第7話 不思議な彼はサイキッカーDF


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











「全試合無失点…?」

「あのチビ本気で言ってんのか…?」

「大門ってデカいキーパーが言うのなら分かるけど…」


 弥一の意気込み、彼の出場する試合は全試合無失点で行く。


 別に有り得ない事という訳でも無い。過去の高校サッカーにおいて一度も相手にゴールを許さず失点0で優勝した高校はいくつかある。


 どんなに堅守を誇るチームも何試合か連続で無失点を続けてもいずれ何処かで失点する、そしてその1点で敗退というケースは高校サッカーだけではない。



 簡単じゃない全試合無失点、それを躊躇いも無しで言った弥一の顔を成海はじっと見る。



「リベロ希望の神明寺弥一君か、覚えとくよ君の事」

 それだけ言うと弥一から成海は視線を外した、時間は6時50分。丁度練習開始時間が来ている。



「よーし、練習開始と行こう。まずは全員ウォーミングアップだ」



 キャプテン成海の開始宣言からサッカー部の練習は開始、部員が全員グラウンドへと出て皆でランニングしながら大きく両手を回している。



「走りながら何やってるんだあれ…?」

 摩央から見れば妙な動きをしながら走っている、そのように映って見えた。

「あれはブラジル体操…」

「わっ!?」

 いきなり摩央の後ろから気配を感じさせず声をかけてきた者が居る。摩央は見覚えがあった、弥一と大門の後をこっそり追いかけた昨日サッカー部の受付をしていた青髪のセミロング女子。彼女が摩央に後ろから部員達のやっている事を教えたのだ。

「ああ…驚かせた?私はサッカー部マネージャー3年の倉石京子(くらいし きょうこ)…よろしく見学者君」

「はあ…よろしくお願いします…」

 3年の先輩と知って摩央は京子へと頭を下げて挨拶を済ませる。


 部員達のブラジル体操はランニングだけでなくリズムに合わせて様々な動きをし、ステップを踏んだりしている。サッカー経験者は当然の如くついていき未経験者は動きに困惑して遅れていた。


 こうして身体を慣らしていき怪我を防ぐ事が大事なので念入りにウォーミングアップはする、ブラジル体操15分、更にボールを使っての運動を5分やって準備は終わりだ。


「初心者組は校舎内を軽くランニング、最後の方は全力ダッシュで行く事。経験者組は4対4のミニゲームに入る、1年4人と2年4人で組んで。キーパー無しで先に1点取れば終了、そこで次の組にチェンジ」

 今日の練習メニューを紙を片手に成海は読み上げる。初心者は初心者のメニューを用意、経験者は先輩部員達と練習に入る。


 キーパーはまた別メニューの練習であり弥一と大門は此処で別々に分かれる。



 最初の組がミニゲームで実戦さながらの練習へと入っており、経験者の1年生は各自が中学時代。または小学校からサッカーを続けてきた自信ある者達だが2年生の先輩達は彼らより先に高校サッカーを1年早く経験している。


 1年のFWが2年のDFと競り合いになるも突破する事が出来ず2年DFがボールを奪い、そのままパスを繋ぎ最後に2年FWがDF二人を躱してゴール。

 早々と2年生の勝利が決まり組の交代となる。



「うわぁ、流石先輩達…俺らはああならないようにしないとなぁ…」

「おう…」

 弥一の居る1年組、二人は2年の電光石火の勝利に萎縮気味となっている。このままミニゲームに入ったら負け戦はほぼ決まる事だろう。


「大丈夫大丈夫、二人ってMF希望だよね?」

「え?あ、ああ。まあ…」

 自己紹介の時に弥一は名前を聞いていたはずだがポジションは覚えていても名前なんだっけ?となっていた。それは口には出さずポジションの事だけ言って二人の顔を見上げている。


