立ち向かわなければ弥一、そして思い浮かべた人物にも顔向けが出来ない。



 3点のビハインド、もう一度戦うしかない。



「1点返そう、リスク恐れるな!攻めるぞ!」

 成海の言葉に立見はそれぞれ前を向いた。このまま八重葉に負けられない、弥一に言われっぱなしで終われない。







 成海はボールを持って上がって行く。

「(またか)」

 そこに近づいて行くのは村山、彼はこの試合何度も成海からボールを奪っている。今みたいに成海が長くボールを持っている所に忍び寄り死角から足を伸ばす。


 今回もその繰り返しになると思った。



 だが成海は行くと見せかけ、右へとパス。右サイドを走る田村だ。



「(本気でやれだと?充分本気だってのに!もっと本気出せってかこの野郎!!)」

 弥一の言葉にムカついていた田村、このパスは長くなりタッチラインに流れそうだったが意地のダッシュでボールに追いついていく。


「お!?」

 ボールが出ると思っていた八重葉DFの戸川、田村が追いついたのは想定外か出足が遅れた。


 そしてクロスを上げる、と見せかけて田村は中央の成海へとパス。



 これに村山が再び成海へと迫るが成海はこれをトラップせずスルー。



 ボールを受け取ったのは何時の間にか前線へと上がっていた影山、相手守備が迫る前に影山は前線に居る豪山へと低いパス。


 豪山がパスを受けると後ろから大城の守備。この圧を受けて前を向く事が中々出来ない、190cmの大型DFによる屈強なディフェンスがそれを許さなかった。


「!(此処、だ!)」

 厳しい守備を受ける中で豪山は見つける。それは大城の股の間、これに一瞬の閃きから豪山は後ろを向いたままカカト使ってボールを蹴り、大城の股の間を通した。



「うおっ!?と!」

 急にボールが大城の股の間を通って来た事に此処まで出番が無かった八重葉のGK下川はこのバックヒールシュートに驚き、ボールを弾くも体ごとボールに覆いかぶさりキープ。



「くっそ!」

 豪山はシュートが決まらず悔しそうな様子、大城やGK下川の隙を突いて決まれば技ありのゴールだった。


 この試合初めてのシュートは一瞬王者を慌てさせる。



 GKからのスローイン、そこから素早くパスを繋ぎカウンターへと出る八重葉。


「10番俺行く!川田18番注意!」

 間宮の指示で守備陣がそれぞれ素早く動く。カウンターに備えて4点目は絶対に阻止する。



「(守備陣に負担をかけないように…!ボールを奪えないまでも時間を稼げれば!)」

 成海はボールを持つ八重葉MF海道の前に立つとボールを無理に奪いには行かず、間合いをとってパスコースを消しに行く。

 これに海道は足が止まる。


 守備戦術の一つで相手の攻撃を休ませ、味方の守備体制が整う時間を稼ぐ。ディレイと呼ばれるものだ。



「戻せ!」

 そこに村山の声が飛び、海道はボールを戻し村山の方へ。



 すると村山はこのボールをそのまま強く勢いよく蹴った。



 思い切ったロングシュートだ。



「っ!」

 このシュートを川田がブロック、ボールが弾かれて高く上がったボールに照皇が向かい飛ぶと間宮も飛ぶ、空中戦で頭と頭のぶつかり合い。


 ボールはゴールの方へと流れていき安藤がジャンプして流れたボールをキャッチする。


 カウンターで4点目という危機はこれで防ぐ。





「(そうそう、ちゃんと出来るじゃん先輩達と川田)」

 この試合初めてのシュート。そして攻撃を送らせ、相手に遠めのシュートを撃たせて防ぐ。さっきまでの立見と比べればだいぶマシになってきた。


 弥一は立見が立ち直った事を感じたら草の上から立ち上がる。

「じゃ、戻るよ。多分今度はフィールド居ると思うから」

「あそこに?お前吹っ飛ばされて怪我しても知らねぇぞ、それにあんな事言ったんだ。自分で下手なプレーやっちまったら空気また悪くなる、それを分かった上で言ってるか?」

「勿論」

 帽子の男子は弥一が試合に出るなら彼は色々とリスクを背負う事になる。チームに喝を入れた張本人が下手だったら立ち直ったチーム内に亀裂が走るかもしれない、彼の言葉に弥一は短く返事を返す。



「得点は知らないけど、確実に言える事はあるよ。僕が出たら八重葉はもうこの試合得点出来ない」

「何?」

 此処から逆転すると意気込む訳ではない。得点出来るかどうかは知らない、ただ弥一はこれだけは言えるとハッキリした口調で言い切った。


 王者八重葉は弥一が試合に出たらもう1点も取れない、と。





 ボールを持った安藤が反撃とパントキックで大きく蹴り出し前線へと送る、そこに審判の笛が吹かれた。



 前半の40分が終了してそれぞれがベンチへと戻って行く、立見のイレブンが戻って来ると弥一はその前に現れた。


「先輩達、最後の10分ぐらいはちゃんとマシなサッカー出来たじゃないですかー」

 あの怒鳴ってた姿は何処にもなく何時ものマイペースな弥一だった。



「お、お前!まずは謝罪だろ!?先輩達に対してあんな暴言って…!」

「え?謝る必要あんの?」

 摩央は先輩達に言った事があのまま許されるとは思えずその前に謝ってしまった方がいいと詰め寄るが弥一は何も悪い事してないといった態度。



「必要は無い」

 それを言ったのはドリンクを飲んでいた成海。


「正直お前の言う通りだった、心は…言葉では奮い立つよう言っても知らず知らずの間に心と体は八重葉に屈してた。お前があそこで怒らなかったら前半3-0程度じゃ済まなかったかもしれない…」

 弥一に怒鳴られ指摘された事、それは否定が出来ない事実であるのを成海は認める。



「それでキャプテン、後半どうするんですか?立ち直ったのは良いけど相手の八重葉はそう簡単にゴール許さなそうですし」

 後半に向けてどうするか弥一は成海へと尋ねる。


 2軍が主とはいえ王者八重葉、ゴール前には屈強な大型DF大城が居る。彼の守るゴールから1点は簡単ではない、それが追いつくための3点、逆転の為の4点ともなれば至難の業だろう。



「歳児、身体を動かしといてくれ。後半鈴木に代わって交代だ」

「!はい」

 成海は優也へと見て後半から出るように伝えると優也はアップしに行く。



「それと神明寺、大門。二人も川田、安藤に代わって出てくれ」

 そして弥一、大門の方へと成海は交代を告げる。



「あ、は、はい!」

 大門は呼ばれてベンチから立ち上がり優也に続いてアップへと向かった。



「はーい」

 弥一の方は既に軽く走った後なのでアップは終わっている。その間に八重葉の帽子の男子と喋ったりしていたのは内緒ではあるが。



「おい」

 そこに弥一を呼ぶ声、振り向くと腕を組んでいる間宮が弥一を睨むように見ている。



「あれだけの事を言いやがったんだ、てめぇがフィールドで情けねぇプレーでもしたらタダじゃおかねぇぞ」

 自分達にああ言って弥一がまるで歯が立たず八重葉の前に屈するなら間宮は弥一を許す気は無い、守備で足を引っ張ったら怒鳴る気なのは間違いないだろう。


「しませんよ、そんなプレーしたらサッカー部をすぐ退部してサッカー辞めますからー」

 間宮を前に弥一は変わらずマイペースに、ただ大胆な発言をした。間宮の言う情けないプレーをしたらサッカー部を退部してサッカーを辞めると。



 グイッ


 その時間宮は弥一の胸ぐらを右手で掴み上げ、自分へと引き寄せた。


「ちょ、間宮君…!?」

 間宮が弥一へと手を上げるのではないかと思い幸は慌てて止めようとしている。



「本気で言ってんのかチビ?」

 至近距離で弥一を掴んだまま見下ろす間宮、迫力があり後輩はビビる事間違い無い。


 しかし弥一はまるで恐れる様子も無く間宮を見上げており。



「本気ですよ。僕は連中に1点もやるつもり無いんで、これから先も誰にも」



「……相変わらずビッグマウスだな、フン」

 間宮は弥一を離す。これに幸はホッとし喧嘩が起こらないと安心した。







 ハーフタイムが終わり、八重葉の面々はフィールドへと戻る。

 それぞれ軽く汗を吹いたりドリンクを飲んだり話し合って後半に向けての話し合いと何時も通りの八重葉のハーフタイムの過ごし方だ。


「おい、あの説教チビ出て来たぞ。ユニフォーム着てる」

「マジか。あんな小さいのが高校サッカーついて来れんのかよ?」

 八重葉の一部は立見がフィールドへと出て来る姿を見る中で一際小さいユニフォームに袖を通した弥一に気付く。回りと比べて小柄な身体、小学生や中学生ならともかく身体が大きくなっている高校のサッカーで通じるのかとそれぞれ話していた。




 その中で再び目が合ったのは弥一と、そして照皇。



「や、天才ストライカーさん」

「………」

 弥一は照皇へと軽く手を振り、照皇は弥一の姿を黙って見るだけ。




 二人の天才はついにフィールドで向き合う。

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