友情の末に

枩ノ夜半

最初から間違っていたんだよ、僕らは。

蝉の喚き声が、耳障りな時期だった。今年もこんなやかましい時期が来たのだと思うと、気が滅入りそうになる。ここら辺はミンミンゼミだとかアブラゼミが鳴いているはず──なんでそれを思い出したのかは、よく分からない。でも、今一番分かるのは大親友の高橋に押し倒されて首を絞められている最中だということぐらい。もがく必要はない。高橋は、人を殺せるほど勇気のあるやつではないと自分は知っているからだ。高橋は俺に心配されたくて、いろんなことをしている──この殺人未遂的な行為を含めて。

高橋の手に力が入る──高橋は、首を絞めることでさえ下手っぴなやつだと思う。我ながら情けないもがき声。高橋の顔は、こっちをまともに見てくれないせいで見えやしない。

「たか、はし……」

喉を絞められているせいで上手いこと名前が呼べないが、全力を尽くして高橋の名前を呼んだ。高橋の顔が、弾かれたかのように俺に向けられた。高橋は、意味不明に泣きそうな顔をしている。本当に意味が分からない、泣きたいのはこっちなのに──まぁ、何度目かの殺人未遂で涙はとうに枯れ切ったわけだが。俺から高橋に向けた感情はもう、怒りを通り越して呆れという感情しか残っていない。

少しづつ、少しづつ、息ができなくなる──考えるための酸素が足りなくなった。

「あ゛…ご、ごめんっ…また…こんなこと、して…」

高橋の手の力が、緩んだ。そして、首から離される。

「あー…いいよ、気にしてない、気にしてないから」

高橋に、笑って見せた。でも、高橋は俺とは対照的にぐずぐずと、情けなく泣いている。高橋、そう声をかけてやれば、高橋は泣きながらこっちに視線をくれた。いつもこういう時、なんて声をかけてやればいいのか分からない。人の心に寄り添いましょうだなんだをポスターやら広告で見かけるが、俺には一生無理な話ってもんだ。

「…気が晴れるまで、泣きなよ。ああ、あと愚痴も、聞いてやるから」

始まりは、高橋の自傷行為を見た時だったと思う。その時は俺もそんな高橋を見るが初めてだったもんだから心配して親身に相談を乗ったりした、なんなら、高橋の為にと気分転換に行きたくもない外に一緒に出たんだ。けれども、高橋は調子に乗る男だ。高橋は、俺に心配されることによる悦びに依存したんだろう。高橋の行動はエスカレートしていってついにはこの様だ──けれども、やめろと怒ることなんて出来ない。だって、大事な親友だから。

そろそろ高橋が泣き止みそうだ。そういえば、晩御飯担当は俺のはずだがこのまま高橋を慰めてたら晩飯が作れないな。

まぁ、こんな日もあるか。

「高橋…酒でも飲む?」

「のむ…一緒に買いに行こ…」

「あれ、冷蔵庫になかったっけ」

「前に全部飲んだ…お前と僕で」

「あー、まじか…じゃ、買いに行こう」

ゆっくりと体を起こして、外を見た。お天道様は傾き始めている。


外に出て見れば、暑さが俺らを殺しに来ているようだった。頼みの風も熱風になって頬を撫でてくるし、日は傾いているにしろ、外は灼熱の炎の中にいるような暑さだった。

「あー、酒飲もうだなんて言うんじゃなかった」

俺の言葉に、高橋が掠れた声で笑う。どうせ作り笑いだろうな。

「後先考えずに言うからでしょ。ほら、早く買って涼しい家に帰ろうぜ」

「おうよ〜…」

暑さにもつれて重くなる体を引き摺って歩く。目的地のコンビニにつくよりも暑さに弱い体が熱って、顔が赤くなって行くのを感じる。

「あっつぅぅ…」

「あはは、顔真っ赤じゃん、山田」

高橋の顔を見れば俺とは対照的に涼しげな顔だった。

「異常気象過ぎるのが悪いんだっての……あーくそ、こんな短時間でもぜってー肌焼けるっての…」

「そうだね、肌焼けそう…」

消え入りそうな声でそう答えた高橋は目をどこか遠くへと移らせたらしい。無気力にぼーっとどこかを見る様は、まるで精神的に参った人間に見える。あの殺人的な行為も、本当に精神を病んでいるからしてしまうのだろうか──いや、その前に精神科に進めた方がいいだろうな。てか、なんでこんなに放置しておいて今更精神科を勧めようとするんだ、もっと早く進めれば良かったじゃないか──いや、行っていたと思ってたんだ。そういうことにしておこう。

