第4章:せわしない男
予備校帰りにゲームセンターによった、その翌日。
ストレスが上手く発散できたのか、和哉は清々しい気持ちで授業を受けていた。
(やっぱり、精神的な疲れが溜まってたのかも……)
夕べはぐっすり眠ることもできたので、身体の方も調子が良い。
やはり息抜きは必要なのだな、と和哉は思う。
「ちょっとぉ、和哉クン! アタシとのことは遊びだったのっ!?」
昼休みになり、和哉が自席で弁当を広げようとした瞬間。
光志郎が和哉の元へとかっ飛んできた。
「また
午前中、教室に光志郎の姿はなかった。
この時間になって登校してきたことに間違いはなく、その肩には鞄がかけられている。
「寄り道しないで帰るっていうアタシとの約束、破ったわね!?
……ん、あれ? 山本君と高橋君はどこに?」
光志郎は芝居がかった口調をやめて首を傾げた。
いつもなら一緒に昼食を取るクラスメイトの姿がないことに気づいたらしい。
せわしない男だなと思いながら、和哉は光志郎を見上げた。
「あのふたりなら、購買に行ってるだけ。もうすぐ戻ってくると思う。
―――それにしても、お前はまた遅刻なんかして。今日もまた寝坊?」
「まぁ、そんな感じ。あとでお前のノート……って、そんなことはどうでもよくて!」
光志郎は自席に鞄を放り投げると、和哉の机をバンと叩いた。
(いや、全然良くない。
お前は授業をサボってばかりで、期末試験をどう乗り越えるつもりだ)
喉まで出かかった言葉を、和哉はギリギリで飲み込んだ。
本当は言ってしまいたい。
だが、あまり口うるさく言っても、きっと光志郎には逆効果。
言い過ぎると反発してくる。でも、構わなすぎてもスネる。
さて、どんな言葉をかければよいか……。
(我が親友ながら、面倒くさい男だな)
和哉の
「昨日、お前がカワイイ女の子とデートしてたって聞いたぞ!
俺との約束はどうした? さっさと家に帰って休むって約束したよな?」
和哉はチラリと横目で教室を見てみる。
すると、女子たちが、こちらを見ながら「山本と高橋がいない間に、藤沢と橋本が痴話喧嘩してるよ」「藤沢君に彼女できちゃったから?」なんて無邪気な顔で話していた。
どうやら、ゲーセンでの一幕を、クラスメイトの誰かが目撃していたらしい。そして、メールなりSNSなりで光志郎に告げ口したようだ。
「あー……別にお前との約束を忘れたわけじゃないんだけどさ」
光志郎との約束は、破ってしまったことになるだろう。
ちょっとだけ気まずくて、和哉は光志郎から目をそらす。
「ゲーセンに寄ったのは本当だけど、さすがにデートとかじゃない。
ストレス発散したくて、予備校終わりにちょっと寄っただけ」
「女の子と一緒にいたんじゃないのか?」
「クレーンゲームで悪戦苦闘してたから、代わりに取ってあげただけだよ。
本当に、ただ、それだけ」
自分で言ってて空しくなる。
たかが代わりに景品を取ってあげただけで、デートかとはやし立てられることになろうとは。
女っ気が
「お前にだって取ってやったこと、あるじゃん? 忘れたとは言わせないよ、光志郎」
「うん、あのフィギュア、俺の部屋に飾ってある。あん時はありがと……じゃなくて!」
和哉はそれとなく話題を逸らそうとしたが、その目論見は
「で、その女の子とやらは、お前の彼女じゃないのか?」
「そんなわけあるか。僕のどこにモテる要素があると?」
「そっ、それは……うん、そうか、そうだよな」
和哉が問いかけると、光志郎は言葉を詰まらせ、すんなりと引き下がった。
こういう時は、少しくらい食い下がるのが礼儀というものではないのだろうか。主に、和哉のプライドを保ってやるために。
「……そうだよな~、和哉がモテるわけないよな!
お前はお人好しだし、付き合いも良い。
でも、気の利いた会話なんて無理だし、おしゃれにも興味ないし、スマートな駆け引きなんて苦手だろうし。
よしんば女の子と知り合えても、「優しくていい人」止まりなタイプだよな!」
「僕に対する理解度が高いのはありがたいけど、もうちょっとオブラートに包んだ言い方できない?」
和哉とて、自分がモテないという自覚はある。
だが、他人から指摘されれば傷つく事実というものもあるのだ。
和哉が不機嫌になったのを見て、光志郎は豪快にその肩を叩いた。
「あっはっは! いやぁ、俺の語彙力じゃあ、そんなの無理だって!
