天秤に命を
青年とローブ少女が天の山道を進むのと同時刻。
青年が抜けた風の踊り子も別ルートで中層を進んでいた。
「お帰りルーツェ。どんな感じだった?」
灰髪の青年リットが、先行して斥候の役目を果たしていた青髪の少女──ルーツェに尋ねる。
山登りをしている二人と違い、彼らは藍没林道と呼ばれる並木道を探索している。
主な違いとしては、生息する迷宮生物が異なることだ。
「ニードルビーしか居なかった。……雨だし、動きも悪いよ」
「うん、予想通りで助かるね。ありがとう」
「ううん、仕事だから」
「メンバーを労うのも僕の仕事だから」
「ん」
彼女の言う通り、ここにはタイタンのような圧倒的個の力を持つ迷宮生物が少ない。
代わりに複数体で出現することが多い、虫型の迷宮生物が多く存在する。
また、水はけが悪く、足場は常にぬかるんでいる。踏ん張ることが難しいのだ。
これが意味するのはラグロスが置物と化してしまうこと。
“チャージ”の力を保持しようにも転んでしまう足場、一撃の威力よりも多数を相手するための手数。
どちらもラグロスにとって相性が悪く、ただでさえ純粋な突破力のない踊り子では突破が困難だった。
だが、ラグロスが居ない今なら皮肉にも相性の良い場所である。
「ねぇリット。どうしてこっちにしたの?」
「分からないかいチリー。今の僕らにタイタンを倒す火力はないんだよ」
「……でも、今のルーツェなら」
「そうだね……あてには出来る。だけど」
小さく頷いたルーツェは隊から離れ、少し前でまた警戒に戻った。
入れ替わりで現れる桃色の髪を二つに括った少女、チリーの質問にリットは肯定しつつも目を伏せた。
「だけど?」
「ルーツェの魔力は多くない」
「……うん」
つい先日まで踊り子は安定と挑戦の境目で揺れていた。
それを覆したルーツェの新たなスキル。
だと言うのに、リットが選んだのは遠回りでも確実に進める選択だ。
「命を懸けるなら、相応の確実なリターンがあってこそだ」
「……ドーさんのため?」
「……ないわけじゃない」
後方で警戒する槍使いドーレルに二人が目を向けた。
踊り子の中で一番年を取っている上、家庭を持つ彼はどうしても死ぬわけにはいかなかった。
故に、リスクが高い賭けはどうしても反対されてしまう。
「ルーツェのスキルを組み込んだ戦いはまだ出来上がってないからね。こっちでちょっとずつ慣らす」
「そっかぁ、うん、あたしも頑張らないと」
「頼んだよ。そろそろペースも上げるからドーさん呼んできてもらっていい?」
「分かった!」
駆けだしていくチリーを他所に、リットの目は進行方向へと向けられる。
藍没の名にふさわしいほど生い茂った青色の枝葉。空から隠された並木道は非常に暗い。
攻撃スキルのないリットでも相手が出来る虫型迷宮生物しかいないものの、不意を突かれる可能性もある場所だ。
突破の可能性が高いだけで、リスクは十分にある。
それでも彼はここで立ち止まる訳には行かなかった。
僅かに差し込む光。
藍没林道の終わりも見えて来た。
同時に、もう引き返すのが困難であることも示していた。
命は既に懸けられている。
「リット!!」
そして、ここは迷宮。いつ何時であれ、探索者を襲い来る存在が居る場所。
大量の蜂型迷宮生物、二―ドルビーの群れがこちらに接近していることを伝えにルーツェが下がって来た。
「ああ、見えてるよ!」
機動力特化故に痛みすら感じるほどきつく固定されたベルトポーチから白い拳大の球体を引き抜く。
スキルのない探索者達の生命線。それ即ち道具である。
踊り子が一回の探索で得られる稼ぎ。その半分で用意した衝撃によって風をばら撒く
スキルに頼らないこの手の戦法で生き延びて来たリットの投擲は、寸分狂いなく先頭の二―ドルビーに命中。内部に入った風魔石が砕け、ガワである植物皮ごと吹き飛ばして爆風を辺り一帯にばら撒いた。
荒れ狂う風の中飛行を保つのは難しい、ましてや高速で羽ばたくことで宙を飛ぶ蜂ならなおのことだ。
態勢を崩され次々と墜落する蜂の群れ。最高の隙だが、一気に仕留めきらないと今の踊り子ではその後の対処が厳しい。だからこそ意見が割れていた。
「ルーツェ!!」
「ええ。“ミラージュ”!」
未だ収まりきらない強風の中、ルーツェがスキルを唱えながら駆けだす。
唱え切ると同時に発生する短剣を構えた少女の霞がかった分身。