「なぁ、高橋」

「──ん、なに?」

数秒の間がほんの少し怖い。

「今更だけど、病院には行ったのか?」

「行ってないけど?」

それがさも当たり前だ言うように答えるものだから、思わず言葉を詰まらせた。行かなかった理由まで、欲を言えばなんでこんなことをしているのかまで聞こうと話かけたつもりが、嫌に心臓が脈を打って中々に言葉が吐き出せない。この蒸し暑い暑さとは別に、汗の量が一瞬だけどっと増える。

「なんで行ってないんだ?」

「……は?行かなくてもいいだろ、迷惑なんか、かけてないし」

「いや、俺に迷惑かけてるじゃん、何度も死にかけて死んだペットの顔見えそうな時だってあったし…た、高橋?」

高橋の足が緩んで、完全に止まる。あと五分ぐらい歩かなきゃ行けないのに、突然として止まった高橋の姿は、傾きかけた日の逆光を受けて体全体が黒くなっていた。時間帯のせいだろうか、普段の高橋のせいだろうか、妙な危なげなさと不気味さを纏っている。

高橋の口が、微かに動いた。なんて言っていたかは知らないが、どうせ暗い言葉しか吐いていないだろう。そんなことよりも、早くコンビニに行きたい。

「お、おい、高橋…早く行かないと」

そう呼びかけながら、高橋の手を掴むと、高橋は小さな声で呟いた。まるで独り言のように、でも俺に問いかけるような言い草で。

「──間違ってたと思う?」

高橋の顔に、不自然な笑みが刻まれた。高橋の手を掴んでいた手が、ぞくりと鳥肌を立てる。

「なんの話だ?」

反射的に答えたことを、少し後悔した。高橋は笑みを消して、俺の手を振り払う。

「──んーん、気にしないで。ごめんね、急に止まって。じゃぁ行こ」

「…お、おう…?」

俺の手を振り払って歩く高橋に、どこか違和感を覚える自分がいる。きっと、いつもは横に並ぶようにして歩くからだろうか。さっきとは打って変わってどこか足取りの軽そうな高橋と共にコンビニに入り、酒が大量に並べられた陳列棚に真っ先に向かった。

「…明日も休みだし沢山飲んでも罰は当たらないと思うんだけど…って居ないし」

側にいるかと思いきや、高橋は雑誌コーナーあたりで立っていた。気になるものでも見つけたのだろうな。仕方がない、先に自分だけ選んでおこうとカゴを手に取り、手当たり次第に酒をかごに突っ込む──ほろよい系は避けて。気づけば、カゴの重さは相当なものになっていて、財布が後で泣いてしまいそうな量になってしまった。

「山田…ってこんな飲むのお前…引くわぁ」

「いいだろ別に、少しづつ消費してくんだよ。てか、高橋は気になるものでもあったのか?」

「……んー、睡眠薬を買おうかとみてたんだけど、やっぱり病院で処方されたものの方がいいなって…それだけ」

睡眠薬──高橋が言うと、自殺の道具にしか聞こえなくて思わず顔を引き攣らせた。

「山田、そんな顔すんなよ…最近はよく眠れないのは事実だし」

「…ごめん」

重たい空気が流れる。涼しくて体が休まる空間にいるはずなのに、思わず逃げてしまいたくなるような空気の重さだ。俺は、そんな空気を変えたくて、高橋に酒は買わないのかと聞く。

「あ、そういえばまだ入れてないや…じゃぁこれでいいや」

高橋が手に取ったのはパッケージにみかんのイラストが施されたいかにもフルーティな酒だった。酒と感じない酒が好きな傾向にある高橋らしい選択だと思う。けれども、高橋はそれ以上酒を手に取ることをしなかった。

