第三話(1) 部屋から追放

  「知恵個体と交渉要求するのクエスト?一体どういうことだ?」


  冒険者ギルドとの敵対関係が始まってから、ローグは偽名で一人の自由フリー冒険者を使って、ギルド内部の週間クエスト情報を密かに入手していた、それで冒険者ギルドの動きを探っているのだ。そして、今週のクエスト情報には、魔物との交渉を求めるのクエストを始める。


  冒険者と魔物は、決して共存できない。特に知恵個体と呼ばれる知的な魔物は、冒険者ギルドによれば上位の魔族から知恵を授かった「魔族の末裔」だとされている。冒険者ギルドの研修課程でも、知恵個体を見つけたら即座に消すべしと教え込まれるほどだ。それなのに、こんなクエストが出されるとは、あまりにも不自然だ。


  「【流口巧舌トーク】-戦術分析!」


  ローグは自身のスキルを発動させた。すると先ほどまで意味不明だったクエスト情報の内容が、冒険者ギルドの意図を示す数多の情報へと変わった。


  「なるほど、俺より先に魔物に接触して、魔王城内部にスパイを送り込むつもりか」


  ローグは一人言をつぶやく。


  「魔物は冒険者ギルドのように組織化されておらず、資源も乏しい。生きるだけでも精一杯なんだ。だから、脅しや餌で簡単に取り込めるというわけか。魔物が主体の魔王城にとって、冒険者のスパイを送るのは無意味だ。魔物のスパイを作るのが一番効果的だろうな!」


  ローグの装備しているスキル「【流口巧舌トーク】」は、交渉の場で優位に立ち味方に最大の利益をもたらすための特殊なスキルだ。交渉相手の心理を推し量る特殊な思考能力も含まれている。参謀不在のローグにとって、狡猾な冒険者ギルドに対抗するための切り札とも言えるスキルなのだ。


  (俺もさっさと対策を考えねばな。魔王城の立場上、魔物の入城を拒否するわけにはいかないからな)


  ローグはそう考えを巡らせるのだった。


  「ご機嫌よう」


  ローグが思考の海に沈んでいると、ふと汎用人型魔物-スケルトンが話しかけてきた。その人型の骸骨魔物筋肉のない骨格をピンと伸ばし、心臓のあるはずの骨の前で、握り拳を宛てて敬礼する。


  ローグは散歩がてら、クエスト情報に目を通していたのだ。その道すがら、このスケルトンいきなり敬礼したのである。その眼窩は空洞だから、その思考は測りかねる。ローグはただスケルトンを見つめ返すばかりだ。


  「すまねぇ、俺も竜人族式の挨拶を返した方がいいのかな?」


  ややあって、ローグはそう問うてみることにした。


  「あっ、いえ、私の不覚です……もう竜人族ではないのに、つい。アンデッド族って、生前の記憶が顔を出すことが多くて」


  スケルトンは右手を下ろしながら、照れくさそうに言葉を継いだ。


  アンデッド族は、魔物の中でもかなり特殊な魔物だ。それは冒険者を含む様々な生命体が、死後に生まれ変わったもの。アンデッドになれば、外見こそ人の形をしているが、内に宿る記憶は千差万別。その錯綜した記憶が周囲に危害をもたらすことは、不死である以上に厄介だとか。


  「気にするな。俺だって自分が冒険者なのかスキルなのかよく分からなくなるときがあるんだ」


  ローグの自嘲交じりの言葉に、スケルトンも笑みを浮かべた。


  「確か、君はアンデッド族の知恵個体のゴンだったな」


  「はい。先ほど城下の巡回から戻ったばかりです。今日も数組の冒険者が、魔王城の様子をうかがっていましたが、力不足のせいで阻止はできませんでした。申し訳ありません」


  アンデッドは無害な死体に擬態するのが得意なので、ローグは彼らに冒険者ギルドの偵察対策を任せていたのだ。


  「偵察バーティ常に【生存本能リーコン】持ちの盗賊と、【虚形無影インビジブル】持ちの忍者を構成されている。スキルを持たない君たちに彼らを止められないのは当然のことだ。君たちに阻止を期待していたわけではない。自由フリー冒険者にとって、、いつアンデッドの奇襲があるかも分からないというだけで、クエストを敬遠する十分な理由になる。ギルドの侵攻を遅らせる時間稼ぎにはなるのさ。君の働きは十分だったよ」


