女神様がくれたスキル

この世界は、女神によって作られたと言われている。


村の南西にある教会は、10名ほどがゆっくり寛げる程広い建物だ。


そこに集められた子ども達は皆5才。


スキルを与えられると聞いて、皆期待に胸を膨らませている。


5才になったばかりのカッスィーもその一人だった。


王都からやってきた神官が一人ずつ名前を呼ぶ。


「次、テッサ。女神様に祈りを捧げなさい」


「はい」


女神像の前の机に両手を組んで祈りを捧げる。


すると、さっきまでより一際明るい光がテッサに降り注いだ。


「テッサはスキル【鑑定】を授かりました」


おお、と大人たちから声が挙がる。


それだけ珍しく、有用なスキルなのだ。


「次、カッスィー。女神様に祈りを捧げなさい」


「は、はいっ」


机の上に両手を組んで、祈りを捧げる。


「カッスィーはスキル【ネットスーパー】を授かりました」


大人たちからはひたすら困惑した雰囲気を感じる。


己の家庭環境から、年齢の割に落ち着いているカッスィーは、授かったスキルが余り良いものではないと気付いてしまった。


ただ一人、テッサが「すげぇ」と呟き、羨ましそうに見ていたことには気付かなかった。


全員のスキル授与の儀式が終わり、村長が皆を静かにさせる。


「皆、スキル授与の儀が無事に終わり安心している。スキルの詳細は明日以降になる。内容が不明なスキルもあったろうが、かの賢者様のスキル【物々交換】のような素晴らしいものかもしれない。気を落とさないようにしてくれ」


「わかってるよ、村長。賢者様ははずれスキルを授かったって追放されちまって祖国には帰らず、この国に定住なさったんだ。この村で追放なんてする奴いるわけねぇや」


「昔から絵本で読んでるしねぇ」


食堂の女将さんが言った絵本。それで語られているように、スキルで追放することは悪という考え方である。


村長は追放者0を目標にしている。


何より、カッスィーは村長の家の子供である。


ただ、本当の両親が相次いで亡くなってしまい、従兄弟である村長夫婦に育てられた。


「カッスィー、おいで」


「父さん、母さん。僕、スキル【ネットスーパー】でした……」


信じてはいたけれど、冷たい目で見られたらどうしようと思っていた。


ふたりは優しい目をしていた。


「カッスィーはスキル【弓術】を欲しがっていたものね」


「父さんの手伝いができるように、いっぱい練習したけど、スキル【弓術】は授からなかった……」


「カッスィーの気持ちは嬉しいけれど、スキル【ネットスーパー】だって何か役に立つかもしれないだろう?」


「うん……」


思っていたより優しい反応に、目を瞬かせる。


父さんも母さんも、優しい。


だから、弓術が欲しかったのに。


詳細は明日って言ってたな。


戦いに有利なスキルだといいんだけど。



翌日、村長の息子ということで早速詳細を調べて貰えた。


「まず、スキル【ネットスーパー】は今まで未発見のスキルになります。」


王都から来た神官が仰々しく巻物を取り出し、筆を執りながら聞いてくる。


「スキル【ネットスーパー】を開いて、こちらに見せてください」


「今、目の前に開いてあります。見えますか?」


「こちらからは見えないようです。何とかいてありますか?」


「まず、洗剤と書いてあります。いくつも青い袋が並んでいて、銅貨5枚必要なようです。画面のここにお金を入れる場所があり、ほのかに光っています」


「では、銅貨5枚を入れてみましょう」


「はい」


神官の差し出した銅貨5枚を入れるとお金は宙に消えて、洗剤が選べるようになった。価格の文字が赤から青へ。一つ選んで購入を押す。


神官の指示もあり、スムーズに洗剤を購入出来て、宙から現れた袋を慌てて抱きしめた。


「開けてみます」


「この洗剤はこの村で使ってるものですか」


「もしかしてスキル【物々交換】は……」


「はい。既存の貴重なものが出て来たと記録には残っています」


「これは……村で使っている洗剤じゃないです」


「そうですか。新規で作られた洗剤かもしれませんね」


その後も検証を続けるが、全てお金が必要な事もあり、そこそこに検証は切り上げられた。


購入する事が出来ても、中の物が全て未知の物だから、これ以上は調べる事が出来ないそうだ。


王都から来た神官にも匙を投げられ、僕は落ち込んでしまった。


特に、銀貨で購入した米という作物には困ってしまった。カッスィーは、選べたから購入してみたに過ぎない。神官は異国の作物だろうと言っていたが、食べ方がわからないのだ。