しかし、彼女のスキルは回避用。あくまで相手を惑わすものでしかなかった。
「──“ミラージュ”、“ミラージュ”。“ミラージュっ”」
そのことを一番分かっている少女はさらに分身を増やす。
地べたでもがく蜂へ迫りゆく少女の幻は彼女の口が動く度増えていく。
「……っうう」
本体のルーツェの顔が苦痛に歪む。
スキル“ミラージュ”は分身の一体生成する。
分身はある程度スキル使用者の意識に従い、
しかし、スキルの知識を得たラグロスなら気付くであろう。
ましてやスキルの、神の修練場の起源を知るセレンならなおのこと。
スキルはあくまで植え付けられた魔力操作技術。
つまり、己の魔力によってつくられた分身を自動で動かす訳ではない。
厳密にはスキル使用者が操作しているのだ。
であるならば、分身を増やせば増やすたびその負荷はルーツェへと重くのしかかる。
なのに、分身に攻撃性能はない。
一見、この状況においては無意味な行動なのだ。
──少し前までは。
「“アイスエッジ”」
ルーツェ口がの新たな力であるそれを唱える。
名前の通り、ルーツェの持つ短剣の刃を氷の刃が覆う。
一応攻撃スキルとして分類されてはいるものの、攻撃力にあまり影響しないスキルとして知られている。
しかし、これが分身にも反映されたのならば話は別である。
分身が持つ短剣にも氷の刃が生え、分身達も攻撃手段を得られた。
天恵とも呼べる完璧な組み合わせ。
しかし、偶然ではない。スキルは探索者の素質に合わせて芽生えるのだから。
当然ルーツェはそれを知らない。だが、知らなくてもいいことだ。
彼女にとって重要なのは先へと進む力が得られるか否かである。
「──っ……はぁっ!!」
一斉に氷の刃を振り抜く青髪の少女たち。
たかが氷刃、されど鋭利な刃だ。柔らかい蜂の腹を引き裂くなど造作でもない。
「シルフィード」
返り血代わりに妙な液体を浴びるルーツェをただ見ているわけもなく。
加速したリットが一息で駆け抜け、倒れ伏す蜂を両断する。
「遅れて申し訳ありません」
機動力があまり高くないドーレルも遅れて追いつき、蜂の駆逐に参戦する。
仕留め損なわないよう丁寧に串刺しにするさまは几帳面な性格を表していた。
「大丈夫。目標分は倒せたからね。多分そろそろ立て直されるからちょっと倒したらチリーの支援を頼んでもいいかな?」
「了解しました」
もう二、三匹を串刺しにしたドーレルが下がっていく。
向かう先は杖を構えるチリーの元だ。
「ドーさんお願い!」
「勿論です──“ブーストエリア”!」
「からの~、“クイックバレット”!」
ドーレルのスキルは肉体の自然治癒力を高める“ヒーリングエリア”と魔力を介する攻撃を強化する“ブーストエリア”だ。どちらも設置した光の円内に居なければいけないという使い難い代物であり、ドーレルがパーティを組めなかった理由でもある。
そして、チリーのスキル、“クイックバレット”は拳大の魔力弾を飛ばすだけの攻撃スキル。
一発当たりの燃費がよく長期戦には向いている。しかし、爆発力が低く、他の迷宮生物を呼び寄せないよう短時間で戦闘を済ませたい現状だと彼女もパーティを組めなかった。
そんな彼らの連携による攻撃は目を見張るものではないが、妥協点にまで引き上げることが出来る。
「……発射!!」
杖を振りかざし、生み出した魔弾を一斉に撃ち放つ。
燃費の良さで手数を稼ぎ、一発当たりの弱さを補強。
青白い弾幕が雨の如く降り注ぎ、瞬く間に蜂の群れを殲滅する。
豪雨のせいで、魔弾が着弾する音は霞んでいた。
だが、ぬかるんだ地面一帯に残った魔石が成果を示している。
「うん、片付けれたね。各自警戒しながら拾っていこうか」
一応の安全を確認したリットが指示を出す。
彼の想定内ではあったが、並の探索者では手数が足りず飲み込まれても可笑しくない大群だった。
それを乗り越えた喜びを表面上は押し隠しつつも、僅かに強く握られた拳が示している。
向き不向きはあれ、彼らが中層を攻略している探索者と認めるには十分だ戦いぶりだった。
無論、彼らの戦いを見ている者が居ないがために依然評価は変わらない。
それでも、彼らは前へと進み続けている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます