第3話 家出
「さーて食べようか」
机の上のハンバーガーとポテトをつまむ。
「わーい」
「言っとくけどお前幽霊だからご飯食べれないからな」
もちろん分かってると思うけど。
「それは仕方ないよ、私はその代わり光の食事を見るのを堪能させていただきます」
「そうか」
ピロピロピロリン
電話が鳴る。
「はあ、どうせ母さんだろ」
思わずため息をついてしまう。どうせ電話に出ても文句を言われるだけだ。
「放っておけば?」
「放っておきたいんだけど、もし状況が悪化するなんてことがあったら嫌だからなあ」
そう言って携帯を開いて電話に応答する。本音を言えば嫌だ。ムカつくし。だが、逃げの一手だけでは親には勝てないのだ。そう親の権力には。
「光今どこにいるの?」
「ハンバーガー屋さん」
「帰ってきなよ、さすがに夜ご飯ハンバーガーだけだったら嫌でしょ」
「嫌だ! 帰ってきたらどうせまた篠宮さんのことで言われるんだろ、嫌だよ、それは」
俺は強い口調で母親の提案を跳ね除ける。あんなことを言われて黙って家に帰れるか!
そして母さんの喋りが止まった。思うところはあるのだろう。
「どうせ母さんは雅子のことを忘れろって言うんだろ」
さらに畳み掛ける。俺は怒っている、怒っているのだ。もはや親とか関係ない。ムカつくものは仕方ない。
「あの、すみません大声で話されますと周りのご迷惑となりますので」
「ああ、すみません」
店員が注意してきた。大声を出してしまったから仕方ないと思いつつ店員さんにもついでに軽くムカついてしまう。
「一旦切るわ」
「ちょっと光!!」
母さんは喚くが、そんな物は無視だ。逃げの一手は嫌なのだが、それ以上にムカつくのだ。あんな事を言ったのに、素直に帰ってくれると思っていることが。
「ふう、食べるか」
「いいの?」
「ああ、どうせ母さんなんて雅子のことなんて何も考えてないから」
ハンバーガーを食べる。肉汁と野菜のシャキシャキ感がマッチして美味しい。
「そうは言っても私のこと見えないから仕方ないよ」
「仕方ないって雅子もそっちの味方なの?」
強い口調で言う。雅子だけは俺の味方であれ。
「そうじゃないけどさ、私はお母さんが思ってる気持ちもわかるんだ」
「分かるんだ、俺は雅子のためを思って行動してるのに」
まさか分かると言われるとは思っていなかった。母さんこそ無理矢理くっ付けようとする悪い奴じゃないか。
「光…」
「てか、早く食べないとな」
そう言って光はハンバーガーをむしゃり始まる。
「あのさ、さっきのSNSの投稿のやつさ」
「おう」
「私ね、ああ言うのは酷いと思うの」
「お前にもそう言う良心あったんだ」
無いと思ってた。むしろあんなことを思ってる、そう思ってた。
「当たり前でしょ、まあ私は楽しませてもらってるから」
「楽しんでるのかよ」
じゃあ同罪だろ。
「当たり前でしょ、楽しんでるのと、ひどいと思うのとは同じだよ」
「どういう理論なんだよ」
「だって、面白いんだよ、こういうことを言うひどい人がいるんだって」
「意味が分からねえ、俺には全く理解できない」
SNSにはさまざまな意見があるが、この雅子の意見も全く共感できない。もしかしたらこの広い世界には雅子の意見にも共感できる人もいるのかな。
「それでさ、私の存在を言ってみない?」
急に真剣な話になった。
「なんでさ」
「もし私の存在を知らしめたらさ、理解してもらえるかもしれないよ」
「前に言ったことがあるじゃん、その時に頭おかしい判定されたんだよ。俺、あれがあるからあんまり言いたくない」
俺は頭を伏せる。あの事件以降。人の悪意を恐れている。
もしも俺が変なことを言ったら俺なんてすぐに捨てられると。実際そうだ。あの日の周りの目を思い出したらすぐにわかる。俺なんてしょせんこうなんだと。
「でも、このままだったら私の存在がばれるのも時間の問題だし、それならば今言っちゃったほうがいいと思うんだけど」
「なら後で言うか、言うの怖いけど」
どうしようか、本音としては言いたく無い。だが、雅子が言っていることも一理ある。
「うん、私応援してるね」
「おう」
「母さん」
「おかえり」
母さんは冷たい口調で言った。
「話があるんだ」
「何?」
「俺は雅子が見えてるんだ」
堂々とした態度でそう言い放った。恐れてても仕方ない、自分の背中を押すのは自分だけだ。
「またそんな馬鹿げたことを言って」
母さんは笑いながら否定する。
「光、頑張れ」
雅子は応援してくれる。よし! 言うぞ!