「あー…それだけでいいのか?」

「うん、まぁね…あれ、酒弱いって話しなかったっけ?」

「そうだっけ。まぁいいか…てかつまみ買ってないわ」


「やっっと帰って来れたぁぁぁ…」

両手に掴まれた重いビニール袋をドカンとテーブルにおろし、床に倒れ込んだ。エアコンを付けっぱなしにしていたせいか、フローリングが冷たくて火照った体を冷やしていく。

「はは、冷たそー…いやぁ悪いね、全部持って貰って」

「じゃんけんに負けたからなぁ俺…今度はしないよ、じゃんけんなんて」

高橋が愉快そうに笑う──あの不気味さを纏っていたとは思えないくらい高橋の機嫌がいいと感じた。高橋を見上げながら、高橋を床に誘う。

「高橋、お前もこうやってみろよ、すっげー涼しいぞ」

「じゃぁ僕も、そうするか」

俺の横に横たわろうと腰を下ろす高橋を横目に、天井に目をやる。高橋が不意に声を出した。

「…大学やめてどっか行きたいなぁ」

「……俺は彼女が欲しい」

「じゃぁ彼女できたら俺は出てかなきゃだな」

「なんだよ急に〜」

出ていっても、高橋に行く当てがあるとは思えない。体を起こして、高橋の顔を見る。高橋は、無表情な顔で居た。なんとも言えない気持ちになって、ふと、今までの仕返しもしたいだなんて思った。伸びそうになる手と、危険な思考を必死に押さえ込んで、高橋に笑いかける。

「家にあげたりしないって」

安心しろ、そう最後まで言うつもりだったのに、高橋は語気を強めて言葉を発した。

「でも、僕って存在、邪魔じゃん」

ああ、そうだな、肯定の言葉が口に飛び出しかけて、腹の中に飲み込む。どうして、飛び出しかけたんだ?そんな風に、自分の言葉に頭を困惑させていると、高橋が俺の中を透かすように言った。

「やっぱりさ、山田は僕に消えてほしいって思ったでしょ。でも、言えないんだろ。知ってるよ、いや、分かってたよ」

「…酒、飲もうぜ」

我ながら、無理やりに話の腰を折ったと思う。これ以上この手の話題を話し続けていたら酒が不味くなる。それ以上に、話の続きが予想出来てしまったんだ。それを想像するだけで、頭が痛くなる。吐き気も来る。

高橋はそれに同意したように体を起こし、コップを取りに行くと一言告げて、台所へと行った。

ビニール袋をガサガサと漁り、最初の一杯をどれにしようかと手を探る。

「ま、どれ飲んでもどうせ同じだろ…」

「それはないでしょ」

「うおっ、いつの間に…」

いつの間にか、高橋がコップを片手に俺と同じようにビニール袋を覗き込んでいた。高橋が、あの酒瓶を袋から取り上げた。

「なぁ、そのみかんのやつって美味い?」

「おいしいよ、とっても…まるでジュースみたいで飲みやすい」

コップにその酒瓶の中身を注ぎながら、高橋はそう答えた。コップの中身が、綺麗なオレンジ色で満たされていく。そして、高橋の口の中に入っていった。俺も続くようにして、缶ビールを開けて、喉に通していく。つまみも買っているのに、変に手が伸びなかった。ただ早く酔いたかったんだ。酒の味が分からなくなるくらい、頭がバカになってしまうくらい酔いたかった。じゃなきゃ、どうにも高橋と話せない気がする。一本、二本、三本とテーブルに転がる空のビール缶が増えていくごとに何もかもがどうでも良くなっていく。

「飲み過ぎだよ、山田」

「べつにいいだろ…てかお前ぜんぜんのんでねーじゃんか…」

舌が上手く回らない、頭も、上手く回らない。ただ心地のいい感覚が、頭と体を駆け巡っていた。

「…山田、今なら僕の首、思いっきり締めれる?」

「あ?別にいいけど、多分そんなに力でねーって…」

高橋がため息をついた。いつも以上に、その様子がイラつく。何度も聞いてきたため息なのに、今はよくも悪くも、自然と言葉が口に出る。

「お前、いっつも不安定だよなぁ…なんでだ?人間関係上手くいかないなら一旦休学すれば?」

ガンッ──高橋がコップを力強くテーブルに置いた。俺の肩もそれに合わせて跳ねて、一気に酔いを醒させた。

「やっぱり、間違ってたんだよ、全部」

「なんだよ、急に」

「僕たち友達になるべきじゃなかったんだ。僕らは間違ってたんだよ」

「…は?急に、何言って」

不意を突くようにして、高橋の手が、俺の手を掴み、そのまま俺の手を、高橋の首にまで移動させた。高橋は、楽しそうに笑いながら俺に言う──弱くてもいいから首を絞めてくれ、と。俺はできるわけがないと首を振る。高橋は、まるで迷っている人間の背を押すような善人面で出来るだの大丈夫だの言ってきやがる。高橋の目は虚ろで、でも覚悟を決めたような、そんな目をしていた。

