第53話
ヘルメットのガラス越しでもわかるほどに、僕はゲンナリした顔をしたに違いない。リリーはクスリと笑った。
ところがコバルトは静かなのだ。会話に反応もせずに前進を続けるだけ。
たしかにゾーン12は遠いから、しばらく泳ぎ続ける必要がある。それにしても…。
やがて、尾の動きをゆるめたコバルトに、リリーが追いついてきた。
「どうしたコバルト」
「あれが聞こえるか?」
リリーは耳を澄ませ、
「…おや潜水艦か…。気づかなかったな」
もちろん僕の耳には何も聞こえない。
ストロベリー部隊が設立された当初には、サイレンたちの聴力はソナーと同程度だと考えられていた。
ところがそれは、サイレンたちのいつものやり方、つまり『能ある鷹は…』というやつだったらしい。
この頃の研究では、サイレンの聴力はソナーをはるかに上回っていることが実証されつつあった。
「距離は?」僕は、やっと口をはさむことができた。
「まだ遠い。ゾーン12よりは近いが」
ここでリリーの声の固さに、僕は驚くことになった。
「それだけではありません。あれはゴーストですよ」
コバルトも静かに答えた。
「ああそうだ。スクリュー音に独特のクセがある。羽根の一枚がわずかに曲がっているのだな。当の日本人もまだ気づいていないことだが」
僕には訳が分からない。
「ゴーストってなんだい?」
「船体番号のない謎の潜水艦だ。日本艦であることは間違いない。アメリカ船めがけて魚雷を発射するのだから」
「それで?」
「それでもなにも、それ以外、詳しい所属も乗員も一切不明だ。ただ分かっているのは神出鬼没、現れたと思えば消えて、手に負えないということだけさ」
「じゃあどうすんのさ?」
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