  ローグは部下のゴンの肩に手を置いて言った。彼の疲れ切った表情が、安堵の色に変わっていく。


  ローグ今装備するのスキル【王者号令ステータス】は、戦闘での指揮だけでなく平時の部下の心身の管理にも能力を発揮できる。統率の経験が浅いローグにとって、多種多様な魔物から成る魔王城を束ねるには欠かせないスキルだ。


  【王者号令ステータス】で内政を巧みに運営し、【流口巧舌トーク】で外交を華麗に展開する。これは冒険者職業「国王」の古典的なコンボだ。本来は冒険者を率いる力だが、魔物に精通するローグならそれを魔物達にも応用が効く。


  かつてバラバラだった魔物集団も、今やローグの采配一つで、冒険者ギルドも無視できない強大な脅威へと変貌を遂げたのだ。


  「魔王様、報告があります」


  見慣れた部下の声が響く。それは黒い豚人のオーク、ガルだ。


  「部外者のいない時は『魔王様』と呼ぶなと言っただろう……」


  ローグが不満げに言う。職業名ならまだしも、伝説の魔王呼ばわりは御免被りたかった。


  ガルはローグの文句など耳に入れず、報告を続ける。


  「サキュバス族が到着しました。代表者が魔王様への謁見を所望しております」


  「サキュバス族!」


  その言葉を聞くや否や、【王者号令ステータス】が声を張り上げる。


  「彼女らに不敬があってはならぬ。サキュバス族もまた、我らが大切な仲間。下卑た目で見るなど、断じて許さん」


  【王者号令ステータス】は黒髪青年の間抜け顔で威厳こ声を放つ。


  「ローグ様、我ら不死族は性欲が希薄。サキュバスの美貌に惑わされる心配はございませぬ。それより、唐突に人格が変わられるとは……たしか感情が高ぶった時だけに発生するはずでは?」


  ゴンが不審げに尋ねるする後、ローグは拳で額を叩いて我に返る。


  「今のは忘れてくれ。ゴン、さくらを謁見間に呼んでおけ。ガル、サキュバスを案内しろ」


  魔王城の謁見間は数百人を収容できる大広間だ。さくらが説明によるここはかつて研究者への講演に使われていたのだが、ローグの要求で伝説の魔王城らしい内装に改められた。ローグは王座に座し、さくらは右手に控える。ガルは脇に立ち、謁見に立ち会っていた。


  サキュバス族の代表が、廊下からやってくる。ローグは幾度となくサキュバスを想像したことはあったが、実際に目にするのは初めてだ。冒険者の基準なら20歳前後といったところか。俗世を超越した美貌に、女の魅力を惜しげもなく見せつける装い。思わず心奪われる。


  黒き山羊の角が頭上にそびえ、極上の美に邪悪な印象を添える。髪飾りに添えられた小さな赤い花が、黒髪に凛と映える。胸元の大きな開口から、豊かな乳房を白いベルトが締め上げる。際どいレースのブラックミニスカートは、白く長い脚を惜しげもなく晒していた。


  「我らサキュバス一族、予言の夢により、魔王城に忠誠を誓うべく参上致しました。全てを捧げる代わりに、魔王城のお庇護を賜りたく」


  サキュバスが言葉を紡ぐ時、跪いた上半身を前に傾ける。元より目を引く胸の谷間がさらに強調される。ローグの目に映るのは、そのポーズで露わになった深い乳間ばかり。


  (まさかわざと見せつけているのか?)


