武闘派令嬢奮戦記
袴垂猫千代
第1話 リアル異世界に生まれ変わりましたわ
目の前に植木鉢みたいな妙な冠を被った、赤い服着た赤い顔のでっぷりしたおっさんがいる。
もしかして、閻魔様?
「お前のような奴は、悪役令嬢に生まれ変われ」
や、閻魔様、ちょっと待って! そんなイメージが固まってないもんにしないで! 乙女ゲーなんかやったことないし!
「待たんわ!」
で、気付くと女の子の赤ん坊でした。赤ん坊の前では色々しゃべってくれるんで情報は得やすいのだけど、でも、習ってない言葉が何故判るんだろう。日本語に自動翻訳されているとしか思えない。
どうも高位の魔導師なら標準装備のテレパシーみたいなもの「心話力」を持っているようです。
他人の心を読むのとは少し違う、霊的な通信手段です。
慣れると体とは別の場所に意識を置くイメージで、離れた所での会話を聞けるようになりました。
実家は子爵家で、家督を継いでまだ5年目のお父様のお名前はガラハッド。やや癖の強い黒髪と赤銅色の肌の二メートル近い美丈夫。地中海かアラブ系。
王都で修行中は刃翼のガラハッドと呼ばれた、同世代には不敗の双剣使いでした。
日本人の平均くらいの白い肌に赤めの枯葉色の髪のお母様は、王都で裁判官のようなお勤めをしている宮廷魔導師の娘で、知られている治療薬全てを作れる大法薬師。お名前はマリカ。
フォルドデシェバル子爵家第一子アンジェリーヌ・アブ・フォレスティエでございます。お見知りおき下さいませ。
アブは○○家の子(息子ではない)の意味で爵位持ちとその子供しか名乗れません。なんでマックやマクじゃなくてウェールズ語なのかは不明。
脳内日本語翻訳だとしたら名前が謎だけど、なんかのゲームじゃなくてリアル異世界なので貴族がいても中世ヨーロッパではありません。
地軸はあまり傾いていないらしく四季は亜熱帯の我が領はほとんど変化なく、衛星はあるけど金星より明るい程度。
時間は半日を方位と同じ十六に割って一日三十二時間。一月は四十日で1年は十ヶ月。
この世界は男女は平等で、王は男でも女でも王、王の子は王子です。女王や王女という言葉はありません。
貴族も男女どちらでも当主になれ、良人は夫ではなく配偶者を指す言葉です。
当主の配偶者はナントカ良と呼ばれます。お母様は子爵良ですわ。
男女どっちでも子供は生まれた順番。継承権も普通は男女の差別はないのです。家祖が男だと男系男子での相続が優先されますが。
良いもん食ってる貴族は百五十歳くらいまで生きるので末子相続で、第一子には家督継承権がないんですけどね。
お父様にもお祖父様にもお姉様が二人います。
それはいいけど、子爵ってどうなんだろう。悪役令嬢の実家としては微妙じゃないの?
大天使のような、凄く偉いのかと思ったら下から二番目、みたいな。
家の格と実力は侯爵にも負けないらしいのだけど。
貴族には領地持ちの領主貴族と称号だけの給料貴族がいて、お父様は領地持ちなんだけど、特産品がワインとブランデーだけの山の合間に耕作地があるとこ。日本なのに海がない場所思い出しちゃうのです。
気候が暖かいので服装は薄手。武人系のお父様やお祖父様お祖母様は日本神話の神様風、魔導師系のお母様や内政やってる上位の家臣はパルテノンの神様風。
下の者は貫頭衣よりは少し手の込んだ、薄手の布で作った働き易そうな古墳時代風や作務衣。
六代前の家祖は第二王子で、危険区域だったフォルドデシェバルを力尽くで領地にしてしまい、その後も子孫が無理やり領地として護っていると言う脳筋一族。
領主を継がない者は王家に請われて騎士団に入り要職を占めて、逆らったら騎士団だけでなく都に居られない軍閥らしいです。
実力はあっても取れ高が少ないので妙に質素で、学校入ってヒロインいぢめる前に実家は滅亡しそうなんだけど。
しかし、これといった専門知識もないんだね残念ながら。だいたい前世の記憶なんて一昨日見た夢程度にしか覚えてないもんじゃないのかしらん。
個人情報は日本人の男だったってだけ。あと、そこそこ年いってた気はする。
領地改革の前にこの男の脳内思考を止めないといけませんわ。うっかり俺なんて言ってしまったら拙いですからね。
たとえ没落しても脳内はテンプレなんちゃってお嬢様思考で行きますわ。わたくし生まれた時から貴族の娘なのですもの。
でも将来は悪役令嬢なのはどうにもなりません。閻魔様が決めちゃったのですものね。リアル地獄の沙汰ですわ。
ほんとに悪役令嬢ってなんなのでしょう? ヒロインを苛める金持ちの娘で、最後ざまぁされればいいのかしら。
思い付く中で一番古いのはガルーダのお母さんの姉だか妹だかの、ナーガのお母さんの人(神かしら?)とか? 令嬢ではないけど原型ですわね。
ナーガはアムリタ飲み損ねてざまぁされちゃったけど、滅びはしなかったのよね。ナーガのお母さんの方はどうなったか判らないし。
とりあえず、恋人をヒロインに取られたら後は自由に生きられるかしら。
思春期以降になるはずのことより、やはり今の貧乏臭さをなんとかしないといけませんわ。
