創作企画その二

@igutihiromasa

家族団らん編

 名和屋サトルがヤサ愚連に移籍してから二十四時間後──

「さて、サトルがヤサ愚連にお世話になるということですから、ぱっとヤサ愚連に遊びに行ってイケオジ教師が赴任していないか、将来イケオジになり得る生徒などが新たに転入していないか、確認していたんですけどね」

母親の方の名和屋レイが言う『遊びに行く』とは、彼女の嗜好や心情により「イケオジ」と判断された相手の写真を撮りに行くということである。

「ヤサ愚連なんて怖いとこ……気配消すとかもできないくせに、諜報活動やめなよ」

 情熱が過ぎてTPOを弁えないため、一般的に「迷惑行為」「諜報活動」と捉えられることも含まれるのでカナエが戦き、リキカズが頷く。現在の精神状況でも家族からの数学や物理化学といった理数系科目の質問なら答えられるため、リキカズがリビングルームで自学中のカナエに抱き着いてプルプル震えている程度のことは名和屋家での日常であり黙認されている。

「レイさん……なんかサトくんの転籍届を受理してからずっと気配がないなって思ってたスけど……オレというものがありながら」

 床に突っ伏して絶望している名和屋レイ(男)のぽよぽよした胴体に背中を預け、レイ(女)は機嫌を取るように愛おしそうに尻を撫でた。

「授業案と担当クラスメモはあなたに残していましたからね! 何を言わずともあたくしの授業をこなしてくれるとはさすがあたくしの吾が背の君」

「え、そうスか?」

機嫌良くなった名和屋レイ(男)を見てから、名和屋レイ(母親)はばさっ!とポラロイドフィルムをリビングルームにぶちまける。

 ぶちまけたフィルムの中からお目当ての写真を拾い上げ、神妙な顔で絨毯も座布団も敷かずフローリングに正座している息子サトルに対して母親は、写っている人物を指し示した。

「この人はだめですアウトです。サトル、この非常勤講師には声をかけられても『ウィイイイイイ!』と奇声をあげ唇を下に引っ張って威嚇なさい」

 黒髪を頭頂部で二つに分けて、片方を刈り上げ片方を長く伸ばした老年の男性が、画面外の誰かをからかうように痩せた指を伸ばしている。蛍光グリーンのマニキュアが、長くて細い爪を彩っていた。

 写真に写るその人を見ながら、サトルはむっつりと首を横に振る。

「そんなこと、ぼくはもう絶対しないからね」

 小学生の頃、霊能者になれる才能を示してからずっと、母親の独特な思考回路によって導き出される修行だか悪ふざけだか分からない命令に振り回され、小学校では「変な子」と言われていたサトルは遭禍学園では同じ轍を踏まないように決意していた。

 しかし息子の意見には耳を貸さず、レイ(母親)は解説を続ける。

「名前は『沖津寧音』と言う人です、見た目に騙されて近寄ると、サトルは絶対に泣かされることになります。それなら漫画みたいな態度でいたほうがまだましです。漫画キャラみたいな態度を取れば、普通の人なら『うわぁなんだかやべえ奴……』と遠巻きにしてくれますからね」

「やべえ奴に面白がって近寄る人だって多いよ」

 ブカツ道での日常を思い返しながらカナエが意見しても、名和屋レイ(両親)は腑に落ちない様子で視線を交わせる。二人は遭禍学園に在学していたころも教師として在籍している今も、若いころに霊能者として全国を飛び回って幼いカナエとサトルを田舎に預けていたころも、当然の様子で二人で応対していたので端的に言って直接他人と対峙した時の経験値が圧倒的に少ない。自分たちの予想の範囲外の論理で動くものは、たぶん一生理解できないのだろう。

「とりあえずサトル。〇NE〇IECE式威嚇行為が気に食わないならアスキーアート式の威嚇行動です立ちなさい。『荒ぶる鷹のポーズ!!!』と言いながら──」

 片足を身体の前に高く掲げ、運動神経の良さを遺憾無く発揮してみせる母親を置いてサトルは声を大きく、それでいてそっぽを向いて言った。

「どーせ、母さんはこうして変なことを教えてよそでのぼくの評価が『変な子』になって──」

「???」

 まるで独り言のような言葉だが、サトルは母親の奥にいる父親に視線を強く向けた。ぶすぶすと刺さる息子からの視線に、幸せにうとうとしていた名和屋レイ(父親)は目を開ける。意識が自分のほうに寄ったことを確認してから、サトルはくぎを打ち込むように宣言した。

