第9話


 僕の姿を求め、日本人が本格的な捜索を開始するには2分とかからなかった。

 すべての船のサーチライトがともされたかと思うほど周囲は明るくなり、いくつもの光のビームが水中に差し込み、闇を切り裂きはじめたのだ。

 そして爆雷攻撃が始まった。

 爆雷とは要するに、船上から水中へ落として爆発させる爆弾だ。本来は潜水艦相手の兵器だが、人間相手にだって、もちろん役に立つ。

 ただ今のところは僕の正確な位置が不明で、あてずっぽうに投下しているのに過ぎない。

 それでも、ドッドッと水中に爆発音が響くのは恐ろしい。そのたびに僕は全身が揺り動かされる。

「気にするなトルク、爆雷などそうそう命中するものではない」

 そう気軽に言うが、『お前』ではなく『トルク』と本名を呼ぶときにはコバルトも相当に真剣なのだと分かるほどには、僕たちの付き合いは長かった。

 その間も、ドッドッドッと水中に爆発音が響き続ける。もしもすぐ近くで爆雷を食らったら、潜水服の中で僕はペチャンコになる。

「気になるなら、お前は私の胸に隠れていろ」

 サイズは少々違っても、コバルトは人魚なんだ。人魚の胸は裸と昔から決まっている。

「なんだって?」

「いちいち萌える必要はない。私の胸にあるのは乳房ではないぞ。深海鯨類である我々が、なぜ子供を胸で授乳する必要がある?」

 ということだそうだ。

 お説をそのままに承知することにして、僕はコバルトの胸の2つのふくらみの間に隠れるしかなかった。

 胸に押し付けて安定させるだけでなく、コバルトは両腕で僕をかき抱くようにした。

 普段は憎まれ口の多いコバルトのどこにそんな親切心が隠れていたのか、と僕が不審に感じるほどだった。

 それでも爆雷はやまない。甲板上から次々に海中へと投げ込まれるのだ。

 30分が過ぎても、爆雷攻撃はまだやまなかった。

「なあトルク、つまりなんとしても、日本はお前を生かして帰す気はないということだ。たとえ爆雷の在庫がゼロになってもな」

 おそらく日本は僕のことを偵察兵と考え、海中に隠れている潜水艦からやってきていると思ったのだろう。

 まさかサイレンに乗って戦う兵が存在するとは、普通の想像力の人間なら思いもしないだろうから。

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