「だったらガンガン前に出てっていいよ、守りは考えなくていいからさ」

「!?いいのかよ、大丈夫か?」

 MFの二人には前に出てもらって攻撃的に行ってほしい、弥一はチームメイトの二人にその事を要求した。守りは不要だと。



「お前、全試合無失点で行くって言ったチビ…神明寺だよな?」

 3人とは別の声が聞こえ弥一に向けられた言葉に3人とも向くと歳児優也、足の速さで学校中の誰にも負けないと宣言した彼も同じチームだ。


「そいつが守りに自信あるなら言う通りにしとけ、それがハッタリなのかマジなのか此処で嫌でもはっきりするだろうからよ」

 MF二人へと言う通りにするよう言うと同時にまるで弥一を試すような発言を優也は言い、片方の目は前髪で隠れ、片目だけ見える彼の目は真っ直ぐ弥一を捉えている。


「強そうなFWと一緒でラッキーだねー♪よろしく、一緒に先輩を下克上してぶっ倒そうー!」

「フン、口だけは達者だなお前」

 明るく笑う弥一に視線をふいっと逸らした優也はポジションへと着いた。




「(下克上?こいつ、先に高校サッカーがどういうものか味わった俺らを舐めてんのか?全試合無失点といいデカい口ばかり叩きやがる)」

 弥一や優也達とミニゲームでぶつかる2年生達、下克上という言葉が彼らにもしっかり聞こえており高校サッカーを軽視してそうな弥一をあまり良くは思ってなさそうだ。


「おい、1年だからって加減はいらねぇぞ。本気でやって足の速さで負けないっつったFW共々高校サッカーは甘くないっていうの教えてやろうぜ」

「だな。挫折を教えてやるのも先輩の努めだ」

 2年達は最初からエンジン全開でミニゲームに臨み早々にゲームを終わらせるつもりでいる。先程終わった組以上の早い終わりを狙っていた。


 弥一や優也にお前達が思っている程高校サッカーというのは優しいものではない、舐めるな!と教えてやる気なのは明らかだ。



 ミニゲームは2年組の攻撃から始まる、早いパス回しで1年の陣内へと早くも攻め込んでいる。手加減など無い、本気の早いパスワークだ。

 彼らが1年の時に基礎をきっちりと積んで来て実力をつけてきた成果である。

「(これでラストパス、そのままシュートだ!)」


 此処でパスを送り、このパスからのシュートでフィニッシュ。これで電光石火の勝利が決まる。









「(先輩、パスがバレバレだよっとー!)」



「な!?」

 このラストパスで決めるつもりだったのが最初からこれを読んでいたかのように弥一はコースに飛び込んでてインターセプトに成功。

 2年達は急に飛び込んで来てパスを強奪いた弥一にぎょっと驚いている。


「(確か歳児って足の速さ滅茶苦茶自信ありそうだったし…だったらこのパス追いついてくれるかな?)」

 MF二人の自己紹介はあまり覚えてないが優也の自己紹介は覚えている、彼は足の速さなら学校中の誰にも負けないと言い切っている。

 彼がそれほどのスピードを持つのならと弥一は試すように前線の優也へと強めのボールを蹴った。



「(上等だ)」

 優也より前の方へと落ちてくるボール、同じように試されていると感じた優也は地面を強く蹴り一気にダッシュをかけた。2年DFも追いかけるがスピードは優也が上を行っているのか追いつけない。

 すると弥一の強く蹴ったパスにぐんぐんと追いついていき、優也は右足を振り抜く。




 ボールはゴールへと吸い込まれるように入った。1年組の電光石火によるカウンターの一撃で2年組とのミニゲームを制したのだ。


「ナイスゴール♪宣言は伊達じゃなかったねー」

「フン……これくらい当然だ、浮かれるのは早い」

 弥一は彼へと駆け寄り軽く背中を叩いてゴールを祝福、優也はゴールを決めるも浮かれておらず早くも次の組とのミニゲームに向けて準備している。



「何でパスがバレてんだ!?」

「ま、まぐれだろ…!カンが一回当たっちまったぐらいでビビるなって…」


「そこ!次の組始まるから空けて空けて!」

 逆に早々の負けを喰らった2年達は戸惑いが収まってない状態だった。成海に言われるまでフィールドから動けず、彼に言われてからやっと隅へと下がって行く。





「ふっ!とっ!」

 キーパー組の方ではキャッチングの練習が行われGK同士で組み、ランダムで投げられた方へとボールを追ってキャッチしていく。

 キャッチングと同時に反射神経や対応力も鍛えるトレーニングで今は大門が先輩のGKにボールを投げてもらっておりボールをしっかりと両手に収めた。

「おお、良いキャッチだなぁ。反応速度も良い、中々やるじゃないか」

「はい!」


 2年の先輩GKに褒められ、大門は張り切り練習を続けて小休憩の時を迎える。



「(向こうは…ミニゲーム練習か、あ。神明寺君)」

 大門が他の部員の練習へと目を向けると丁度ミニゲームで弥一の組が上級生の組と対戦している。







「(此処は左に…!)」

 FWは左へと動き出し、MFもそれに合わせてパスを出した。





「(はい、いただき!)」


「!?」

 しかしそのパスコースに弥一は飛び込んでボールをカット。最初のミニゲームに続いてまたもインターセプトに成功していた。




「(凄い、高校の先輩相手にパスを読んで攻撃の芽を摘んでる…)」

 イタリアで留学していたというのは伊達ではないようで、弥一の活躍する姿に大門は凄いと思った。


「どうなってんだよあいつ……」

「1個目のミニゲームからずっとあれだぜ…?まだあそこシュート全然許してねぇよ…」



「え…!?ちょ、ちょっと!先輩達、あのチームそうなんですか!?」

 部員の先輩達の会話が聞こえて大門は慌てて駆け寄り詳細を聞き出そうとする。


「そうだよ、俺らの攻撃も読まれて足の速いFWに繋がれて負けたんだ」







「凄ぇ、神明寺…先輩相手に勝ちまくりだ」


「(彼はどうなってる…並のインターセプト率じゃない、異常………まさか彼が…ダイヤの原石…!?)」

 口をぽかんと開けて驚く摩央の後ろで京子は表面上は冷静だが内心では弥一のカットに驚いていた。優也の活躍も凄いがそれ以上に弥一の攻撃阻止が光っている。


 凄い才能が立見サッカー部に来たのかもしれない、京子はそんな期待を抱かずにはいられなかった。







「(ていうか先輩達、心が全部丸聞こえだったからね)」

 そんな中、次のミニゲームも制した弥一のチーム。


 事前に攻撃が読めるのは弥一が人の心を読めるサイキッカーだから、全部相手が自分から手の内を隠しようが無い心の声で教えてバラしてくれる。



 それがサイキッカーDF弥一最大の強みであるという事は誰も知る由もない…。

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