それに、いくらオブラートに包んでも、和哉がモテないという事実は変わらん!」
「殴っても良いかな?」
「拳は、話し合いじゃ済まない時まで取っておけよ。
……いやぁ、まあ、そうかそうか。
お前に彼女ができたのなら、まず俺が面談をしなくちゃと思ってたんだけど、そうじゃないならいいや」
「何だよ面談って」
光志郎の思考がまったく理解できず、和哉は思わずツッコミを入れてしまった。
「だって、お前はウブでチョロいから、
ウチの和哉を幸せにできるのか、俺が直々に審査してやらないとな!」
「……前々から思ってたんだけど、お前は僕の何なんだ?」
あまりに過保護すぎる光志郎の発言に、和哉は半分及び腰でそう尋ねる。
「親友」
「ああ、そう……まあ、いいけど」
胸を張って断言されると、反論する気も起きない。
しかし、言われっぱなしなのは
「そもそも、光志郎はどうなんだ?
僕のことを気にする前に、お前自身は恋人はいるのか?」
「えっ、気になる? ……俺のプライバシーに関する情報は高いよ?」
光志郎は身をかがめると、和哉の耳元で甘くささやく。
一方の和哉は「昼食の邪魔だ」と顔に書いて、光志郎を押しのけた。
「金取るのかよ。じゃあ、どうでもいいや」
「ヤだ、冷たくない!?
和哉ってば、もうちょっと俺のこと知ろうとしてよ!」
よよよ、と光志郎は嘘泣きをするが、和哉は気にせずに弁当箱の
「やった。今日は卵焼きが入ってる」
「もう興味失ってるし……」
「お前に恋人がいるかどうかより、目の前の卵焼きの方が大事かな、今は」
口ではそう言いつつも、和哉は心の中で別のことを考えていた。
(光志郎がこういうふざけ方をするのって、だいたい探られたくない話を振られた時じゃんか)
意識的なのか、無意識なのかは分からないが、光志郎は深掘りされたくない話題を振られた時、おちゃらけて
無論、光志郎が触れて欲しくないのなら、無理に聞き出すつもりはない。
当人が話したくなった時に話してくれれば、それで良い。和哉はそう思っている。
ただ、そのことを口に出してしまっては、格好つかないではないか。
結果的に、冷たく当たることになってしまっても、そのくらいは許容してほしいというものだ。
「俺らの友情が、卵焼きに負けてしまった……」
和哉の気遣いに気づいているのか、いないのか。光志郎は大げさに肩をすくめてみせた。
「しょうがないな、ひとつくれてやる。
母さんが作ってくれる卵焼きは美味しいんだ。ちゃんと味わって食べろよ?」
「卵焼きに負け、卵焼きで買収される、そんな友情に万歳」
和哉が卵焼きを
「んー……顔色も戻ってるし、食欲もあるなら、いいことだけど」
卵焼きを飲み込んだあと、光志郎はまじまじと和哉の顔を見つめる。
「でも、今日こそは寄り道なんてしないで、さっさと家に帰るんだぞ?
今度破ったら、お前のスマホのパスワードを、クラスのみんなにバラすからな!」
「えっ、怖っ。なんで知ってるの? 今すぐ変えなきゃ……って、それよりお前、ノートは」
和哉が「昼休みの間に写すか?」と問いかけようとした瞬間、光志郎がズボンのポケットからスマートフォンを引っ張り出した。
「メール……じゃなくて電話か」
そのディスプレイは、着信を告げるために光っていた。
ディスプレイの表示を見た瞬間、光志郎は
「悪い、ちょっと電話でてくる」
「忙しいヤツだな、行ってこい」
和哉は手を振り、「早く出てあげなよ」と光志郎に合図をする。
光志郎は軽くうなずくと、鞄をひっつかんで駆け足で教室を出て行った。
「藤沢、お待たせ。購買混んでて遅くなった」
「お前の分の紅茶、買ってきたぜ」
入れ替わるようにして、購買に買い物に行っていた山本と高橋が戻ってきた。
「ああ、ありがとう」
「そういや、今、教室から橋本が出て行かなかったか?」
山本が差し出してくるペットボトルの紅茶を受け取りながら、和哉は首肯してみせる。
「うん。電話がかかってきたって」
「橋本もせわしないヤツだなぁ」
和哉の机にパンを置くと、高橋は自席から椅子だけを引っ張ってくる。
「なんか鞄持ってたし、案外、このまま戻ってこなかったりしてな」
「……光志郎の場合、あり得そうで困るなぁ」
高橋の言葉を受けて、和哉は肩をすくめてみせる。
―――その日は結局、高橋の推測通り、光志郎は出て行ったきり、教室に戻ってこなかったのであった。
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