神の天秤
文月ゆき
第1話 神託
この世界で六歳の頃だった。祖父が亡くなった。私にとってただ一人の家族といえる存在だったので当時の私は大いに悲しんだ。祖父は高齢でちょっとした風邪をこじらせてそのまま帰らぬ人となった。私はただ悲しくてそのあたりの記憶はあやふやだが、葬儀などは村の人々が執り行った様に思う。そして泣いて泣いて泣き疲れた私に突如大きなエネルギーがぶつかった。あたりは輝きに包まれ、自身は水中を漂うような感覚に包まれた。そして理解する。このエネルギーは情報だ。私の頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。
その情報は記憶とも呼べた。前世で日本という国で暮らしていた学生『秋山 蒼汰』として生きた記憶。膨大な記憶に頭を揺らしながらもオレは理解した。「ああ、オレは事故で死んだのだ」と。
― 人の子よ
情報に飲まれボウっとしているオレの頭に声が響く。
― 人の子よ
なんだうるさい。今は何も考えたくない。
オレは前世で死んだショックを受けて、今瀬で大切な人を失ったばかりなんだぞ。
― 人の子よ
だが声はこちらを気にせず大きくなっていく。
「なんなんだ。全く」
オレは呟く。
― 貴方に使命を授ける
やめてくれ。理解が追い付かない。
― 悪いがそうも言ってられない 時間は限られている
頭の中を読まれ、頭の中に返答がある。どうやら無視はできないようだ。
― 私はあなた達で言うところの神 名を「アブル」という
― この世界は崩壊に向かっている 貴方にはそれを止めて欲しい
何となくではあるが状況を理解する。これはいわゆる神託なのだ。
「……いろいろと聞きたいことはあるが…いや、ありますが何故オレなのでしょう?」
― それは貴方の前世に起因する
― 私の仕事はいくつかの世界の管理、調整である
― 私はいわゆる魂と呼ばれるものを回収し、再分配することで各々の世界の均衡をとっている
― 貴方が前世で亡くなったさい、他にもいくつかの命が終わりを告げた
― 私はその命の中に、大いなる清浄な魂を見つけた
― 私はその魂を救い上げこの世界『クロスワールド』に注ぎ込んだ
― それで世界は安定へ向かうはずだった
「はずだった?」
― 問題が起こった
― この世界の未来の均衡を示す『裁定の天秤』が負へ傾きだしたのだ
― 裁定の天秤は世界の情報から未来の均衡をおよそ正確に予測する道具
― 貴方の前世ではコンピューターやAIと呼ばれるものに近いだろう
「……私に清浄な魂があるから、世界を救えという事でしょうか?」
― 異なる
― 説明が悪かっただろうか 貴方に大いなる清浄な魂は宿っていない
「は?」
― 貴方は清浄な魂を救い上げた際に紛れ込んだだけの普通の魂である
― 貴方同様 ほとんどの魂は極めて影響力の低い、言ってしまえば”薄い”魂である
― であるから清浄な魂を移す際、他の影響を考えていなかったのだが、どうやらその中にこの世界に大きな悪影響を与える魂があったようだ
いったいこの神とやらは何を言っているのだろう。影響力が低いだの薄いだのいい気分がしない事だけは確かだ。
― 言い方が気に障ったなら謝りたいが、この伝え方が一番分かりやすいのだ
「……で、結局オレに何をさせたいんですか?」
― 貴方が前世で亡くなった際、同じ事故に巻き込まれて亡くなりこの世界に来た魂 その中にどうやら悪影響の原因となる魂があるようだ 貴方にはそれを見つけ出して適切な処置をしてほしい
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