第48話


 かすかだけど、どこでもよく通るコバルトの声が僕の耳に届いたのはこの時だった。

「リリー、スト破りの裏切り者め」

 振り返る勇気はなかったけれど、きっとコバルトは、毒蛇のような目で僕とリリーを見送っていたに違いない。

「コバルトが何か言ってるよ」

 僕はリリーの耳にささやいたが、スト破り上等の皇女様は、フンと鼻を鳴らしただけだった。

 泳ぎ続けるリリーの態度は自信に満ちている。

 もちろんサイレンたちも全速を出すが、基地の入口に達してしまえば、こっちのものだ。

「基地の中までは追ってこないと思う?」

 僕がもう一度ささやくと、その声があまりにも心細げだったのだろう。リリーは笑った。

「もちろんです。彼女たちはストライキ中なのですから」

「職場放棄なんて、感心しないね。それも戦時中なのに」

「サイレンに理屈は通じませんよ」

 基地のゲートを通り抜けると、すぐにトンネルになる。潜水艦では通行できない狭さだが、これが終わると地下プールにつながっている。

 もちろんこの日、地下プールの中は空っぽだった。サイレンの姿は全く見ることができない。

「着きましたよ」

 リリーの肩から降ろされ、潜水服からはい出すと、僕は床の上にへたり込んでしまった。

 目を吊り上げて、ツメを伸ばしてくるサイレンの群れに追われるなんて、悪夢でしかない。

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