幕間:~密談~

「参ったわね……」


 住宅街の一角。街路灯は近くになく、月の光だけが微かに届く、そんな暗い路地裏。

 ぬれ色の長い髪を揺らして、少女は大げさにため息をついてみせた。


「彼、きちんと怪異かいいを認識できてるじゃない」


 少女はそう言うと、向かいに立つ少年をにらみつける。


「彼は本来見えないはずのモノが見えてる。

 おそらくの人間よ」


「そんなバカなことあるか!

 和哉はただの一般人。化け物なんて、見えるはずがない、感じるはずがない!」


 少女の言葉を否定するように、少年は首を横に振った。


「でも彼、「女の子が化け物退治してるところを見た」って言ってたんでしょ?

 私が戦ってるところ、ちゃんと視認しにんできてるじゃない。

 一度だけなら偶然かもしれないし、見間違いかもしれない。

 でも、これで二度目。さすがに偶然のひと言では片付けられないでしょ」


「それは……」


 少女の手厳しい意見に、少年は言葉を詰まらせる。


「あんたがあの学校に潜り込んでから、二ヶ月くらい経ったかしら。

 彼をそばで見ていて、何かおかしいなと思うところはなかったの?」


「異常があったなら、気づいた時点で報告を上げるに決まってるだろ。

 少なくとも、俺が学校で過ごしてる間には、変わったことは起きてない」


 灰茶色はいちゃいろの瞳にするどい光を宿して、少年は首を巡らせる。その視線の先にあるのは、和哉の住む家。


「あいつは本当に、お人好しで、世話焼きで、甘っチョロいだけの、どこにでもいそうな高校生なんだよ」


 和哉の家に視線を向けたまま、少年はグッとこぶしを固めた。


「こんな血なまぐさい世界になんて関わらなくていい、関わらせちゃいけない人間なんだ」


「ずいぶんとほだされてるようね?

 でも、今のあんたは感情的になりすぎ。

 大切な友達を危険から遠ざけてるつもりなのかもしれないけど、あんたのソレは逆効果よ」


 少女は両手で少年の頬を包むと、幼子に言って聞かせるような口調で話した。


「今回の件でハッキリしたでしょ? 和哉くんは今、命を狙われてるわ。

 それなら、彼に「自分が狙われてる」っていう自覚を持ってもらわなきゃ。

 不用意に動いたせいで危険にさらされるのは、他の誰でもない彼自身なのよ?」


「―――、……」


 少年は口を開きかけて、しかし、何も語らぬままうつむいてしまった。


「何よ? ハッキリ言いなさいよ」


 遠慮する間柄でもないでしょ、と少女は呆れたような顔になる。


「……俺の」


「うん?」


「俺のせい、か?」


 少年は目を伏せ、覇気のない声でポツリと呟く。


「俺が関わったせいで、こんなことになったのか?

 俺が側にいなければ、和哉は化け物なんかに目をつけられず、穏やかに暮らしていられたのか……?」


「さぁね? 因果なんて知らないし、興味もないわよ」


 少年の悔悟かいごを、少女はバッサリと切り捨てる。


「過去を振り返ってるひまなんてないわ。

 大切な者を失いたくないのなら、今どうするべきなのかを考えなさいよ」


「……」


 少年は苦虫をかみ潰したような表情になる。だが、表だって反論することもなかった。


「まずは和哉くんの命を狙う犯人を探し出して、すみやかに排除する。

 そうすれば、彼の安全は当面の間、保障される。そうよね?」


「……ああ」


「上には私から報告を入れておくわ。

 だから、あなたは敵を探し出す方に専念しなさい」


「和哉は……」


「和哉くんが力を発揮していない以上、なのかどうかは推測の域を出ないのよね。

 いずれは事情を明かすことになると思うけれど、とりあえずは上からの判断待ちかしらね。

 今のところは、監視をつけておきましょ。彼に何かがあった時、私たちが駆けつけられるように」


 少女は少年の頬を軽く叩く。気合いを入れろと言わんばかりに。


後悔こうかいしてる暇なんてないわ。これ以上事態が悪化しないよう、すぐにでも動くわよ」

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