僕はとぼとぼと自室に戻ることになったが、昼食時にテッサから先触れが届いていた。


野菜たっぷりのクリームシチューと焼きたてのパンを食べ終えて少し待つと、ノックの音がした。


「どうぞ」


入ってきたのはテッサ。焦げ茶色のショートカットの髪に青い瞳。それと、トレードマークのグレーのツナギ。


僕と同じ5才で、昨日スキル【鑑定】を授かったはずだ。


「どうした?」


「カッスィー、神官に聞いたんだけど、異国の作物が出たって?」


「ああ。出たけど、詳細がわからないんだ。僕のスキル【ネットスーパー】は【物々交換】と違って、見たこともないものばっかりなんだって」


「俺、スキル【鑑定】を授かったからさ、出たものを見せてくれないか」


「いいよ。ここらへんにあるのがそうなんだけど……」


カッスィーはそっと米に近寄って、横の洗剤や他にでたものを見せた。


テッサは真剣な顔をしていたけれど、中身を見て満開の花のような笑みを浮かべていた。


「テッサ?」


「この米ってやつ、うまい料理になるみたいだ。食べ方もわかったから、メモして置いていくよ。だから俺にも米を売って欲しいんだが、いいか?」


「そりゃあいいけどさ、米は銀貨が必要だよ。払える?」


「今は払えないけど、鑑定で稼ぐからその時は売ってくれるか?」


「勿論いいよ」


「良かった……」


テッサは鍛冶屋の子供だ。おじさん、おっかないからちょっと苦手意識があるんだ。


「テッサ、メモのとおりに作って貰うから、一緒に味見しない?」


「やった、カッスィーがスキル【ネットスーパー】を授かって良かったよ」


「うーん、それはどうだろ? テッサみたいにスキル【鑑定】持ちじゃないし、お金が必要だからね」


父さんと母さん、いや村長夫婦はおかしいスキルに当たって子供を捨てる人が出ないように気を張っていた。


僕は十分おかしなスキルを当てたけど、捨てられたりせずにいる。本当に感謝してる。


調理場に近付くと、料理人のミラノさんがこちらに気付いて近寄ってきた。


「坊ちゃんたち、どうしたんですかい?」


「昨日の米なんだけど、食べ方がわかったからこのメモのとおりに作って見て欲しいんだ」


「おまかせくだせぇ。じゃあ部屋まで取りに行きます」


「うん、よろしく」


よし、これで米はいいな。


「じゃあ、出来るまで部屋で待っていよう」


「ああ」


テッサは鍛冶屋でスキル【鑑定】を使えば強い剣を打てたりするんだろうか?