所謂知識チート、は無理ですわね。繰り返しになるけど専門知識ないのですもの。
とりあえず話が出来るようになったら周りに色々聞きましょう。
うっかり地球のことを言ってしまっても誰かに聞いた気がするけど誰だったかは忘れたと、とぼけられますものね。
そんな訳で、三歳になったわたくしは聞きたがりで時々変なことを言うお姫様でした。この世界でも子供の個性的な空想はあるので、居直ることにしました。
領地持ちの子は子爵でも坊ちゃまお嬢様ではなく、若様お姫様なのよ。正式な敬称は小子爵なのだけど、家来や親しい者が呼ぶ場合に男女別の表現があるのね。
それはともかく、昼間はお父様は領地経営、お母様は色々なお薬の調合で忙しいので、わたくしはご隠居生活を満喫されているお祖父様お祖母様と遊びます。
この世界の人間はあまり老化しないので、お二人とも百歳近いのですがお祖父様はナイスミドル、お祖母様は落ち着いた大人の見た目です。
前世と比べても百五十歳の三分の二なので、還暦前くらいですわ。
今日もブルーベリーを三人で摘みます。亜熱帯気候なのに、地球なら寒冷地にあるベリーなどが色々生っています。リンゴもかなり採れてシードルも造られています。
でも、サクランボと桃は採れません。お祖母様のジャム用のアンズは他所から買っています。
植物相がめちゃくちゃなので、どこから手を付けていいやら。
お祖父様はわたくしのことが大好きなので、遠慮なくわけの判らないお話をします。
二メートルを越す大男でかつて槍を持たせたら王都一と言われた武人のお祖父様も、孫の前では只の好々爺です。
「なにか、豊かになる方法はないのでしょうか」
「肥料が安くなれば良いのじゃがね。わが領は落ち葉はたくさんあるのだが、生き物の肥料があれば良いな。食べられる魔獣は多いが、肥料には小魚などの小さな生き物がたくさん必要なのじゃよ」
「水桶のいらないのが、ありませんでしょうか」
「どうするんじゃね」
「落ち葉とミミズを入れて、ミミズを増やします」
「ミミズは食べる落ち葉があっても、居たい所から連れて来ると逃げてしまうじゃろ」
「シマミミズはいないのでしょうか」
「それは、どのようなミミズじゃね?」
「大人しくて逃げないミミズです」
「残念ながら、それはおらんな。穴を掘って落ち葉を入れておいてはいけないのかい」
「地面の穴では、モグラが来てミミズを食べてしまいますでしょう」
「モグラとは、なんじゃね」
「ネズミほどの大きさで、もっと丸々していて、毛艶の良い愛らしい生き物ですが、ミミズが大好物なのです」
「そちらは、幸いなことにおらんね」
お祖父様は不思議ちゃんの孫に延々付き合って下さいます。することが庭いじりかお祖母様のクッキーやジャム作りのお手伝いくらいしかないのですけどね。どちらの時もわたくしはずっと一緒です。
強い魔獣が出てきた時だけお二人で退治に行かれます。お祖母様は王室体術顧問の娘だったのです。我が家ではお祖母様最強です。
お昼はマテ茶と、真ん中のへこみにジャムが塗ってあるお祖母様のお手作りのジャムクッキーを四種類食べます。
お祖母様のジャムはブルーベリーと野イチゴとアンズ。一緒に食べてもよく判らない味になるだけです。
お祖父様もリンゴのジャムを作られます。
一つずつ四種類食べてから他のものを食べるのです。このクッキーは体が丈夫になるので毎日食べたほうが良いのだそうです。
「もう少し小麦がとれるようになると、よいのですけどね」
お祖母様はクッキーを見ながらいつも同じ事をおっしゃいます。ボケてるわけじゃありませんけど。
わが領では小麦がなぜか不作なのです。腐葉土はいっぱいあるのに。うどんUMEEEEができません。ポロネギみたいな太短いネギもあるのに。
温泉はあるけどみんな熱いお湯に入りたがりません。魔法の治療薬があるから温泉効果もありがたがられないし、温泉があるような少し山奥はモンスターがいっぱいで観光地にはなりませんわ。
フォルドデシェバルはグンマーではないのでした。不思議な力で死ぬ事にもならなくてよいのですけど。
でも、毎回小麦のお話をされるたびに何か引っ掛かるものがあるのです。なんでしたっけ、電線から雨水がぽたぽた?
来ましたわ! 知識チート!
「お祖母様、銅のバケツのようなものはありませんか」
「お鍋ならありますよ。どうするの」
「銅の入れ物の中に入れておいたお水を撒くとよいかもしれません」
「領地の畑全部に撒けるだけのお鍋はないのだけれど。水桶に銅貨を入れておいてはだめ?」
「お金は魔法で硬くしてありませんか」
「金貨と銀貨はね。銅貨は偽物を造ったり削ったりしても儲けにならないのでただの銅ですよ」
「それならだいじょうぶだと思います」
お話しするとお父様は何も疑わずに領の麦畑全てに銅貨を漬した水を撒くように指示されました。
三歳児がこんなに信用されているのも、何か妙ですが。
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