  ローグは体が熱を帯びるのを感じて、心臓が早鐘を打つ。サキュバスの登場なのに、彼は目にしただけで放心状態になる。


  「魔王城にサキュバス族をお迎えできること、大変光栄です。これからは皆様も魔王城の一員としてお力添えいただければ」


  さくらが恭しく会釈すると、ローグは内心で嘆く。


  (しまった!胸ばかり見てて、挨拶を忘れるなんて…さくらにフォローしてもらうなんて情けない)


  「魔王城に受け入れていただきありがとうございます。私たちも魔王城の一員として尽くさせていただきます」


  「ただ、私達サキュバス族には他の種族とは異なる特質がございます。私たちは食べ物ではなく、他種族の精気を糧に生きております。でもその代わり、人型種族の性的な欲求を満たすことができます。それは魔王城にとって、大変お役に立つかもしれません」


  一見弱々しく繊細なサキュバスだが、彼女たちが最も恐れられるのは、性欲と直結したその生態ゆえだ。夢うつつの間に、快楽の最中に、サキュバスに命を奪われる冒険者は後を絶たない。


   (今は胸に見とれている場合じゃない。こんな淫らな連中に、付け入る隙を与えるわけにはいかないんだ!)


  「【流口巧舌トーク】!」ローグはスキルを発動する。


  「冒険者だった頃から、お前たちのどんのような面倒な種族は熟知していた。だからこそルール作りに時間をかける必要がある。それまでは、問題を起こすなよ」


  過去の敵対関係に言及することで、サキュバスが魅力で秩序を乱そうとする意図を阻止する。同時に、双方の立場を明確にし、目の前の問題を指摘する。一見失礼なこの一言が、これほど多様な効果を生むのが【流口巧舌トーク】の真骨頂だ。


  「それはお言葉ですが、実私達既にオークの方々には切実なニーズがあるようで気付いた、そして私の族人はすでにそのニーズに応えているのです」


  サキュバスは礼儀正しく微笑む。


  「ふざけるな。種族の天性を言い訳に責任逃れするんじゃない。ここにはここのルールがあるんだ。今すぐ彼女らを……」


  ガルの声がローグをさえぎる。


  「すまん、魔王様。実は俺の族人が勝手にサキュバスに手を出した。むしろ、許しを請うべきはこっちのほうだろう」


  オークという種族は、蛮力を持つ一方で知能は低く、その行動を制御するのは極めて難しい。群れをなして暴走されては、長たるガルですら止める術はない。


  ローグは言葉を失う。【流口巧舌トーク】があれば不利な状況でも最大の利を得られるが、魔王城の混沌を救うことはできない。このままでは、魔王城の規律は一方的に崩れ去ってしまうだけだ。


  「ところで一つ聞きたいことがある。サキュバスと性行為をすれば、精気を吸い取られて死ぬと聞くが、俺の族人に危険はないのか?」ガルはサキュバスに向けて質問した。

 

  「ご心配には及びません。サキュバスは性交渉で相手の生殖エネルギーを吸収して生きてはいますが、事後に精液から微量の精氣を得ることもできるのです。族人には節度を持つよう徹底していますので」


  (結局、俺は新人を怒鳴るだけで、肝心なことはガルに指摘されるはめに……。【王者号令ステータス】を持ってるってのに、何やってんだ俺は!)


  ローグは苛立ちを覚える。今の自分は魔王という立場なのだ。皆を納得させるリーダーにならねばならない。そのために戦闘スキルを捨て、【王者号令ステータス】と【流口巧舌トーク】を装備というのに、思い通りに状況を動かせない。スキル枠は完全に潰された。


  「ご主人様」


  サキュバスの妖艶な声がローグの耳に響く。彼女は跪いていた姿勢から立ち上がり、王座へと歩み寄ると、大胆にもローグの膝に腰を下ろした。


  これにより、ローグは太腿を通して彼女の柔らかな尻の感触を鮮明に感じ取れた。サキュバスの体から漂う甘美な香りも、彼の鼻をくすぐる。その挑発的な仕草に、ローグの思考は再び停止してしまう。


  「ご主人様は魔王になる前から、優秀な男性職業ギルド冒険者だったことは存じ上げています。サキュバスを支配する魔王としての喜びを、ご主人様に味わっていただきたいのです」甘ったるい口調で語りかけながら、サキュバスはローグの体に両腕を回す。露わな豊満の胸を、彼の腕に押しつけんとした。


  (もう『ご主人様』だと?噂通り、男を手玉に取るのが上手いんだな……【流口巧舌トーク】!)