「む、無理だって…親友を締めれるほど、俺は…」

声が変に上擦って、自分らしくないほどに声が震えた。

「そっか。じゃぁ、さいごに聞いて欲しいことがあるんだ」

少し下向きだった高橋の目が、俺に向いて、しっかりと目を合わせる。高橋の目は未だ虚ろで、顔も何かを諦めたように清々しく笑っていた。どうしてお前は笑えるんだ。

「……できる限り、聞いてやるよ…だから、頼む、こんなこと──」

「愚痴を聞いて欲しいだけだって。ほら、山田は言ってくれたじゃんか、愚痴も聞いてやるって」

「……あ、ああ…そう、だったな…いいよ、いくらでも、聞く…その、手を離してくれないか。落ち着かないんだ」

「ああ、ごめんね」

やっとのことで、高橋の首から手を離すことが出来た。高橋は、まだニコニコと場違いに笑いながらそのまま喋り始める。こんなにも活き活きと愚痴を話す高橋は、見たことがない。

「俺ら、出会うこと自体間違ってたんだよ。だってさ、今、いや、死にたい以前に結構前からお前を殺したいと思ったんだよ。どうしてだろうな。はは、いや、原因は明確なんだよな。多分、僕は山田に嫉妬してるんだよ。だって、恵まれてるじゃん。僕、家にも周りにも恵まれてなくてさ、お前と一緒にここに住み始めたのも、地元から逃げたいからだ。別に、夢があるとかじゃない。未来もないようなもんだ。でも、山田。お前は違う。お前は大学とか行ってないくせに会社に入れて、しかも環境に恵まれて、夢もあるじゃん。羨ましいよ。高校までほとんど同じような感じだったのに、どこで違ったんだろうな。お前は僕のことをただの精神が不安定な友達ぐらいにしか思ってないだろうけど全部間違ってんだよ。俺はお前を殺したがってる異常者だよ」

まさか、あの殺人未遂的な行為に殺意が込められていただなんて思わなかった。しかも、たったそれだけの理由で。それだけか?そう聞けば、高橋は予想外だと言わんばかりに素っ頓狂な声をあげてさっきとは違う調子で話だした。

「あれあれあれ?これは誤算だったなぁ…まさか怒りも悲しみもしないだなんて。顔が無だよ、山田」

「…まぁな。聞いたところでって感じだしな」

言われてみて、今自分の顔に感情が表れている感じがしなかった。今一番冷静になれているのかもしれない。高橋はつまらなさそうにため息をついては勢いで殺してくれると思ったのにな、なんてとんでもないことを言った。

「俺がそんな人間に見えたか」

「うん、見えまくってた。事実、僕は死にたがってるけど自殺は出来っこないし事故なんてそうそう起きない、他殺じゃなきゃ無理だってあの時気づいたんだ。ちょっと前までは山田と一緒に無理心中でもして世間的には表面上僕らの関係が美しいものにしておいて、有名になってみたかったんだ。面白くない?」

「…俺を巻き込むんじゃねぇよ。俺まだ死にたくないし──」

酒を飲む行為に興醒めした俺とは対照的に高橋はまた酒を飲んでいる。高橋の顔が火照り始めたのを見るに酔いが回り始めたらしい。このまま酔わせて寝かせるのがいいだろう。明日は休みだが、休み明けの仕事も休んで高橋を病院に連れて行った方がいいのだろうか、不意に高橋と目が合う。

「あれ、飲まないの?」

「…飲む気が失せたからな」

「ふぅん…あ、そうだ山田。明日散歩しようよ」

さっきの出来事を勝手にチャラにした高橋は、俺の気を知らないでそんな提案をしてきた。こんな話を聞いてからでは普通に散歩するだなんて出来ない。高橋の本音を聞いた今じゃ、散歩先でもしかしたら無理心中をされるかもしれないのだ。

「はは、そんな顔しないでよ。そんなに僕が疑わしいのかな?」

俺はその質問を無視して、また床に寝そべった。天井は白く、なんの模様も見えなかった。天井が木だったら木目で変な顔でも見つけて気を紛らわしていたに違いない。

高橋が、酒瓶を持って俺を見下ろしていた。それで俺を殴るつもりだろうか、はたまた酒瓶の中身を俺にぶちまけるのだろうか。

「…どうした、高橋」

終秒間の沈黙と、高橋の何かいいたげな表情。高橋は、口を開いては閉じてをくり返し、何かを言うのを躊躇っているようだった。今更にそんな口籠もるようなことがあるのだろうか。あんな衝撃的な事実の後にだ。

「──仕返ししたいとか、思わないの?」

仕返し──高橋は俺からの仕返しも含めてあれを行なっていたとすると相当計算高い男だ。そんな高橋が、今になって恐ろしくなる。でも、高橋の思い通りにはさせたくなかった。何せ高橋には何がなんでも生きていて欲しいんだ。これがエゴだとしても、普通だろう?

