第20話


 どうするつもりかと僕は見ていることしかできなかったが、その僕の手の中から、リリーは銃を受け取った。いや、奪い取ったんだ。

「提督のお孫さんや、よく見ておおきよ…。これが薬室」

 カチンとレバーを引き、リリーは銃の一部を開いた。僕なら両手にも余る大型の銃だが、サイレンの手の中にあるとおもちゃのようでしかない。

「さあトルク、50口径の弾丸をここに1発だけ入れる。見えるね?」

「見えるよ」

「このサイズがあっても銃であることは変わらないから、水中で撃っても意味はない。シャチが水上に顔を出した時でないと」

「どうやってシャチに顔を出させるのさ」

「それは簡単です。コバルトが実演してくれるでしょう」

「えっ?」

 たしかにコバルトは実演してくれた。僕が無防備でいすぎたこともあろうが、突然、長い腕で僕の肩をつかみ、2匹のシャチの目の前へひょいとほうり出したのだ。

「!」

 シャチの赤い4つの目が、それを見逃すはずはない。僕なんか、空腹な狼の群れの前に置かれた弁当箱みたいなものでしかない。

 バン。

 もちろん、すかさず銃の引き金が引かれた。リリーの指が引いたのだ。

 50口径と言えば、一般の歩兵が使う小銃というよりも、むしろ戦車や装甲車が装備する兵器に近い。

 そんなもので直撃されたのだから、シャチの一匹はあっさり即死してしまった。命中した頭部が、まるで手品のように一瞬で消えてしまったのだ。

 血が混じって、周囲の海水が赤く変わる。即死は確実だが、まだもう一匹いるのだ。

 しかもそいつは、相棒の死や運命を気にする様子もない。どれだけ空腹なのやら。

 しかもそいつは、もう僕からいくらもないところに迫っていた。

 コバルトの体にしがみつき、手足をバタバタさせながらも、僕はある一点が気になっていた。

 なるほどシャチは恐ろしい相手だ。だがそれでも、50口径弾で処理できる敵だと分かったわけだ。

 リリーがすぐにあの銃の薬室を開いて、もう一発を装填してくれればいいんだが。

 ところがなぜか、リリーはそうしないのだ。銃を手に抱えたまま、水中で体をぐるりと一回転させた。

 このとき僕は気が付いた。絶望的な思いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る