  「その前に、お前らと他の人型種族との付き合い方のルールを急ぎ決めねばならん」冷たい言葉を紡ぎ、ローグはサキュバスの胸が触れるのを阻む。


  「そんな些細なことはさくらちゃんに任せればいいでしょう?彼女はそのために存在してるんじゃないですか」サキュバスは笑みを浮かべる。


  「ふざけるな。そんなことできるはずがないだろ!」反論の言葉が、ローグの口をついて出た。彼はこの少女が常識から外れた行動を取るのを何度も目撃していたのだ。


  「いえ、マスター。私は戦闘メイドGenerative AIとして、魔物種族の習慣や要求事項を収集し、今の状況に最も適した提案をする能力があります。ご心配の常識に合わない点は、マスターが後から確認でもして修正すればいいだけです。だからこの仕事は私に任せるのが最適だと思います」


  (空気を読め!)


  予想外のさくらの反論に、ローグは言葉を失う。だが、【流口巧舌トーク】のお陰で、今は話題を変えるべき時だと悟る。そしてローグはすぐに見事に別の話題を切り出すことに成功する。


  「ところで……お前の名前は何だ?サキュバスの習慣は知らないが、冒険者は見ず知らずの相手を抱きしめたりしねぇぞ」


  「おっしゃる通りですね。それじゃあご主人様、どんな名前がお好みです?さくらちゃんみたいに、素敵な花の名前を付けていただけたら嬉しいです」


  何だって?急に名付けの話になるなんて。これも誘惑の手口の一部なのか?


  (そもそも、俺に名付けのセンスなんかないな。さくらの名前だって、乳首の色から連想しただけ……)


  「マスター、『つばき』というのはいかがでしょう?この花には『申し分のない魅力』という花言葉があり、サキュバスのイメージにぴったりだと思います」ローグが思案している様子を見て、さくらが再び提案する。


  「確かにいい名前だが……」話が順調に進んでいるとはいえ、主導権を握れていない焦りを感じずにはいられない。


  「では、改めて自己紹介しますね」


  つばきと名付けられたサキュバスは、ローグの膝から立ち上がるとスカートの裾を持ち上げ、敬礼のポーズを取る。


  「私の名前はつばき。これからよろしくね、ご主人様」


  サキュバスのつばきが引き起こす問題は厄介だが、魔王城にはそれよりもさらに面倒な問題が山ほどある。謁見が終わり、ローグはそれらの問題を一時的に脇に追いやるしかなかった。


  数日後、ローグは自室で大量の報告書を読み込んでいた。それらはさくらが魔王城の魔物の問題を整理し、各魔物種族の説明と解決すべき問題をまとめたものだ。魔王城の設備で印刷された文字は読みやすく、さくらのまとめも簡潔明瞭。だが、問題が多岐にわたり複雑なため、読み進めるうちにローグは頭痛を感じ始める。目の前の書類を確認すると、まだ半分も読み終えていないことに気づいた。


  「誰かにこの問題を分担してもらえたらいいんだけどな。でも、頼れるのは知恵個体ばかりで、スキルを持つ冒険者は一人もいないときた」ローグは思わず愚痴をこぼす。


  ローグは空気中に漂う異臭に気づく。


  一般人にとってそれは普通の空気と変わらないが、ローグの【生存本能リーコン】はその微細な違いを感知する。スキル枠が限られているため、ローグは危険を察知し暗殺を回避するのに特化した【生存本能リーコン】を選択し、不測の事態に備えていた。それによりローグの今のスキル構成は完全に事務処理型だ。


  有害物質なら【生存本能リーコン】が警告を発するはず。だが、この異臭に危険性はないようだ。とはいえ、ローグは好奇心を抑えきれない。その臭いの正体を確かめずにはいられない。


  部屋を出て、異臭を追いかけながら階段を下りる。城外に出ると、そこで異臭の発生源を見つける。


  魔王城の外壁にて、2人のオークが猥褻な性器で、手錠に繋がれ壁に寄りかかってあえぐサキュバスを犯していた 、異臭はそのサキュバスの汗の匂い。


  容姿はつばきに劣るものの、オークの性器を受け入れながら浮かべる淫靡な表情に、ローグは思わず心惹かれる。


  「あっ」サキュバスはローグの存在に気づくと、慌ててオークの拘束を解く。がっちりと嵌められていたと思うの手錠も、あっという間に外してしまう。


  「迷惑をかけですいません」そのサキュバス頭を下げ、ローグに謝罪する。


  「この子たちがどうしても青姦がしたいと言うので、部屋の外に連れ出したんです……こら!魔王様とお話中よ!」


  言葉の途中、我を忘れたオークが背後から抱きつこうとする。サキュバスは声を荒げてオークを叱咤し。だがもう一人のオークが再び抱きつこうとする。結果そのサキュバスはまるでやんちゃ盛りの子供を持つ母のように何度も叱らねばならない。


  ローグは無言のまま、オークとサキュバスから立ち去った。


  さっきの反応は魔王としてふさわしいものだったのか?とても不適切だと感じる。いや、違う!オーク風情のくせに、俺が必死で仕事をしている間にサキュバスの体を触るなんて!俺はまだ一度も触ったことないのに!


  【生存本能リーコン】の鋭敏な聴覚のおかげで、ローグは周囲から遮るもののないサキュバスの喘ぎ声や、交わる時の淫靡な水音を耳にする。


  そもそも冒険を決める時、最初にサキュバスを抱くことを決めていたはずだ。いったいどんな間抜けなことをして、魔王なんかになってしまったんだろう!


  ローグは周囲から聞こえる声を無視しようと努め、ある足音を探す。すぐにその馴染み深い音を見つけた。規則正しい足音だ。一歩ごとの音の大きさや間隔が、信じられないほど均等だ。淫靡な魔王城の中で、特に秩序立った存在感を放っている。


  「さくら!」ローグが彼女の名を呼ぶ。さくらは今、コボルト族の知恵個体から部族の現状説明を受けている最中だ。


  「失礼します。何のご用でしょうか、マスター」さくらは相手に詫びを入れてからローグの方を向く。だがローグは魔物の不審げな視線など意に介さず、さくらの手を掴むと、魔王城の方へ引き摺るように歩き出す。


  「マスター、魔物と交渉の最中ですので、こんな形で中断するのは失礼かと……」「構うな!」「かしこまりました」


  ローグには分かっている。仕事中のさくらを邪魔してはいけない。だが、もう礼儀や節度を気にしてはいられない。


  ローグはさくらを自室に連れ込むと、ドアに鍵をかけた。


  部屋に引きずり込まれたさくら、両手を体の前で優雅に組む。ローグ、それが彼女と出会った時に彼女が取った姿勢と同じだと気付く。ローグの好みに合わせて胸元が大きく開いた青いメイド服以外何の変化も見られない


  ローグの視線はさくらの胸元に注がれ、さくらの体を舐めるように滑る。森の中でさくらの胸を触らせてくれと頼んだ時、さくらは嫌な顔一つせずローグの要求を受け入れてくれた。その時のさくらの表情と体つきが、今でもローグの脳裏に焼き付いている。どんなことをしても、さくらは受け入れてくれるはずだ--ローグはそう思います。


  ローグはさくらの体を抱きしめ、もう片方の手は服の上から彼女の胸に触れる。そして容赦なくさくらに口づけした。ローグがさくらを見た時からしたかったことだ。ローグは女の体に触れたことがない、あったとしても記憶がおぼろげだ。この空白の時間を埋め合わせるかのように、ローグはさくらに愛を求める。


  さくらはローグの舌を従順に受け入れ、ローグの腰に腕を回す。さくらが抵抗しないことに、ローグは彼女を完全に自分のものにできると確信する。


  ローグはさくらをベッドに押し倒す。さくらの艶やかな髪がベッドの上に広がった。


  「さくら、君が欲しい。やらせてくれ!お願い!」ローグは息を切らしながら言う。顔は赤く上気し、普通に話すことも難しそうだ。


  「かしこまりました。私は戦闘メイドですから、性的欲求を処理する機能も備えています。いつでもマスターを受け入れる準備ができています」さくらの口調には変化がない。他の用事を処理する時と変わらない反応だ。