「するわけないってぇ…あ、それだけか?」

「うん。それだけだよ…」

そう言えば、今更になって気になり出したことがあった。俺を殺したいとか言ってきたくせになんで、なんであんな風に、まるで懺悔するかのように泣いていたんだろう。もしかしてあれが高橋の嘘泣きだって可能性もあったが、どうにもその可能性が考えられない。だって、高橋が嘘泣きできるほどの演技力があるとは思えないのだ。

「なぁ、高橋は、俺を殺したいとか言ってたくせになんで泣いてたんだ?」

沈黙。もう一度、同じようなことを高橋に聞いた。また、沈黙。話したくないんだろう。どうせなら話してくれた方が嬉しいのに。

高橋は不意に酒瓶をカタンとテーブルの上に置いて、俺の顔を真上から見下ろすようにしゃがみ込んだ。高橋の顔は、酒のせいでどこか心地よさげな顔をしていた。そのまま、高橋の手が俺の顔に伸びて、そのまま俺の首へと伸びた。そして、首を手で包み込むように掴む──でも、病人のような弱々しい力だった。

「山田は、いいよね…普通で」

「……どういう意味だ」

高橋は答えずにふふ、と寂しそうに笑う。自分でも言っている意味が分からないから答えようがないのか、答えたくないから誤魔化したのかは知らないが一向に絞めてくる気配を感じない。不意に高橋の手が一本動いて、首を撫でた。

「…何がしたいんだよ」

「俺も、よく分かんないや……あーあ、自殺出来たら楽なのに…ねぇ、やっぱりどんな死に方が楽かな」

「…しらねぇよ。俺に聞くな……」

「…まぁ、しばらくは…山田を殺そうだとかせずに生きてみるよ」

その言葉を聞いてどれほど安堵したことか。ほっとして吐き出しきれなかった空気が吐き出されると同時に、込み上げてくるものがあった。思わず、寝返ってうつ伏せになる。

「そうかぁぁぁ…よかったぁぁぁ……」

「あはは、そんなに?」

「そうだぞ…正直ヒヤヒヤしてたんだよ……殺されるのはまぁいいやとは思ってるけど、お前が死んだら、多分、てか大親友が死んだら後追いはしねぇけど、友達をまた作ろうとか思わなくなっちまうな…」

「ふぅん…なんか嬉しいや、それぐらい大事な人間だって言って貰えてるみたいで」

「あったりめぇだろ〜!…あーだめだ、なんか、気ぃ抜きすぎて眠たくなってきた」

さっきまで無かった眠気が重しとなって体全体にのしかかってくる。

「だめだぁ起き上がれねぇ…このまま寝るか…」

「体痛めても知らないよ」

「あぁ…」

その言葉に生返事をした最後、俺は意識を夢へと落とし始めた。


翌朝は、最悪な目覚めだったと思う。意識がうっすらとしてきた始め、身体中が痛んでいることに気がついた。それ以上に、物音がしないことに違和感を覚えた。いつもなら、高橋がテレビでも見てたりカップ麺でも食ってそうなものだが。まぁ、酒を飲んだ後だしな、いつもより長く眠っているんだろう。特に痛む腰を手で摩りさすりながら立ってみれば、放置された酒達に紛れてレシートみたいな、実際にはレシートの紙の裏に、高橋が書いたであろう文字が刻まれていた。

──ごめんね。

昨日まではそんなメモ書きは無かったとは思うが、今までにしてきたことを直接謝るには今更過ぎるし、何に対して謝っているんだ──突然として、答えが頭の中に浮かんだ。いや、まさかそんなはずは無いんだ。高橋は、自分で明言した筈だ、もうしばらくは生きてみると。でも、この殴り書きの意味をどう捉えようにも、しか頭に浮かばない。


ふと、背後から視線を感じる事に気が付いた。

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友情の末に 枩ノ夜半 @bookyowa_0515

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