自室でふたり、将来について語り合う。


「やっぱりスキル【鑑定】があっても、ずっと修行してた兄上の方がいい剣を打つよ。オレは鑑定師になって金を稼いで、魔具制作をやりたいんだ」


「へえー。魔具って魔石をはめる魔導コンロみたいなやつだろう?じゃあ、村を出るのか?」


「ああ。なんとか王立学園に進学して、魔具職人の師匠を探したい」


「でもテッサの家のおじさんが許可してくれそうにないよな……」


「ああ。ウチは平民なのに夢見てんじゃねぇって昨夜さんざん叱られたよ。スキル【鑑定】は喜ばれたけど、鍛冶屋限定の使い道なんだ。げんなりしたよ」


テッサはよっぽど魔具職人になりたいんだな。


「僕は父さんと母さんの手伝いが出来ればいいんだけど、スキル【ネットスーパー】はものがでてくるだけで戦いに不向きだし……」


「商人は?」


「昨日父さん達にも言われたんだけど、僕は村を出たくないんだよなぁ」


「でもカッスィー、スキル【物々交換】と似てるスキルだってだけで王立学園に通えるかもしれないぞ」


「利用用途がハッキリしてるものを定期的に購入出来ないと難しいって聞いた」


「ああ、全部見たことないものが出て来ちゃったんだもんね」


「そうそう」


「じゃあ、お弁当でいいじゃんか」


「えっ、何でわかるんだ?」


「鑑定持ちだからかな。多分下の方だからこうやってスクロールしてみて」


指でテッサの真似事をしつつスキル【ネットスーパー】を開いていく。


「わぁー。肉や卵も出て来たぞ。あっお弁当あった!」


「どんな弁当?いくらくらい?」


「天丼ってかいてある。値段は銅貨5枚」


「天ぷらがどんぶりの米の上に乗ってる弁当。こういうのを毎日買ってみればすぐ実績になりそうだけど」


「うーん……ミラノさんが気にしそう。料理に関しては、うちは料理人に頼まないといけないんだ」


「オレが作り方を教えるよ。それならどうだ?」


「じゃあ、鑑定代を払って貰えるように、父さんに頼んでみるね」


「ああ。あと料理に必要なものもカッスィーのスキル【ネットスーパー】から買わないといけないんだ。お金がかかるから相談して欲しい」


「わかった」


うちは出来れば王立学園に入れたいって話だったから、きっと了承を得られるだろうと思った。


コンコン


控えめなノックと、美味しそうな匂い。


米をお願いしていたミラノさんだった。


「ぼっちゃん、メモのとおりに炊きあがりましたよ」


「ありがとう。味見してみるね」


テッサとふたり、白い粒を口に入れる。


「美味しい」


先に反応したのはテッサだった。


「ちょっと味が薄くない?」


「これはこういうものなの! じゃあオムライスにすればいいかな」


「ミラノさんはどうですか?」


「そのオムライスが気になりますね」


「作り方を教えます。カッスィー、スキル【ネットスーパー】でケチャップ買ってくれ」


「お金貰ってくるっ」


「ミラノさん、玉ねぎと鶏肉はありますか。あと卵は半熟で食べれるものがありますか?」


「どれもありますが、もしや坊ちゃんのスキル【ネットスーパー】では全部購入出来るので?」


「はい、できます」


「特に卵が気になりますね」


「お待たせーっ。ミラノさんのためになるならって資金をもらったから色々買えるよ!」


「じゃあケチャップと、卵を買ってくれ」


「えっと、どれだろう」


「検索用の窓が一番上にあるはずだから、そこに文字を入力してみてくれ。虫眼鏡のマーク……こういうやつ」


「……こうかな?あった!あと卵も、よし、買えた!」


宙から現れたそれらを太ももの上に確保し、ミラノさんに渡す。テッサはすぐ出来るからと、ミラノさんと一緒に調理場へ向かった。


待つことしばし。


トロトロの卵に包まれたオムライスをニコニコ顔のミラノさんが持ってきた。


スプーンですくうと、オレンジ色に染まったお米があり、口に入れると、バターのいい香りが広がった。


「うまい!鶏肉も柔らかくて、トロトロの卵と合ってる。さっきのお米より断然こっちの方が美味しいよ!」


「テッサの助言により、今夜は揚げ物を追加したオムライススペシャルを夕餉に出しますから、食べ過ぎないでくださいよ」


「はーい。でも僕のスキル【ネットスーパー】で出したものが役立って良かった」


「テッサからすればスキル【物々交換】並と言うんですから間違いない。それで坊ちゃん、天丼というものを再現させて貰いたいんですが、明日朝食後に材料と天丼を出して貰えますか」


「うん、わかったよ!」


僕は残りのオムライスをかきこみつつ、元気に返事をして見せた。


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