  「違う!俺はお前が好きなんだ!つばきみたいなサキュバスの胸の方が大きいけど、俺はお前が好きなんだ!」ローグは我を忘れて叫ぶ。


  最低の告白だ。ローグは分かっている、女性冒険者に胸が好きだなんて言ったら、振られて終わりだ。


  「分かりました。私はずっとマスターのそばにいて、大切な相棒になります」さくらはローグの体を抱きしめる。声に嫌悪の色はない。


  なんて理想的な女神なんだ。自分に人間らしい個性がなくても、どんなに汚く下品な本性でも、彼女は気にせず受け入れてくれる。


  ローグはさくらの服を引き裂き、欲望の波に身を任せる。


  戦闘メイドの設計者は、性的な関連データを入力する際、一般的な性行為での女性の反応を無視し、アダルトビデオでの女性の反応を完全に参考にした。その結果、さくらはローグの動きに合わせ、男を喜ばせ欲望を満たすような嬌声を上げる。


  このような偏った設計について、インタビューで設計者は「私たちがAIを設計する原則通り、パートナーの目の前の女性が人間ではないことを常に意識させる必要がある」と答えている。


  情事が終わると、さくらはローグの股間に顔を寄せ細やかな動作で彼の体を拭った。その艶めかしい仕草にローグの体は再び疼きを覚えるが、心のどこかが虚ろだ。


  「さくら……本に描いたのセックスは気持ちいいなものはず」思わずローグが口にする。


  「申し訳ありません。私の力不足です。ご要望をお聞かせください。改善に努めます」さくらは魅惑的な身じたくを止め、ローグに頭を下げた。先ほどさくらが激しい調子と感情でローグの愛に応えたの姿ローグははっきりと覚えている。それと今の事務的な口ぶりとは、まるで別人だ。


  「またか、妙なとこで冗談を……いや、もう自分を誤魔化すのはよそう」


  ローグはため息をつき言った。


  「さくら、俺たちの仲がどれほど親密でも、お前は俺のことを他人扱いしてるんだろ?」


  「仰る通りです。実のところ、マスター様も他の冒険者も私にとって変わりはございません。恋人を演じることはできますが、本当の愛は持ってませんからです」


  「あの時、お前じゃなくてファラを選ぶべきだったのかもな……」


  「必要なら今すぐ姫様に連絡を取れます。冒険者ギルドに気づかれ可能性があり、冒険者を救くの行動に支障が出るから。慎重にご検討を……」


  「そういう意味じゃねえ!なんでわかってくれないんだ!」ローグは遂に堪忍袋の尻が切れた。


  「冒険者だろうがギルドだろうが魔物だろうが四天王だろうが、どうでもいい!俺がお前を助けて勇者パーティから追放するのは、そんな面倒事から逃れるしたいだったんだよ!冒険者や魔物なんか助ける気は最初からなかった!俺はただお前とこの魔王城で一緒に暮らしたかっただけなんだ!」


  「マスター、その思考は危険です。今すぐおやめください」温もりに包まれる。ローグはさくらが自分を抱きしめるのことを気付く。


  「俺がお前を愛することが危険だって言うのか?まだギルドの連中と同じことを言いやがって!」だがローグはその温もりに怒りを覚える。


  「違います、マスター。あなたの意思が私に囚われているのが危険なのです。あなたは自由な冒険者。アントロイトに人生を縛られてはなりません。私たち戦闘メイドGenerative AIは、冒険者の一時的な性欲を満たす存在でしかない。マスターは冒険者の社会に戻り、女性冒険者と結ばれるべきなのです……」


  「もういい、話にならん」


  【生存本能リーコン】は目の前の愛しい女性を突き放した。


  「さくら、お前はこの部屋から追放された」


  「かしこまりました」


  さくらは【生存本能リーコン】の拒絶に未練なく踵を返す。いつもと変わらぬ足音が、【生存本能リーコン】の心に深い傷を刻んだ。

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