「──遭禍学園でなんかあったら『いやーあたくしの息子がすいませんねぇ』ってイケオジ先生に取り入ろうっていう腹なんだ!! 父さんの目があるエリー党から、一番離れたヤサ愚連で!」

 つまりは『母さんは父さんの目が届かないところで父さんの知らない人間たちとよろしくやりたがっている!』という糾弾だ。

「!!!?」

 幸せにまどろんでいた矢先に言われて、名和屋レイ(男)は相方に疑惑の目を向ける。

「えっ? えっ?? ねぇレイさんそれってほんとスか??」

「違いますよ」

 うろたえて立ち上がろうとする夫の上にすぐ乗り上げて──先ほどまではソファの背もたれのように体を預けていたが、今度は馬乗りになったあとふかふかと脂肪に覆われた柔らかい夫の胴体に寝そべり耳に口を寄せる。それだけでレイ(男)は立ち上がれなくなり、水族館のトドやアシカのようにおっおっおっおっ、と意味のない母音ばかり言うようになる。

「そりゃあねぇ、イケてるメンを持つ教諭や生徒はたくさんいるでしょうけどね? イケてるオジさん教諭がヤサ愚連にいるわけないでしょうが」

 蝉のように両手両足で胴体を抱きかかえ、兄の耳に直接甘言を流し込むレイ(女)を見て、リキカズは見ていられなくなりカナエの腹に顔をうずめて深呼吸した。

「ツラが良くても中身が悪けりゃイケてないんです。むしろ中身がイケてるかイケてないかのほうが重要です」

「イケてる中身……とは」

「社会全体を見渡せばいろいろ多彩にあるでしょうけど、学校内にいる教師としての『イケてる』っていうのは、きっと生徒の将来をしっかり考え、優しく厳しく将来へと導くような教師でしょう!」

「そんな教師がいるのは……」

 夫の合いの手に合わせ、レイ(女)は他クラスへの印象を語る。

「ヤサ愚連は世俗的なイケですが学園としてはイケてない。非行に走る生徒がいるなんて言語道断。あぁサトル、あなたが非行に走るなんてことをしたらあたくし許しませんからね……ブカツ道は生徒の自主性で成り立っているから教師の自我は関係ない。難儀しているリキカズくんが紛れ込むには理想的な環境ですけど」

「……義姉さんのいるブライは?」

 リキカズが質問すると、夫婦は肩をすくめて受け流した。

「あたくしがブライにいるのは、どこにもなじめないと甘える子供たちの特性を調べ他のクラスに行ける資質があるか考え、その子が真に馴染める学級へ移籍するのを手伝うためです。まぁ、まだあたくしにそれを依頼してくる生徒はいないんですけれど」

「お節介ってやつじゃないのかなぁ……」

 カナエの言葉は、リキカズの耳にしか届かないような声量だったしそれを信念としてブライにいる母親は娘になんか言われた程度で曲がるようなことではない。そのままレイは、丸いトドのような夫の体から身を起こし、結論を高らかに発表した。

「外見と内面、ぜんぶ鑑みていけばすぐにわかることです──イケオジがいるなら、それはきっとエリー党にしかいない──そう、貴方のいる学級です!」

「えひょふふふふふふふふふふふ」

 喜びのあまり奇声をあげている父親を前に、サトルはカナエに近寄って囁いた。

「ねぇカナエ。母さんってひとことも『あなた父さんがイケオジである』とは言っていないよね」

「言わないであげてサトル……」

「兄さんはメンタルこじらせるとヤバいからなぁ……」

 ひそひそと語る叔父と甥姪──あるいは義弟と娘や息子が見えないかのように、夫婦は二人だけの甘い雰囲気を醸し出す。

 夫の胸に顔を擦り付けて、袂を広げる妻の手を受け入れ──ことが始まる前にカナエは慌てて声をあげた。

「叔父さん、こないだ数学の授業で分かんなかったことがあったんだけど教えてくれない? 部屋に置いてある教科書の話なんだけど」

 カナエの言葉を合図にするように、サトルも立ち上がる。

「僕もそういえば図書館に用があるんだった! 早く行かなきゃ!!」

 そのまま玄関に突っ走ろうとする甥の背に、リキカズが声をかけていく。

「マリカに会うなら今日は図書館じゃなくて本屋がいいと思うぞ、あいつの読んでいる雑誌の発売日だし、こないだあいつに頼んだ雑誌もあの本屋なら置いてあるし」

「なんで叔父さんが藤沢先生の情報を教えてくれるのさ!!」

 言いながらあわただしくサトルは自転車を取り出し、派手なチェーンの音を立てて去っていく。

 名和屋家のリビングルームには、甘い雰囲気の中年男女のみが残された。

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