11-2

エレノアは、まだ斧槍を受けとめていた。

「しぶとい奴だな」

アンスティスはそう言うと、更に力をこめて斧槍の重さを増す。

エレノアは、徐々に、徐々に押されて行った。

斧槍の重さと、体調の悪さに、わずかにエレノアの顔が歪む。

それを見て、アンスティスがニヤリと笑った。

一気に潰すつもりだ。


だが、エレノアはそれを見越していた。

一気に潰そうと、力を入れ直す、そのわずかな一瞬、そして、渾身の力でもって、斧槍をはじく。

エレノアは、わずかに息を乱し、再び向き直った


9年前…

この男は、大切な人を奪い、島を破壊して行った。

情けも容赦もない、この男に、エレノアは慈悲などかけるつもりはなかった。

許さない…許さない…許さない…

エレノアは、己の手で、己の大切な人を切ってしまったその刀で、アンスティスへと挑む。

……このためだけにとっておいた剣です…

雨が私の体温を奪っても、刀剣にたいする拒絶心があっても、これでお前を切る…


ひゅん、と一度雨粒を振り払い、エレノアは片手で刀を構えた。

右足を一歩、後ろへ引いて斜めに構えた立ち姿。

ぴしり、と音がしそうなほどの剣気。

遠くで、何度目かの稲光が走る。

稲光をあびて、きらめく白刃は、エレノアの青白い頬とあいまって、さながら夜叉とでも言うべき、恐ろしい美しさがあった。


子どもたち含め島のみなは、ゾンビのように起き上がろうとする海賊たちを叩きのめしている。

ふりかぶり、うちおろされ、ぶつかりあう斧槍と刀。

力の関係を見ても、体調を考えても、エレノアのほうが不利だ。

しかも、刀は苦手だと…受けつけないと言っていたのに。

シオンは、数日前の月夜にエレノアの言っていたことを考えていた。


エレノアは、線の細い女性で強そうには見えない。

しかも病気のせいで今、動いているのが不思議なほどだ。

なのに…まるでアンスティスにひけを取らずに、闘っている。

一見、アンスティスの力まかせな攻撃を防いでいるだけで、押され気味に見えるが、ルカは相手の動きの先を読んでいるのだ。

だが……これ以上、闘いが長引けば…


「ちょこまかと…逃げやがって」

舌打ちをし、アンスティスはルカを睨む。

「あなたの動きがニブイだけでしょう」

冷たい声でルカは返す。

「口は達者なようだな」

双方は内心焦っていた。

アンスティスは予想以上にてこずるルカに。

ルカは、徐々に遠くなる、聴覚や視覚、そして意識に対して。

ふいに、アンスティスが、ニヤリと笑い、エレノアから視線を外した。

周囲でも息をのむ雰囲気があった。

ルカも視線を転じて固まった。

船からアンスティスが降りてくる。


「え…」

動揺し一瞬完全に目の前の敵から意識を持って行ってしまったルカをアンスティスが蹴り上げた。

体がくの字に折れ曲がる程の強さで、ルカは膝をついてしまっていた。

「あれは万が一の時の影武者だ、顔が似ているだけなんだが使えるもんだな」

笑いながら言うその言葉を聞きながら、ルカはよろよろと立ち上がった。

「ほぉ…まだ、やるつもりか?感心だねぇ」

アンスティスは、あざ笑い、ようやく自力で立ち上がったルカを見下ろした。

「その気持ちは買ってやりたいけれどもねぇ…」

エレノアに一歩近づき

「その体じゃ無理だろう!!!」

と言いながら、エレノアを思い切り蹴った。

「ぐっ……」

再び体を2つに折り、倒れる。

口の端から、血が出ている。

アンスティスは苦しむルカを笑いながら再度蹴りつける。

「ッ―――――――――!!!!」

エレノアは、言葉にならない悲鳴を上げ目を見開く。

コホッっと咳をすると、血がごぼっと口から出てくる。

「おや…内臓でも破裂したかい?隠遁の賢者さんよぉ!!」


シオンの顔に、さっと血が上る。

唇を噛み締め、刀へと手をかけルカをかばい立ちはだかった。

そんなシオンの足に、ルカは弱々しく手を伸ばしてくる。

「どいて…ください…あなたは…」

シオンはしゃがみ込み、そっとルカの手を包んだ。



「大丈夫、あとはまかせて。

君は少し休みなさい、エリィ」



そのいつもの口調ではない言い方は、シオンがここへ来る直前にサザビィに言われた事だった。


「先生があまりにも無茶をしそうになったら、あんたは優しく丁寧な声で『君は少し休みなさい、エリィ』と呼びかけてやってくれ…幼い頃無茶をしがちで倒れかける先生にウーシェが言い聞かせるときだけ呼びかけていた愛称だ…。そんなウーシェにだけは素直に従っていたんだよ…」


茫然とシオンを見上げるルカに、微笑んで見せる。

自分が優しく笑えている自身は無かったが、それでも精一杯優しく笑みを浮かべ、包んでいたその手を軽くなでるようにポンポンと叩いた。

ルカは、一度目を伏せ、もう一度シオンを見上げた。

目に涙が浮かべ、ゆっくりと首を振る。

「いいえ…共に……」

と剣を杖に立ち上がった。


「共に戦ってください、シオン殿」


ルカが…彼女が自分の名を呼んだ…。

シオンは気が付いていた。

ルカは意図的にシオンの名を呼ばない。

昼に一度だけ、ガイル監査官と呼んだが、それきりだ。

剣を支えに立ち上がるその姿は痛々しかったが、もう休んでいろとは言わなかった。

そっとルカの肩をぽんと叩く。


「さて、と」

ルカに見せた優しい空気など皆無、目で倒せるものなら射殺すという顔でシオンはアンスティスに向き直った。

「お前はこの村の者じゃないだろう」

「ああ、違う」

「じゃぁ、なぜ、手を出す」

「世話になったものでね」

はっきりとそう答えると、アンスティスは、ふん、と鼻先で笑った。

「たった数日の恩を感じているのか?甘い考えだ」

先ほどの斧槍を手に、アンスティスは振りおろす。

それをかいくぐりつつシオンは答える。

「まあ、それだけではなく中央監査の立場というものもあるからな」

「はん、片腹痛い!!」

シオンと同時に攻撃を避けたルカの足取りは思ったよりはしっかりとしている。

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