「母さん頼む、事実なんだ。今も雅子は俺の彼女なんだ」
「かわいそうに、そんな幻想を見て、現実に帰ってきなさい」
母さんに軽く叩かれた。言論統制だな。
「母さん、叩いたって無駄だ。俺は決心したんだ、もう雅子は捨てないって。だからこの超常現象を理解してくれ」
「光、ありがとう!」
そう言って雅子は涙を流し始めた。大げさだなあ。
「母さん頼む」
念を押す。
「……分かったわ……」
受け入れられたか? 心無しか気持ちが明るくなる。俺の勝ちだ。
「……なんて言うわけがないでしょ。別に私は光のことを否定したいわけでもないし、凛子ちゃんとも絶対に付き合って欲しいわけじゃない。けれど光、私はあなたのことを心配してるの。今も現実に戻れてないでしょ、確かに表面上は戻れてるように見える。けど未だに誰もいないのに会話してたりとかおかしいことがたくさんあるし、現実に戻れてるように思えないの。お願い光、私を安心させて」
そう言って母親は俺に泣いてすがりながら、手を伸ばしてくる。
「ごめん母さん」
そう言って母さんの手を冷たく跳ね除ける。もうダメだ、この人は
「俺は幻覚とか幻影とか言われても、俺の中では雅子は存在してるんだよ。自分勝手とか言われても仕方ないかもしれないし、現実に戻れてないって言われても仕方ないかもしれないけど、雅子は今ここに実在してるんだよ」
言葉を整理できてないかもしれないが、怒りのままに言い放つ。
「でも心配よ」
「どうせ同じこと言うんだろ、実際母さんは俺に対して向き合ってないだろ」
「向き合ってるわよ、向き合ってないのは光、あなたの方でしょ」
どこがだよ。無理矢理くっ付けようとして!
「母さんは雅子の存在を肯定しようともしてないじゃん、はなから否定してるじゃん。それに俺の気持ちを考えずに凛子とくっ付けようとして。それを向き合ってないって言ってるだろ」
「光、雅子さんはもう亡くなったの、現実を見て」
「もういいよ、母さん」
そう言って二階の部屋に閉じこもった。もう母さんは当てになどしない。
「……はあ、どうしたらいいんだよ」
「よしよし」
雅子が俺の頭を撫でる。しかしそれは空を切るだけだった。
「みんなにもお前のことが見えたらいいのにな」
そう光は呟く。
「仕方ないよ、私はもう死んでるんだから」
「そんなこと言うなよ、俺がお前を生き返らせる方法を考えるからさ」
そうは言ったが、生き返らせる、それは無理かもしれない。死体はもう焼却されてるわけだし。
ただ今の状況を変える一手を見つける必要がある。
「……うん」
雅子が返事をする。
そして俺はそのまま横になった。ああ、悲しいな。なんで誰も理解してくれないんだろ。そう考えると目から涙が溢れてしまう。
「光よしよし」
そんな俺を雅子は手を頭に当てて撫でてくれる。感触は残念ながら無いが、それでもありがたい。やはり俺には雅子しかいないなと、そう強く確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます